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天国飯と地獄耳

岡田育(おかだ いく)

天国飯と地獄耳 ブック・カバー
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第1回 無知と薀蓄とニューヨーク

2017.03.30 更新

 美味しいごはんを食べながら、隣席の会話を盗み聞きする。そんなコンセプトで続けていた雑誌連載「天国飯と地獄耳」が、このたびウェブマガジン「キノノキ」に場所を移して再開することになった。

 過去に登場したのは「鮨屋で馬肉の話をする女」「街コンの感想戦をする婚活女子会」「深夜の立ち食い蕎麦屋にたむろするタクシー運転手」「人身事故の目撃談で盛り上がる専業主婦」「とんかつ屋の不機嫌なフランス人」「相撲の桝席」「機内でCAにえこひいきされる貴公子」「スイーツをつつく芸能事務所のマネージャーたち」などなど。食い意地とノゾキ趣味を両立させては「取材」と称し、会話の断片からあることないこと組み立てて、胃袋を妄想でいっぱいに満たす。我ながら、なんともゲスい連載だ。

 連載を中断していたのにはいろいろと理由があって、一つには、私自身がニューヨークへ引っ越したこと。生活環境の変化に伴い、聞き耳を立てる対象やシチュエーションもずいぶん変わり、私自身の「盗聴力」もずいぶん下がってしまった。おそるおそるの連載再開、話半分に楽しんでいただければ幸いである。

下町の世界地図

 2015年の夏に渡米して、約二年が過ぎた。今住んでいるのはマンハッタン島のダウンタウンにあるイーストヴィレッジという地区だ。世界中から続々と人が集まってくるニューヨークシティの中でも、この辺りにはいわゆる「移民街」の歴史が今なお色濃く残っている。南側ではリトルイタリーやチャイナタウンと隣接し、ジャパンタウンと呼ばれる桜並木の一角を進むとウクライナ人街やインド人街。かつては治安の悪さで名を馳せた東側のアルファベットシティにも、今はおしゃれなエスニックや多国籍料理の店が立ち並び、世界地図をシャッフルしたようなごちゃまぜの飲食店街が続く。

 砂肝が食べたくなったらジョージア料理、とんかつ代わりにウィンナーシュニッツェル、ポーランド系パブでピエロギをおかわりすれば餃子定食、幕の内弁当が恋しくなったらタコスのテイクアウト。もちろん鮨屋や蕎麦屋、ラーメン屋といった和食の店もある。そんなわけで、「アメリカで毎日ステーキとハンバーガーばかり食べて体を壊してないの?」という心配は御無用。東京と同じかそれ以上にバラエティ豊かな外食生活を楽しんでいる。なおステーキならアルゼンチンの店が絶品です。

 もちろん日本と比べて物価が高いため、外食も割高になる。ただ、量と質のバランスを考え、注文の仕方さえ間違えなければ、東京と似た感覚で飲み歩くこともできなくはない。たとえば、グラスワイン一杯の値段は日本の約二倍だが、注がれる量も約二倍なので、カクテルや他の酒を頼むより圧倒的にコストパフォーマンスがよい。夕刻のハッピーアワーはさらにお手頃価格になるので、明るい時間帯からとっとと酔うのがコツである。日本人同士ならメイン料理を飛ばして前菜を何皿か取るので十分だし、勧め上手な店員を「No, thank you!」とにこやかにかわし、デザートは近所のアイスクリームスタンドにハシゴするほうが賢明だ。

 何より大切なのは、周囲のスーパーサイズな大食漢たちに惑わされず、己の胃袋と真摯に向き合って腹八分目に留め置くことである。そして「大盛りの一皿をひたすら平らげて腹いっぱいにする」アメリカ的な食文化と賢く距離を保ち、「少しの量を追加しながらちょこちょこ食べる」ペースを維持すること。この点でとても便利なのがスペイン系の小皿料理、いわゆるタパスの店で、日本で暮らしていた頃よりも有難味が増し、足繁く通うようになった。

トマトで赤く塗れ

 「Pata Negra」は1アヴェニューと12丁目の角にあるタパス料理店。店名はスペイン語で「黒い脚」、最高級の黒豚生ハム・ハモンイベリコの別名に因む。メニューは至ってシンプルで、生ハムとチーズの他は、魚介、肉、野菜のタパスがほんの数品ずつ。選択肢は少なくとも、厳選された皿は何を頼んでも美味しい。

 席数も二十五しかなく、基本的に予約は取らず、早い者勝ち。平日はたまに厨房一名、接客一名で回していたりもする。当然カツカツになるのだが、そのぶん価格もリーズナブルなので、文句を言う客はいない。これぞスモールビジネス、かつて住んでいた四谷荒木町界隈の飲み屋などを思い出す、こぢんまりとカジュアルな店だ。

 このところは小柄で陽気な美女が看板娘として接客を切り盛りしており、スペイン訛りの強い英語で、どしどしワインを勧めてくる。生ハムを注文すると、オリーブオイルと塩、完熟トマトを盛った小皿が一緒に届く。「これはどうやって食べるの?」と尋ねると、あれこれ指南してくれるのだが、訛りが強くてまるで聞き取れない。

 身振り手振りで「要するに、このバゲットにこれ塗ってハムのせて、好きに食えってことでしょ?」と訊くと、「イエース、メイク・ユア・オウン、パン・コン・トマーテー、イッエーイ!」と、両手を上げてハイタッチを求めてきたので、パチンと応じて「イッエーイ!」と返す。最上敬語で「お好みでこちらのお薬味をのせてお召し上がりくださいませ」と言われ、逆にどう食べてよいものかお作法に緊張する日本の接客マニュアルとの、この差よ……と呆れつつ、遠慮会釈なく完熟トマトをぶしぶし潰してパンに塗りたくる。美味い。

 あるときは、「あなたたち日本人なの? 私、友達から日本語を習ったよ、アナタ・カワイイ、ワタシ・トモダーチ、and、カレシ・イナーイ!」と言われて面食らった。「日本男性の前でこの三つを唱えれば確実にモテる」とでも教わったんだろうか。そんなかわいい看板娘おすすめの一皿はたっぷり敷かれたホワイトビーンズに鎮座する極太のブラッドソーセージで、行くたびに必ず注文してしまう。たかがソーセージとあなどるなかれ、一皿でだいぶお腹いっぱいになるので要注意。

もしも東京だったら

 店員とのやりとりさえこの調子のカタコトだから、英語圏で「隣席の会話に聞き耳を立てる」のは至難の技だ。静粛な高級店ならいざ知らず、街場はどこも陽気に騒がしく、酔って呂律の回らない客たちが繰り出すのは、教科書には載らないくだけた表現やクセのある言い回しのオンパレード。もちろん英語以外の言葉も飛び交っているから、まず「英語か否か」を聞き取るのに時間がかかる。いくら慣れてきたとはいえ、なかなか日本語と同じように「盗聴」するわけにはいかない。

 それでもたまに、喧騒の中からパッと耳に飛び込んで来る、強烈なフレーズがある。先日ちょうど「Pata Negra」で、いつものブラッドソーセージをつついていたときのことだ。カレシ・イナーイの小柄な美女が我々のテーブルに水を注ぎ足したあと、すぐ近くの席についたばかりの客たちの注文を取りに行った。お飲み物はどうしますか? と訊いたのだろう、客から返ってきたのがこの一言。

 「I know nothing about wine!!」

 ザ・断言。あまりの朗らかな言い切りように顔を上げて見遣ると、豊かな髪をプラチナ色に染め上げた、これまた美しい女性客である。大抵の客はカレシ・イナーイ嬢のラテン系気質に呑まれてしまうものだが、この客は同じかそれ以上に声が大きく、陽気で、かしましい。

 「ワインとかさー、あたし、選べって言われても全然わっかんないからさー、適当にじゃんじゃん持って来てよ! 知らんけど、赤でも、白でも、別の色でも! Anything!」という調子で、天を仰いで目をくるくる回している。ギトギトしたアイメイクが、ちょっとレディー・ガガに似ている。向かいに座っているのは打って変わって物静かな年配の女性、注文は若い金髪に任せきりにしている。母娘でもなく、デートにも見えない、ただの食事会のようだ。

 それにしても、こんなふうに臆面もなく無知をさらけ出せるのは、すごい。もし東京の超人気スペインバルで同じことを言ったら、きっと恥かいちゃうよな、と思った。たとえつらつら語るほどの蘊蓄がなくても、ちょっと知ったかぶりしながら、「ややドライめのほうが好みだわね」とか「スパイシーな赤はある?」くらいは言いたくなるものだ。よいワインを取り揃えている店であればあるほど、店への敬意を表して、何かそんなふうに言わなければならないような気がするものだ。

 でも、どうしてそんな気がしてしまうんだろうか。「そうねえ、軽めのピノノワールからスタートしようかしら」なんて言っているとき、私はいったい、誰に対して見栄を張っているんだろうか。それはきっと特定の人物や店のソムリエではなく、もっと大きく、「西洋文化」に対してなのだろう。

なんでも聞いてやる

 考えてみれば当たり前の話であるが、「I know nothing about wine!!」のガガ様は、もともと西洋人なので、西洋文化に対して無駄な虚勢を張る必要がないのである。外国人クラスメイトから「Ikuは普段着でジャパニーズ・キモノを着たりはしないの?」と尋ねられた私が、「着ないね! だって、着付けができないからね! そもそも家に着物がないね!」とやたら開き直ってガッカリされるのと同じだ。

 できないものはできないし、知らないものは知らない。なまじ知識のあるようなフリをするほうが、真面目な伝統文化の担い手に失礼じゃないか、とさえ思う。日本人がみんな休日には着物を着て茶室でティーセレモニーを開催していると思ったら大間違いだし、小麦色に日灼けしたいかにも酒豪そうな金髪女子がみんなワインにうるさいと思ったら大間違いなのである。

 奥の席には新しく男女のカップルが座り、店内に貼られたポスターを眺めながら、「これって地下鉄路線図? どこの街、えっ、スペイン? スペインに地下鉄なんて走ってるんだ?」「そうだね、マドリードって書いてある。知らない街だけど、こんなにたくさん地下鉄が走ってるなんて、まるでニューヨークみたいなんだねぇ」と話している。実際に行けばマドリードの地上にはマンハッタンとはまるで違う街並みが広がっていると思うのだが、地下鉄といえば我が街のもの、ニューヨーカー、さすがの中華思想である。

 この国には、世界中から多数の移民が流れ着く。そして諸国の食文化が花開く。だからといって、その恩恵に与るアメリカ人たちが各国の文化に精通しているかというと、まるで怪しい。アメリカ人のパスポート保有率は3割、日本人と同じくらい低いのだ。どちらの国も、わざわざ海外に出る必要を感じないほど自国内で満足できてしまう、ということなのかもしれない。とくに「食」に関しては。来るもの拒まず、広く浅く、貪欲に世界の美味しいごはんを摂取しては、あんぱんとか、スシ・ブリトーとか、好き勝手に魔改造してしまうところも似ている。

 カレシ・イナーイ嬢は今宵も、店に来たすべての客に根気強く「パン・コン・トマテを知っているか?」と訊き続ける。豚の血を詰めたソーセージに抵抗を示す客には、「私の大好物、絶対おすすめ、騙されたと思って食べてみて」と説得する。ワインについて何も知らない客が来たなら、にこにこしながら三杯でも四杯でも試飲させてやる。ちなみに無料サービスの試飲でグラスに注がれる量は、日本のそれの約三倍である。マドリードへ行ったことがなくても、たとえ一生行くことがないとしても、ここで本場のスペイン料理を好きになって帰ってね、とウィンクが飛んでくる。

 同じ無知なら、朗らかで、謙虚で、そして探求熱心な無知でいたいもの。二年やそこら住んだくらいでは、この街のことは、まだ何もわからない。知らないことは教わり、知っていることは教えながら、「I know nothing about NYC!! なんでも持って来て!」という姿勢で、聞きかじりの「取材」を続けていきたいと思う。

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著者プロフィール

岡田育(おかだ いく)

文筆家。1980年東京都生まれ。出版社で婦人雑誌と文芸書籍の編集に携わり、退社後の2012年よりエッセイの執筆を始める。著書に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA)。2015年夏より米国在住。パーソンズ美術大学グラフィックデザイン学科修了。現在はニューヨークを拠点に、執筆・編集・デザインの各分野でフリーランスとして活動中。

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