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天国飯と地獄耳

岡田育(おかだ いく)

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第7回 頑張れ、日式ラーメン屋!

2017.09.28 更新

 渡米してまだ間もない頃のこと。近所のとんこつラーメン店「Minca」で会計のお釣りを受け取った際、きれいな日本語で「お口に合いましたか!」と訊かれて驚いた。美味しかったです、と感想を伝えると、「私、クマモト住んでた! 修行した! がんばった!」と店員が胸を張る。ここは若者で賑わう市内屈指のとんこつラーメン店。日本人が食べに来たということで、満足度調査の対象となったのだろう。

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 別のある日はロウアーイーストサイド「Yokoya」店内の壁画を眺めていたら、「この絵はヨコハマです! ここが海です! トーキョーとは違う風景ですね、なぜならうちはヨコハマ・スタイル・ラーメンですから!」とドヤ顔で説明を受けた。「あっはい、この観覧車、みなとみらいですよね……」と応じたら「ヨコ、ハマ、です!」とのお返事。あっはい。すっかり気圧されて「他とどう違うんですか?」という初歩的な質問をしそびれてしまった。日本人のくせに知らんのか、と叱られそうだ。

 恥ずかしながら私、いわゆるラーメンの「通」というわけではない。どんな麵でもつるっと美味しくいただけてしまうので、地名や流派に対するこだわりもなく、トレンドを追う情熱もなく、激戦区ではなかなか店を選べず、味噌の名店で塩を注文するような無粋もやらかす。別に、おいしければ何でもいいじゃん……? と思って生きてきたのだが、この街の民は、そんな生ぬるい態度を許してはくれない。

 「ニューヨークは今、空前の日本食ブームだ」と言われるようになって、いったい何十年経つだろう。その熱気はまだまだ冷める気配がない。自己紹介すると、しょっちゅう飛んでくる質問が「最高のラーメン屋はどこ?」。若者に紛れて大学に通っていたせいもあるだろう、鮨や蕎麦よりもラーメンの情報を求められることが多く、下手すると私よりも彼らのほうが、その味の違いにうるさい。

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新店情報で学級崩壊

 ナウなヤングの間で「一風堂」が超人気デートスポットになっているという話題は、日本メディアでも報じられていることと思う。オシャレなバーカウンターから店外へ溢れるほどの大行列、みんなガンガン酒を飲みながらおとなしく席が空くのを待ち、前菜で気分を高め、締めのラーメンには替え玉も追加して、一人あたま数十ドルはするイケてるヌードル・ディナーを楽しむのが定番だそうだ。

 とはいえ一方で、「あそこは本場ジャパンでは、もっと気軽に入れる店なんだぜ。流行に踊らされて二時間以上も並ぶなんてバカだね」と鼻で笑う人もいる。だったら日本人に真偽を確かめよう、ということで、「あれが本当に王道なのか? 他にもっと本格派の店があるのか?」と質問責めに遭う。なお、私が行ったとき一風堂では「わさび醬油ラーメン」が大人気で、店中が温まったワサビの刺激臭に満たされていた。「500円以上するラーメンなんかラーメンじゃねえ!」が口癖の博多出身の友人の顔なども思い出す。邪道とまでは思わないが、未来形、ではあるだろう。

 それで英語の授業中、「角を曲がった裏にある『ずんどう屋』なんかのほうが、故国で慣れ親しんだフツーのラーメン屋っぽいかな……」とこぼしたら、講師までもが板書の手を止めて「ちょっと! 日本人のIkuが一風堂よりトラディショナルだと認めたラーメン屋、どこ!?」とスマホで所在地をググりはじめ、「へー、ズンドゥーヤはフロム・ヒメジだって!」「すぐ近所の『せたが屋』も東京の地名でしょ?」「知ってる、ビールのサッポーロも地名なんだよー」などと大騒ぎになり、学級崩壊したことがあった。

 「JIN」に「Bassanova」、「TOTTO」に「MISOYA」に「Mr.Taka」、私がよく行くラーメン屋は、どこもほどよくエキゾチック、ほどよくアメリカナイズされ、革新的で個性的な味を提供している。韓国系アメリカ人が編み出した「momofuku」のラーメンだって、独特ながらも懐かしくホッとする味で、好きなんだけどな。でも、世界中からこの街に集まった留学生たちは、地球の裏側の本場ジャパンから届いたという触れ込みの「舶来」「伝統」ブランドのほうを有難がるのだ。頭に「ブルックリン発」と冠されるとそれだけで鼻血噴く日本人とまったく同じである。

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アラと木こりとサスティナビリティ

 ブルックリンといえば今年の春、「YUJI」のラーメンも食べた。この店は、アメリカでは通常廃棄されてしまうシーフードのアラでとった「MOTTAINAI broth」を売りにした、一味違う「魚介系」だ。

 狭い店内、四名掛けのテーブルで、先にいた二人組と相席させてもらう。男のほうは赤い格子縞のシャツを腕まくり、鎖骨に届くほどの豊かな顎髭を丸っこい形に整えた、絵に描いたようなヒップスターである。ボーダー柄のニットをざっくり着こなした連れの女が前菜の寿司をつまみ、「この、上にのってるの何だろう?」と首を傾げると、穏やかな小声で「ワサビの代わりの、ジャパニーズシトラスとペッパーのホットソースだよ」と教えている。柚子胡椒である。

 ほどなくして、女性には「ツナコツ」、まぐろベースの豚骨風ラーメンが届いた。私とヒゲ男子には、「おこのみしょうゆ」。能書きからもっと複雑でジャンクな味を想像していたが、意外とすっきり上品なスープだ。二人は住環境の話をしている。彼のルームメイトが無断で部屋の又貸し(サブレット)を始めてしまい、見ず知らずの借り手との共同生活が相性最悪、とかなんとか。聞き手の女性は長い髪をおだんごに結い上げながら、「そもそも違法行為じゃん。そのルームメイトに文句言って追い出したら? 空き部屋はAirbnb運営でも始めればいいよ」などと提案している。

 「それが、僕からはあんまり強く言えないんだよねー。彼女は一番の古株で、僕はあのシェアハウスで最年少だからさ、立場弱いの」「え、待って、あなた幾つだっけ?」「じつはこう見えて、25歳」というやりとりに、オリオンビールの泡を噴きそうになる。おだんご頭も日本酒の手酌を止めて「What!?」と叫び、「おいおいおい、マジか……そのヒゲで25……」と私の感想を代弁してくれた。「そうなの、このもっさい顔で……木こり業で家族を養う傍ら自家焙煎の珈琲屋でも営んで丁寧に暮らしてそうに見えるけど、卒業後の進路も決まってない貧乏学生なの……」と照れるヒゲ。なんだその言い慣れた感じのサードウェーブ自虐、かわいいな。

 饒舌にボケを繰り出しながらも、男性のほうは箸を使って器用に麵を啜っている。日本人とまったく変わらぬ手つきで、ずぞぞ、と音まで立てている。相当ラーメン慣れしている高度な食べ方だ。一方、女性のほうはどうにも箸が苦手なご様子。会話しながら麵類をズルズル啜るのは難しいようで、何か話すたびに手が止まってしまう。とうとう箸を置いて、レードルに持ち替えた。

 中華料理のレンゲではなく、和の鍋物についてくる木製おたまでもなく、カレーをすくってライスにかけるとき使うような、金属製の大ぶりなレードルだ。自慢のスープをたくさん飲んでね、という店側の熱意が伝わるが、これだけで麵を食べるのは無理がある。四苦八苦しながら麵束をすくい、レードルに歯を立てて少しずつかじる、という独自の食べ方を試すのだが、滑るし、はねるし、全然うまくいかない。どうやら猫舌でもあるようで、スープを一口飲むにもおっかなびっくりだ。

 彼女はふと、「大丈夫? これで足りる?」と訊いた。ヒゲが一足先につるっと完食したのだ。私の胃袋にちょうどいいサイズだから、たしかに体格のいい20代男子には少々足りないかもしれない。いやしかし、そんなことより、まだ半分も食べ終えていない自分の丼をどうにかしてくれ。「これ、すっごく美味しいよね! ちょっとトラブッてるけど……」と言い訳を重ねるたびにまた手が止まり、気まずい沈黙が長引く。彼女の麵も、どんどん伸びていく。手持ち無沙汰の男性は、ひたすら水を飲んでいる。他の飲食店と違って「食べきれなかった分を包んで持ち帰る」ことが難しいのが、麵屋のつらいところだ。

評価が下がるとMOTTAINAI

 会計伝票を待つ間、口コミサイトで店の評判を調べてみた。「未知の味!」「ツナだから、ポークの脂よりヘルシー!」と賛辞が並ぶなか、「私にはToo Fishyで、ちょっとどうもね……」との意見もある。「Fishy」は「生臭い」という意味で、その言葉に込められたネガティブさたるや、魚に対して基本好印象しかないおサカナ天国・日本の想像を絶するものがある。保守的な味覚の外国人には、アラ汁だって生ゴミの煮込みくらいに思われていてもおかしくない。「YUJI」はそんな国の客を相手に果敢な挑戦をしているのだ。

 日本人はみな、ラーメンとはどのような食べ物で、どのように賞味すべきものか、子供の頃からよくよく理解している。ラーメンリテラシーが高い。あるいは、高すぎる、のかもしれない。ラーメンを愛しラーメンに溺れすぎた私たちは、ラーメンを楽しめずにいる人々がどんな些細な点で躓くのか、その心情になかなか寄り添えない。逆上がりのできる子供が、できない子供にコツを教えてやるのが難しいように。

 ほとんど飲み物のような勢いでずぞぞと平らげた私やヒゲの彼と、レードル片手に悪戦苦闘していた彼女とでは、たとえ同じものを食べても感想はまったく変わるだろう。進まない箸、のびきった麵、ぬるんでいくのに減らないスープ。そう考えると、ラーメンとはなんと味わうのが難しい食べ物だろう。食事中はろくに話もできないなんて。もしかして一風堂がデートコースとして人気なのは、他のラーメン屋より行列待ちが長いぶん、バーでじっくり会話が弾むからだろうか?

 あの気まずい沈黙の中で彼女がラーメンを嫌いになったり、帰ってから口コミサイトに「まずい」と書いたりしませんように、と祈る。箸なんか使わなくたっていいんだ、店員に頼んでフォークとスプーンを出してもらって、次こそあつあつを味わってほしい。この街ですでに圧倒的な認知度を誇る日常食となり、多くの愛好家から熱い支持を得ている、日式ラーメン。時には不幸な文化的行き違いで厳しい低評価がついたりするかもしれないが、負けずに頑張ってほしい。

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著者プロフィール

岡田育(おかだ いく)

文筆家。1980年東京都生まれ。出版社で婦人雑誌と文芸書籍の編集に携わり、退社後の2012年よりエッセイの執筆を始める。著書に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA)。2015年夏より米国在住。パーソンズ美術大学グラフィックデザイン学科修了。現在はニューヨークを拠点に、執筆・編集・デザインの各分野でフリーランスとして活動中。

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