キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

天国飯と地獄耳

岡田育(おかだ いく)

天国飯と地獄耳 ブック・カバー
バックナンバー  12345 

第3回 他人の噂とアジアの連帯

2017.05.26 更新

 私が住むアパートメントの近所には、全米有数の学生規模を誇るニューヨーク大学(NYU)がある。というよりは、近隣に点在する校舎や寮や図書館を結んだバーチャルな「学園」の敷地内、あるいは「NYUという名の学生街」の中に住んでいるような感覚がある。近隣の店舗はどこも学割が充実し、やたらファストフード店が多く、ゲームセンターやカラオケもあり、学食のようなノリで若者がたむろしていて、その混雑度はNYUの授業時間割に大きく左右されている、ようだ。大型休暇に入った直後や全学休講日など、たまに火が消えたように静かになる。

 そんなうち一軒、タピオカミルクティーのチェーン店「功夫茶(カンフーティー)」で、「We are all refugees!!」と息巻いている学生たちと隣り合わせた。眼鏡の中国人に、推定インド系が二人、トルコあたり出身と思しき東西ミックスした顔立ちが一人の、男子四人組である。全員が全員、少しずつ柄の違う赤っぽいチェックのネルシャツを着ている。絵に描いたような理系非モテ童貞男子! と言いたくなるが、服装だけで決めつけるわけにもいかない。ダサダサのネルシャツから白いインナーを覗かせたまま、派手に遊びまくっているプレイボーイもいたりするのがニューヨークの恐ろしいところだ。

 「俺たちはみんな『難民』なんだ!」と熱く語るのは、ぼろぼろに履き潰した黒のスタンスミスを踏み鳴らすインド訛りの男子。「修士号取ったって、ビザが切れて、あるいは現大統領の気まぐれで、祖国に『強制送還』されちまったら元も子もないぜ」と嘆き、残り三人が深く頷く。といっても、彼らは見たところ、戦争や災害で強制的に国を追われた「難民」ではない。ここではカギカッコ付き表現、「故郷に帰っても生きるあてのない彷徨(さまよ)える民」程度のニュアンスだ。

「功夫茶」セントマークスプレイス店。バブルミルクティのチェーン店は他にもたくさんある。

「功夫茶」セントマークスプレイス店。バブルミルクティのチェーン店は他にもたくさんある。

最終的には、婚活だ

 強硬な移民排斥措置を掲げるトランプ現大統領の就任以降、「この国はもともと、移民の国だ」と声に出して唱える人が増えた。どんなアメリカ市民の先祖も、かつては住む場所を追われてこの地に流れ着いた「よそ者」だった。だから新たに海を越えてやって来る「よそ者」にも、ひときわ寛容であらねばならない……。現政権に抗(あらが)うようにそんな声が上がる。彼もまた、その文脈で、敢(あ)えて強めの言葉を選んだに違いない。

 四人とも、おそらくはNYUの大学院に通う留学生だろう。同じアジア圏出身として意気投合し、訛りの強い英語で話している。願わくは卒業後もこの国に受け入れられたいところだが、留学生に発給される学生ビザは、学業に専念、就労は不可、いずれ母国へ帰還することが大前提の「非移民」扱いだ。卒業とともに期限付きの労働許可が下りても、長く留まりたければ就労可能な別ステイタスのビザを得なければならない。つまり、移民として移民のまま雇い入れて支援してくれる勤め先が要る。

 平たく訳せば、「このまま就職難が続くと、高学歴無職のまま祖国に帰らされる羽目になる!」と騒いでいるのだ。これは留学生が集まると必ず出る話題。続いて「こうなったら誰か米国籍の恋人を作って結婚して、配偶者ビザをゲットするしかない」という話になる。ネルシャツ四人組も御多分に洩れず、「同じ学科のダニー(仮名)知ってるか、婚約者、アメリカ人!」「ケッ、いいよなー」「そんなの愛のない打算ずくの契約結婚だろ」と吐き捨て、延々とダニー(仮名)の噂話を続ける。できれば故郷に帰りたくない留学生たちは、研究論文や卒業制作のテーマ、就職活動の話と来ると、最後は必ず、冗談半分、だけど半分は大真面目にこうした「婚活」の話をする。

 そういえば、こちらでは「スイーツは女子供のもの」なんて固定観念はあまりなく、成人男性がつるんで甘味を飲み食いしている姿を頻繁に目にする。彼らも「ケッ」と毒づきながら、タピオカとプリンとナタデココをメガ盛りにしたミルクティーとか、イチゴやベリーの入ったグリーンティーとか、夕飯一食分のカロリーがありそうなマンゴーシェイクとか、特大サイズのかわゆいゲロ甘ドリンクを、いつまでもずるずる啜っていた。

ラクサという名の海鮮うどん

 先日はチャイナタウンの片隅で、同じくアジア系の女子たちに聞き耳を立てた。昼も夜もいわゆるカフェ飯サイズの皿を出す「Aux Epices」というビストロで、マレーシア風の麺料理ラクサが人気とのことでランチに出向いた。隣に座っていたのは、社会人二人、学生二人と思しき女子四人組。

 英語力にも年齢にも、少し開きがある。「あの人もう10年もこっちに住んでるんだ、すごいね!」と驚く様子から、全員が渡米10年未満とわかる。この春卒業する後輩学生二人がアジア系留学生コミュニティのツテを辿って、既にこの街で就職を決めた先輩二人を「OG訪問」している、といったところか。「夏のインターンシップ先が第一志望の企業じゃなくて、時間の無駄にならないか心配……」なんて相談が聞こえてくる。

 「ところで、カレンさん(仮名)って覚えてる? あの人、結婚相手がアメリカ人で、もうグリーンカード(米国永住権)持ってるって知ってた!? しかもすっごいお金持ちで、ロングアイランドに一軒家あるんだヨー!? おっきな車庫に高級車がずらっと並んでるの!」

 とまた、他人の噂話だ。若く色白で、腰まである黒髪を一つ結びにした化粧っ気のない女の子が変わったイントネーションで話す。首からオフィスの入館証を下げ、真っ赤な口紅にセルフレーム眼鏡を掛けた年嵩の社会人女子が「げー、マジ!?」としか翻訳できない「Seriously!?」を連発する。

 私はといえば、注文したシーフードラクサの、中身がうどんで、無言で一人「げー、マジ!?」状態である。本来は米粉の麺が多いはずだが、ココナッツベースのスープに浮かぶこれは、自宅でもさんざん食べ慣れている、カトキチ冷凍うどんとまったく同じではないか。ニューヨークではUdonは人気のヌードルで、けっして不味くはないのだけれど、意外なところで祖国の味と対峙して損した気分になる。

 「だってサー、私ずっとサー、同じフラッシングの、すぐ近くで同じ間取りに住んでるって聞いてサー、きっと似たような経済状況だろうと思ってたらァー、騙されたよ! 週末おうちおいで、って言われて、車でビュンッて、ロングアイランド! 凹むヨー!」

 激安飲茶で知られる中華街フラッシングから、富裕層の集う高級住宅街へ。「普段着で行って恥ずかしかったヨー」「いくらかね、総資産額」「億かな?」「億じゃない?」「高級外車って一台いくら?」と、富豪の相場をググりだす。結局、私が食べ終えて会計を済ませ店を出るまでの間、彼女たちはずっと、自分たちと変わらないように見えて大きく違う、勝ち組カレンさん(仮名)の噂話をしていた。

円卓料理を分け合うように

 西洋圏出身の人々は、その場にいない人物について簡単に意見を交わし評価を下すと、さっさと次の話題に移る、その切り替えが早いように思う。生まれたときからアメリカで育っている子など、顔立ちは我々と同じアジア系でも性格がサバサバして、良くも悪くも他人に関心が薄い。もちろんどの国出身でも噂好きな連中はいるが、どちらかというと、早々に自分の話に戻してオチをつけたがったりするものだ。

 かたや、街のあちこちで聞き耳を立てていると、アジア人ってなんだか「ナイショの他人の噂話」が大好きだよなー。と思う。もちろん統計を取って厳密に調査したわけではないけれど。彼らが漫然と、オチもなく、赤の他人をさまざまに形容していくらでも時間を潰している光景を見ると、私はひどく懐かしい気持ちになるのだ。たとえお国言葉を使っていて会話内容がわからなくたって、クスクス笑いだけで、ここにいない誰かを笑っているのだとわかったりもするのが不思議だ。そして「日本の若者と変わらんなぁ」と思う。

 ネガティヴな言葉はほとんど使わないのだけど、噂話の俎上にあげている時点で、嫉妬や羨望、あるいはちょっと意地悪なおかしみを抱いていて、それをみんなで切り分けて一緒に食い合うことで、すっきり毒を出して消化してしまう、というような。これは一種の「共犯関係」だ。俺が俺が、と自分の話をするよりも、遠くにいる他人の噂話にまったり耳を委ねていたい。そんなふうにだらだら続く会話を耳にすると、日本人の私もなんだか「ホーム」感をおぼえる。

通り過ぎ行くLove&Roll

 「功夫茶」に話を戻す。私の定番オーダーは、アイス烏龍ミルクティー・糖度30%・仙草トッピング、いつもと同じこのドリンクを啜っていると、店内放送でサザンオールスターズ「真夏の果実」の中国語版が流れてきた。メロディは同じだが男女のデュエットで、調べると2008年に北京語でリリースがあったらしい。件のネルシャツブラザーズのうち、黒縁眼鏡の中国人男子が、サビになると一緒に歌い始める。

 「懐かしいな、この曲。そういえば英語バージョンはなんてタイトルだったっけ?」

 いや、知らないよ、と推定トルコ人が答える。推定インド人二人も首を傾げる。

 「いい曲だと思うよ、でもいかにもなアジアンポップスで、俺は初めて聴いたなぁ」

 「えー、何言ってんだよ、これは中国人によるカバー曲だけど、原曲は洋楽でさ、昔、全米でヒットチャートを席巻したんだよ……あー、ここまで出かかってるのに思い出せない! おまえら、なんでみんな知らないの? アメリカ人なら絶対知ってるってば?!」

 いやいやいや、アメリカ人はまず桑田佳祐は知らねーよ! ……とムズムズするのだが、ここで私が割って入ると、今までの噂話も真横で全部聞いていたことがバレてしまうので、ぐっと堪えた。いくら一方的に親しみをおぼえようと、完璧に築かれた共犯関係に後から飛び入り参加するのは難しい。流行ったのは、全米じゃなくて、全アジアだよ! 同じ地域出身者のよしみで、せめてそう耳打ちしてあげたくなる。

本文とは関係ありませんが、密室で内緒話しているみたいに見える「RedFarm」のおばけ餃子。

本文とは関係ありませんが、密室で内緒話しているみたいに見える「RedFarm」のおばけ餃子。

バックナンバー  12345 

著者プロフィール

岡田育(おかだ いく)

文筆家。1980年東京都生まれ。出版社で婦人雑誌と文芸書籍の編集に携わり、退社後の2012年よりエッセイの執筆を始める。著書に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA)。2015年夏より米国在住。パーソンズ美術大学グラフィックデザイン学科修了。現在はニューヨークを拠点に、執筆・編集・デザインの各分野でフリーランスとして活動中。

ページトップへ