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天国飯と地獄耳

岡田育(おかだ いく)

天国飯と地獄耳 ブック・カバー
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第4回 毛皮と菜食、タブーと寛容

2017.06.22 更新

 仕事仲間のアメリカ人女子は、肉や魚のほか卵や乳製品もいっさい食べない厳格なヴィーガンだが、お腹が空くと「はー、肉食いてー!」(I wanna eat meat!)と雄叫びを上げる。「あ、もちろん『私の』肉よ……」というわけで、これは、厚揚げ豆腐のたっぷり入った大盛りパッシーユ(タイ風きしめん)とか、ビーフパティの代わりにビーツのコロッケを挟んだベジ・バーガーとか、「がっつりしたものが食べたい」程度の意味。日本的な「精進料理」のイメージが強いとギョッとするが、肉や魚を食べないことと、こってり味で腹一杯にすることとは、いくらでも両立可能なのである。

 ニューヨークは彼女たち菜食主義者にはずいぶん住みやすい街だろう。ほとんどの飲食店では何かしら野菜のみのメニューが用意してあるし、既存の料理を肉抜き、卵抜きで作ってくれる柔軟性も高い。また、日本のコンビニでおやつを買うくらいの感覚で、植物性食材だけを使ったスイーツやオーガニックチップス、コールドプレスジュースなどが手に入る。イスラム教徒のハラル、ユダヤ教徒のコーシャ、あるいはインド系の非殺生菜食など、宗教上の理由で飲食が制限される人たちにきめ細やかな対応をする店も多い。先日知り合ったムスリム女子も「I don’t eat meat.」と言うので、「へえ、豚以外も?」と訊いてみた。

 「もちろん戒律も守ってるけど、ノン・ミート・イーターに転向したのは、どちらかというと健康維持のためよね。ちなみに魚介類は食べるよ。でもイカとタコは無理。なんか歯ごたえがキモくない?」

 たしかにこの国で、アメリカンサイズに盛られた脂っこい獣肉を食べ続けても、百害あって一利なし。私が昼によくサラダ専門店へ行くのも、一日の摂取カロリーを抑えるためだ。でも、シーフードの皿から器用にイカだけのけて食べる姿は、健康のためというより好き嫌いの域である。

 前菜盛り合わせの皿からポークバン(豚まん)を手に取ったので慌てて制すと、「えっ、これ豚? あっぶねー! 盛り付けがオシャレすぎてわかんなかった!」とケタケタ笑われた。ざ、雑だなあ……。無宗教でアレルギー体質を抱える日本人の知人のほうがよっぽど、口に入れるものに対して神経質である。でも「神との約束」や「自分の中での取り決め」を遵守する、そのために食べるものを選別するという行為は、実地運用ではこんなノリなのかもしれない。

何でも鮨屋に喩えてしまう

 さて、とある週初め、イーストビレッジにある「Upstate」店頭で我々の前に並んでいたのは、ヒップな美男美女四人組。全身ユニクロで揃えたような無味無臭の軽装だが、よく見れば高級ブランド品に違いない、いわゆるノームコアってやつだ。座るべきテーブルが片付くのを待つ間、一人の美女が受付係に突然「ヴィーガン・ディッシュはないの?」と訊いた。

「Upstate」。店名は「ニューヨーク州北部」を意味し、ロゴもその地図を象っている。

「Upstate」。店名は「ニューヨーク州北部」を意味し、ロゴもその地図を象っている。

 「Upstate」は狭いながらも界隈屈指の人気店で、空席待ちの行列は平日でも二時間超えが当たり前。客のお目当ては生牡蠣、セビーチェ、クラブケーキにクラムのフェットチーネなどなど、新鮮な魚介料理だ。鮨の高級店にはさんざん文句を言う在NY日本人も、ここの味にはケチをつけないという、庶民派価格の名店である。

クラムのフェットチーネ。隣の店のネオンがけばけばしいせいで美味しそうに撮れた ためしがないが、絶品。

クラムのフェットチーネ。隣の店のネオンがけばけばしいせいで美味しそうに撮れたためしがないが、絶品。

 そう、そんな店にまで、来るのである、菜食主義者が。己の思想信条にもとづいて植物性のものしか食べない人々が。無理矢理日本に喩えると、「築地」と地名を冠した店で「魚以外は何があるの?」と訊くような暴挙である。あるいは、焼き鳥屋で席について「おまかせコース四名分、一名分は鶏肉全部抜きでねー!」と注文するくらいのものである。とんち勝負か。

 連日連夜、大行列の客をさばく受付係の青年も、さすがに面食らった様子だ。「野菜だけ、って皿は、ないッスね……サイドディッシュのポテトくらいしか……」とメニューを指し示す。ぎりぎり失礼に当たらない口調だが、顔にはハッキリ「帰れ」と書いてある。わかる、わかるよ、その怒り。

 ところが驚いたことに、彼女はそこで「オーケー、それにする」と席についたのだ。この女、この海鮮酒場で、付け合わせのイモだけ食って帰る気か!? 四人仲良く肉料理と野菜料理を均等にあれこれ注文できる店は、よそにいくらでもあるだろうよ!?  しかし、こうしてやたらと気を揉んでしまうのは、私が「大皿から同じものを銘々に取り分ける」食習慣で育ったせいである。こちらでは、一人一皿のメインディッシュを選択して相互不干渉のまま完食するのが基本形式だ。日本人同士で「一口ちょうだい」「お皿交換しよう」とやっていると、それだけで目を丸くされたりする。所変われば、食文化も変わる。私は私、あなたはあなた、個人主義。だから魚の店でイモだけ食べてても全然オーケー、「None of your business」(おまえに関係ないだろ)という話である。

 思い出すのは昔、ある人に「ごちそうするよ」と連れて行かれた東京の鮨屋で、彼が菜食主義者と知ったときの衝撃だ。「僕が魚を食べないのは僕の極めて個人的な信条だから、あなたは気にせず、何でも好きなもの頼んでね」と言われた。「そういう問題か……?」と首を傾げながら嚙みしめたシャコの味が忘れられない。でも、よくよく考えると、目の前で握って供されるアラカルト鮨の一貫一貫は、隣席と分かち合う食べ物ではない。つまり菜食主義者が肉食主義者に「好きなもの食べて」と奢るには、極めて合理的な店選びとも言える。

 そこでわざわざ他人の鮨ゲタを覗き込み、「カッパ巻きしか食わない奴ァ、鮨屋へ来るな!」などと怒りだすのは、余計なお世話。傲慢で排他的で、差別的な感情とさえ言える。何を食べ、何を食べないかは、その人自身が決めること。親しい友達と話題の店へ足を運び、魚を食べずとも同じ食卓を楽しく囲みたい、という菜食主義者の「自由」を、私が奪うことはできないのだ。

日本でも話題の、あのお店

 彼らの多くはこうして、「これは私個人の決め事だ、あなたが肉や魚を殺して食べることを責めたりはしない」と言う。もちろん我々ミート・イーターだって、彼らが肉や魚を食べないこと、それ自体を責めるつもりはない。まぁしかし世の中には、積極的にこちらの領域に踏み込んでくるような菜食主義者というのも、少なからずいる。

 これは昨年冬のこと。ヴィーガンスイーツの人気店「Sweets by CHLOE.」の混雑する店内でお茶していたら、学校の先生でもしていそうなお堅い風貌の、分厚い眼鏡の年配女性が猛然と店へ入ってきて、大声をあげて喚き散らし、そしてまた猛然と立ち去って行った。主張はこうだ。

 「菜食主義の店に並ぶなら、アニマル・プロダクツを着るべきではない! おまえら、恥を知れ!」

 寒い夜だった。店内には、カナダグースを着た若い女の子たちがいた。一着買って春まで着続ける若者が多いことから「大学生の冬の制服」なんて呼ばれている、大変ポピュラーなダウンジャケットだ。一方で、フードに本物のコヨーテの毛皮を使っているため動物愛護の観点から非難され、街中のあちこちに血塗れのロゴをあしらった不買運動ポスターが貼られていたりもするブランドである。

 ニューヨークで毛皮を着ていると石を投げられる、という脅し文句は昔も今も有効で、非人道的な生産工程と動物虐待の象徴であるリアルファー、とくに総毛皮のコートは、もう着ている人をほとんど見かけない。トレーサビリティへの取り組み強化を謳いながらも「リアル」の看板は下ろさないことで知られ、売れに売れまくっているカナダグースは、そこで新たな「石を投げる」標的になっているのだった。

 怒鳴るだけ怒鳴って立ち去ったので詳細はわからないが、おそらくは、あのおばさんも長年ヴィーガンとして生きているのだろう。食べるための殺生はしない、毛皮はもちろん、革製品だって身につけない。そんな彼女が、ヴィーガンの看板を掲げたこじゃれた新規店の前を通りかかり、動物から剝ぎ取った毛皮を身にまとって甘味をつつく若者を見れば、「思想もないくせにファッション感覚でヴィーガン気取るんじゃねえ!」と怒り狂う気持ちも、理解はできる。

ヴィーガンスイーツ専門店「Sweets by CHLOE.」のコーヒーケーキと抹茶チアプデイング。

ヴィーガンスイーツ専門店「Sweets by CHLOE.」のコーヒーケーキと抹茶チアプデイング。

世界が平和でありますように

 しかしおばさん、もはや菜食は「思想信条」の問題を超え、すっかりオシャレの軍門に下ってしまったのだよ……と、宥めたくもなる。でなければ、世にこれほど多くのヴィーガン・プレイスが溢れかえることは、ありえないのだから。

 流行に敏感で肥満と不健康を極度に恐れるニューヨーカーたちは、美容とアンチエイジングのため、意識高いアピールとInstagram映えする自撮り写真のため、つまりは煩悩まみれの私利私欲をモチベーションに「野菜中心の食生活」を消費していく。その結果が、牛乳の代わりにアーモンドミルクを使ったジェラートであり、抹茶を使った禅スイーツであり、一杯十ドル以上もする植物性プロテイン入りスムージーなのである。

 だからおばさんね、お怒りはごもっともと思いますけれどもね、こちらとしても「Upstate」でイモだけ食って帰るヴィーガンのことはグッとこらえて許容するからさ、「Sweets by CHLOE.」でカナダグース女子がチアシードプリン食って帰ることも、まぁ、どうにか見逃してあげられないものかね。彼女たちもいつか若気の至りを恥じ、エシカルな暮らしに覚醒する日が来るだろうから、共生の道を探れないものかね。

 あんな剣幕でいちいち「違い」を?りつけていたら、いとも簡単に宗教戦争が起きてしまう。肉食も、菜食も、ユダヤ教徒もムスリムも、一緒に流行りのレストランへ出かけてじゃぶじゃぶお金を回し、それぞれ食べたいものを食べて、みんなで健康に幸福になれるのが、一番なんじゃないかなぁ。

 ……震える手でイートインのペストリーをつつきながらそんなふうに独り言ちるのは、「Sweets by CHLOE.」にハシゴする前の店で、私がラムステーキタルタルを食べてきたから、なのだろうか。ごめんよ、おばさん。

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著者プロフィール

岡田育(おかだ いく)

文筆家。1980年東京都生まれ。出版社で婦人雑誌と文芸書籍の編集に携わり、退社後の2012年よりエッセイの執筆を始める。著書に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA)。2015年夏より米国在住。パーソンズ美術大学グラフィックデザイン学科修了。現在はニューヨークを拠点に、執筆・編集・デザインの各分野でフリーランスとして活動中。

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