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天国飯と地獄耳

岡田育(おかだ いく)

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第8回 ババアはどこへ消えた?

2017.10.27 更新

 ニューヨークに引っ越してすぐの頃、近所にある「Le Philosophe」によく行った。バワリー通りとボンドストリートの交点にある、ちょっと気取ったフレンチレストランだ。思い出すのは鴨肉のオレンジソースと芽キャベツがおいしかったこと。そして徒歩圏の高級住宅街、五番街のマンションやグリニッジヴィレッジのタウンハウスに長年暮らし、歩いて外食に来るような老夫婦に、こよなく愛された店であったこと。

 行くたびに、似たような白人の老夫婦と隣り合わせた。奥に座るのは小柄な白髪の老婦人。きちんと身なりを整えて、とにかくいつでも不機嫌である。大ぶりのイヤリングやシルクのスカーフで上半身はゴージャスだが、足元はジーンズとスニーカーだから、60代70代だろう。手前の連れは大柄でおとなしそうな老紳士で、糊のきいたワイシャツを着て、真夏でも革のベルトにスラックス。背広を脱いだ退職後も、襟のあるものを着ていないと落ち着かない、という格好だ。

 老婦人が店員を呼び止めて何か注文をつける。前と同じワインがリストにないとか、胡椒とチーズを持ってこいとか、肉の焼き加減が甘いとか。すべての要求が満たされるまで、彼女はみるみる不機嫌になる。思ったことはすべて口に出し、トゲトゲとイヤミを述べ続ける老婦人の前に、口数少ない老紳士がぬりかべのように立ちはだかって接客係との摩擦を和らげる。そうやって数十年を共に暮らしてきた二人組である。

 一番近くの一組を観察しているうち、他にも店内に似たような老夫婦が何組かいるのに気づく。店を出た後、それぞれ別個に思い出そうとしても、すべての印象がごっちゃになってしまう。細かく文句を言って給仕たちに緊張感をもたらし、外から覗き込んだ一見客にとっては入店の敷居を高くする、気難しそうな老人客。我が家ではそんな彼らを、「ヴィレッジ・ジジイとバワリー・ババア」と呼んでいた。

 高齢者を誰彼構わず蔑称で呼ぶつもりはない。むしろ残り大多数の罪の無い人々とは明確に区別するため、死んでも治らない依怙地を抱えた特定の人々だけを、そう呼ぶのである。敬老の精神で強引に気持ちに蓋をしていては、我々まで不機嫌に呑み込まれてしまう。そんなとき、忍び寄る負の感情を水際で堰き止め、他人事と笑い飛ばし、不愉快な連鎖を断ち切るために、結界を張るように「ババア」と唱えるのだ。あるいはこの危険物の取り扱いに長け、被害を最小限にとどめてくれている緩衝材として、番(つが)いの「ジジイ」に感謝を捧げるのである。たまに逆パターンもあるけど。

気難しいってレベルじゃない

 「Le Philosophe」は2016年初めに閉店し、跡地には「Fish Cheeks」というタイ料理屋ができた。裸電球に竹籠のランプシェードが吊るされ、白い壁を基調に赤青黄色の椅子が並ぶ、色鮮やかなインテリアが愛らしい。廃材のベンチに真鍮のアクセントが光っていた前の店とは印象がまるで違うし、客層もぐっと若返った。しかし、すっかり生まれ変わったその店にも、彼らがいたのである。

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 判で捺したよう、という形容がぴったりの白人老夫婦。大柄で温厚な襟付きシャツの老紳士と、ボブにした天然白髪をくりくり巻いて、スワロフスキーをちりばめたフォックス眼鏡、ジーンズ、スニーカーの老婦人……ヴィレッジ・ジジイとバワリー・ババアだ! まったくの同一人物ではないかもしれないが、だとしても本当によく似ている。ちょうど店員がロゼワインのグラスを二杯、持ってきた。

 「あなた、私たちはボトルを注文したのよ! どういうこと!」「は、すみませんマダム、ただいま確認して参ります」「あとちょっと、何なのその分厚いグラスは。そんな野暮ったいグラスでロゼを出す店がありますか、もっと薄手のグラスを、キンキンに冷やして持って来てちょうだい。ボトルと、よ!」

 約一年ぶりに同じ場所で聞く衰えぬ舌鋒(ぜっぽう)、やっぱり同種のババアだ、健在だ。混雑する店内、鍛え抜かれた大胸筋のまぶしいアジア系男性の給仕が、大きな体を二つに折って丁重に詫びる。確実に謝罪を届けようと顔を寄せるが、その仕草がまた彼女を不機嫌にさせる。「私はそんなに耳の遠い婆さんじゃないわよ!」ひとたびスイッチが入ると無尽蔵に文句が出てくる機構なのだ。何不自由ない扱いを受けながら世の中へ不満を撒き散らす。ふかふかの布団の上でぐずる赤子と変わらない。

 グラスのロゼは手付かずのまま下げられた。バーの流しに廃棄されてしまうのだろう。「お詫びのしるしです、って差し上げればいいのにね?」と囁くと、「でもほら、グラスがお気に召さなかったから、それは逆効果なんだよ」と夫が囁き返す。キンキンに冷えた新しいグラスとボトルが到着すると、ババアはまた口を開きかけるが、大胸筋店員が「ワインクーラーは今すぐお持ちしますので!」と制した。新生児用のベビーバスくらいある巨大なアイスバケツが運ばれてきて、それだけでテーブルが塞がってしまう。

 プリフィクスコースとワインのペアリングが評判だった「Le Philosophe」も今は昔。お通しのえびせんをかじりながらタイ風アイスティーを飲む私の真隣で、この過剰接客、ほとんどギャグの域である。他の地区からはるばる飲みに来たような周囲の客たちも、謎の特別待遇を受ける老人たちを訝しげに覗き込んでいる。

時の流れに棹させず

 たぶんこの人たち、店が以前のままだと勘違いして来ちゃったんだな、と幾許か同情を寄せているところへ、我々には、トムヤムクンとクラブミートカレー、ジャスミンライスが運ばれて来た。中央に煙突状の穴が開いた巨大なアルミ鍋の登場にはしゃいでいると、なんとババアが、私に話しかけてくる。

 「あら、ちょっとあなた! それ、何の鍋? 何なの、何を食べてるの? そんなものメニューに書いてあったかしら? どれを注文したの?」

 「はっ、はい、これはトムヤムクンですよ、タイを代表する伝統的な料理です。エビとシーフードが入った、スイートでサワーでスパイシーなスープで、名前は、トム、ヤム、クン、です。メニューの中央付近に書いてありました!」

 緊張でわけがわからなくなった私は、自分用によそった小鉢とレンゲを手にしたまま、「食べてみます?」とそれを差し出しかけた。察知した夫が目配せで必死に「やめておけ」と訴える。「そんなこと誰が頼んだの、質問に答え終わったらおとなしく口を閉じなさい、図に乗るな!」とまた機嫌を損ねてしまいかねない。当のババアはとっくに私への興味を失い、何か肉野菜炒めのようなものを一口食べては、ジジイに向かって「思ってたのと違う」「ロゼには辛すぎる」とキレていた。

 このババアがずっと同じ環境、お仲間だらけのフランス料理屋のように裕福で保守的で排他的な白人コミュニティから出ずにいたのなら、食わず嫌いを続けたエスニックの味を知らずとも、あるいは不思議はないのかもしれない。しかし今現在、マンハッタン島内だけでも何百軒のタイ料理屋があるだろう。私がアジア人であることを差し引いても、あの年齢になるまでトムヤムクンを一度も食べたことがないニューヨーカーなんて、俄かには信じられない。

 バワリー界隈の大規模再開発が進んだのは、ここ10年のこと。デザインホテルが建ち、美術館が建ち、駅前広場がきれいに整備され、昔ながらの商店は潰れて、飲食店は居抜きでくるくる入れ替わっている。成功する新規店といえば、量が多くて味付けが濃く、若者の勝負デートにぴったりな目新しい店だ。

 インスタ映えする新進気鋭のタイ料理屋「Fish Cheeks」もその時流に乗っている。どんなに古参の住民で、今まで大きな経済効果をもたらしてきたとしても、エスニックを食べつけないお金持ちの老人層なんて、もはや見事にターゲット顧客から外されているのだ。その後も何度かトムヤムクンを食べに行ったが、彼らを見かけることは二度となかった。

アンプラグドな聖域

 では、彼らはどこへ消えたのだろうか? というのが、ずっと気になっていた。隣で食事して気持ちいい客ではないし、視界から消えてくださったこと自体は有難い。しかし私も40歳目前、毎日毎日、山盛りフライドチキンだの、激辛エスニックだのを食べてブイブイ暮らすわけにもいかない。普段使いしたいのは、旬の食材を使った薄味で良質な一皿を食べられる、抑制のきいた店。和食でいうならラーメン屋よりも手打ち蕎麦屋、夜に腹八分を実現できる飲食店だ。

 あの口うるさいジジイババアどもなら、そんな胃袋に優しい店を知っているんじゃないのか? と踏んでいたのだが、夫が先日、一つ答えを探し当ててきた。イーストヴィレッジ北端にある「Hearth」は地場の野菜を使った健康的なイタリアンで、「この近所にしては客の年齢層が高く落ち着いているので、期待できる」と言う。

 果たして期待通りに美味しい店だった。開業は2003年ながら既にして老舗の風格があり、日曜の夜、何組もの三世帯家族が、六名席や八名席を満席にしている。上座に座るのは、またも判で捺したようなあの上半身だけ着飾った偏屈ババアどもだが、居心地のよい店だからか、かわいい孫たちの手前だからか、いつになく解毒されている。

 そこそこ裕福でジャンクフードが大嫌い、といって超のつく高級店へ通う趣味もない。子供たちが巣立ち夫婦二人になった今こそ存分に外食を楽しみたくて、ジーンズを履いて毎日のように値の張るごはんを食べに来る。そんな健啖家の老夫婦が通う店なら、誰が行ってもハズレがない。さすがは年の功だ。その代わり、彼らのお仲間に加わりたかったら、それなりの代償も支払わねばならない。この店の場合それは、卓上に置かれた木製の小箱だった。中を開けるとこう書いてある。

 「当店ではお客様を『アンプラグド』なひとときにお招きいたしたく、携帯電話等を遠ざけて目の前にいらっしゃる大切な方とのお食事をお楽しみいただくために、どうぞこちらの箱をお使いください」

 うわー、ババア好み! めんどくせえ! 食事中に電話をいじるな、皿をパシパシ写真に撮るのはやめろ、家族連れは歓迎だがゲームアプリやYouTube動画に子守をさせてはならん、というわけだ。ひょっとしたら電波を発する電子機器が健康を害すと信じている高齢者の客もいるかもしれない。

 よくよく見ると、躾に厳しいおじいちゃまおばあちゃまの横でデザートをつつく孫たちが退屈そうなのも、このルールを守らされているからだった。市内すべての飲食店がこんな頑固老人に牛耳られたらたまったもんじゃないが、郷に入っては郷に従え。その日は私も観念して木箱にスマホをしまい、静かな夕食を楽しんだ。

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著者プロフィール

岡田育(おかだ いく)

文筆家。1980年東京都生まれ。出版社で婦人雑誌と文芸書籍の編集に携わり、退社後の2012年よりエッセイの執筆を始める。著書に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA)。2015年夏より米国在住。パーソンズ美術大学グラフィックデザイン学科修了。現在はニューヨークを拠点に、執筆・編集・デザインの各分野でフリーランスとして活動中。

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