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天国飯と地獄耳

岡田育(おかだ いく)

天国飯と地獄耳 ブック・カバー
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最終回 多言語都市の蕎麦湯の深淵

2018.02.23 更新

 「ニューヨークシティでは、800万人の人口が、800の言語を話す」……そんな観光宣伝文を目にしたことがある。咄嗟に規模が摑みづらいが、「やおよろず」や「7の70倍」といった常套句にも通じる「countless」な雰囲気だけは伝わってくる。たしかにここは、世界有数の多言語都市だろう。

 日本に住む知人たちから「英語だらけの環境、もう慣れた?」と尋ねられ、質問の意図はわかるけれど、一瞬、言葉に詰まってしまう。二年半住んだこの街は、あながち「英語だらけ」でもない。地下鉄の中で、喫茶店の席で、試着室の前で、居合わせた赤の他人の会話にじーっと耳を傾けていても、最後まで知っている単語が一つも出てこなかった、なんてことはしょっちゅうである。

 今日もまたノーヒントだった、何語か皆目わからなかったなぁ、と首を傾げて表に出れば、通りの名前や交通標識、黒板のメニュー、電化製品の説明書などが英語表記で、今度はホッと安堵する。多言語だらけの海を泳ぎ渡るなか、英語は頭上に輝く北極星のようなものだ。読める読める、英語だと助かるな、と思うけど、それは私の英語がバリバリ上達したからではなく、単に街中すべての注意書きが「ほとんど英語がわからぬまま暮らす非ネイティブ生活者」の水準に合わせて、可能な限り平易な文法で、お子様レベルに書き下されているからなのだった。

 アメリカ人に違いないと思って道を訊いた相手に、はにかみながら「I don’t speak English.」と返されて驚くことがある。「can’t」じゃなくて「don’t」なのだ。フランス人からゴージャスな巻き舌で「Sorry for my bad English…」と謝られたこともある。「Not so bad as my Engrish…」と返す私は「l」を発音したつもりだが、ジョークに聞こえたに違いない。

 「それぞれに異なるホームを持つ、まったく意思疎通の手がかりのない相手だらけの環境で、英語モドキを使いながらなんとかコミュニケーションをはかる」ことになら、もうだいぶ慣れた。並行して、昔よりは多くの言語を聞き分けられるようにもなった。話者人口の多いスペイン語と中国語はパッとわかる。フランス語、ドイツ語なども、響きで察せられる。変な日本語だな、と思ったら大概が韓国語の誤り。身振りが大きければイタリア語、表情が動かないならロシア語、噓みたいだがそう見当をつけると実際「グラッチェ」とか「スパシーバ」とか言っていて、かなり当たる。

 客への態度は無愛想なタクシー運転手が、実車中に仲間内でわいわい交わすハンズフリー通話も面白い。とめどなく流れる歌うような響き、どこか中東? インド? トルコ? お手上げなので「What is your mother tongue?」と質問したら、「Huh!?」とバックミラー越しに睨まれて、あとはガン無視。私の英語は通じなかったが、電話相手に謎の言語で「すまんすまん、今、ウザい乗客になんか話しかけられてよォー」と詫びていることだけは、よくわかった。すまんすまん。

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傍受されない暗号で

 ロウアーイーストサイドにある米国人シェフのラーメン屋「Ivan Ramen」で隣席から流れてきたのも、ロシア語に似た響きの、未知の外国語だった。パッと耳が捕えたのは、端々に混じる日本語だ。知らない言語なのに、日本語の単語を追うと大体の文意が汲み取れる。自分ではまったく喋れない言葉を「盗み聞き」するというのは、なんとも奇妙な体験だ。

 「西のOsakaは独立言語を重んじる。たとえばOkiniという謝辞はArigatoと同義であるが、東のTokyoでは聞かれない。飲食店などで叫ばれる、歓迎を意味する言葉Irasshaiは、TokyoでもOsakaでも聞かれる言葉だ」

 こんな調子で、男女二人組の女性のほうが、日本語の蘊蓄を語ってみせている。重装備の服装を見るに外国から来た観光客だろう。「ちなみにこの店が提供するOrionは日本の南端、Okinawaのビールであるが、Sapporoは北端である」なんて言っていて、本当に詳しいな、とバレないように感心していると、相手の男性が突然叫んだ。

 「はっ、ちょっと待て!? ねえ、Obrigadoって言わない!? えっ、これ、すごくない!?」

 ……ユリイカ! そうだよね、日本語の「ありがとう」とポルトガル語の「オブリガード」が似ているの、初めて知ると大発見だと思うよね。何語かわからないけどその興奮は伝わるよ、と微笑ましい。ところが相手の女性はスルーして黙々と青ネギをつまんでいる。その空耳ネタ、日本語学習者は聞き飽きたよ、ってことだろうか。

 即席日本語講座はそこで強制終了となり、しばらくの間、彼らは静かにラーメンを食べていた。次に男性から切り出された話題には日本語も英語も混じらず、もう何を話しているか全然わからない。ふと考えた。絶対に傍受されない暗号、マイナーな母国語を使って憚ることなく大声で日本語について語っていた彼らが、急に話題を変えたのは、隣の席に座る私が日本人であることに気づいたからかもしれない。

 こちらは一人客で一言も発していないし、あんまりじろじろ眺めたつもりもないのだが、「おい待て、隣で推定ネイティブが聞いてるぞ」と目配せが共有され、「本物」を前に生半可な日本語談義はやめておこう、となったのだろう。邪魔するつもりはなかったのに、隣席の私の存在が、彼らの会話を中断させてしまった。きっとそうだ。

 それはつまり、「こちらばかりが会話の盗み聞きをしているつもりでいたけれど、私だって向こうから、チラチラ盗み見をされていたのだ」という、そんな無言の双方向性である。

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仙人は白き霊薬を求める

 麵類の話ばかりで恐縮だが、イーストヴィレッジにかつて「蕎麦こう」という蕎麦屋があり、ずいぶん通いつめていた。「soba noodle」を出す店ならマンハッタン中にたくさんあっても、ここまで本格的な「蕎麦屋」には、滅多にお目にかかれない。2017年に店主都合で閉店してしまい、閉ざされたシャッターの張り紙には、常連客たちからの嘆きと賛美と別れの言葉がびっしり書き込まれていた。

 日本人とそれ以外の客が、半々くらいだったろうか。印象深いのは中高年の一名客の多さだった。この街ではおひとりさまがちょっといい外食をするのに難儀する。少なめ分量でヘルシーな和食を供する店は「一人でも気軽に入れる」と重宝されていたのだろう。夕方頃から熱燗の徳利を傾けてちびちびやり、シメに蕎麦を手繰って早々に立ち去る、というあの「蕎麦屋で飲む粋な年寄り」の西洋人バージョンをよく見かけた。

 ある日、我々の隣に座っていた老人は、その典型例だ。薄くなった白髪の襟足を伸ばし、着物アロハにスラックス。おそらくは白人だが、若い頃から東洋思想に影響を受けてきた貫禄か、深く刻まれた皺の渋みのせいか、元のエスニシティが不明で仙人のような佇まいである。適量の小鉢をつまみながら日本酒を一合か二合、後から天ぷらせいろを頼み、音を立てて啜る。蕎麦の流儀を完璧に心得た愛好家だ。

 我々夫婦も酒肴をやっつけ、彼を追いかけるようにシメの蕎麦にとりかかる。と、それまで威風堂々としていた西洋仙人の挙動が、急におかしくなった。こちらのテーブル、夫と私が蕎麦を啜る様子を、薄く色のついた眼鏡の奥からガン見しているのだ。ちょっとスタン・リーに似ているな。

 いかにも気難しそうに見えるし、とくに話しかけられたりもしていないので、そのまま知らんぷりで食べ終えた。でもやっぱり我々のテーブルの、私の挙動が、じろじろ観察されている。なんだろう、何か食べ方が変かなぁと、勝手知ったる蕎麦屋の所作に不安を感じ始めたところで、はっと気がついた。

 彼が観察しているのは、私の手元にある朱色に塗られた小さなポットである。酒器を片付けに来た店員からそれを受け取り、ウキウキと円を描くように揺すり、まだつゆの残る蕎麦猪口へ傾けて、どろりと白濁した液体を注いでは「この濃さが素晴らしいよねー!」と喜ぶ、その一連の、私の手元であった。

 「ワシ、その白いスープの出てくる赤いポット、もらったことない」

 蕎麦湯を凝視する顔に、そう書いてあった。先に食べ終えて会計を待つ彼のテーブルには、蕎麦猪口はあれども、湯桶はない。我々夫婦は行くたびに必ず自然と出されて堪能していたが、彼は店側からなにがしかの理由で「蕎麦湯を出さない客」判定されてきたのだろう。たとえば初めて入店した晩に、わけもわからず強く拒んでしまったとか。だから今更「あれは何だ、ワシにもくれ」とは言い出しづらい、とか。

 そう思うと、白い口ヒゲに覆われて読み取りづらい彼の表情が、なんだか寂しそうに見えてきた。あんなに手慣れた常連客なら、蕎麦湯の提供それ自体を初めて見たわけではなかろう。どうして自分も注文しないのか。メニューのどこにも書いていないから、頼み方がわからないのか。あるいは、もしかしてこう思い込んでいるのか? ワシ、知ってる、そのスープ、この店で日本人客にだけいつも食後に出される、特別サービスの、何か……。ワシ、日本人じゃないから、一度も飲ませてもらったことがない……。

罪深きもの、汝の名は地獄耳

 思わず「飲んでみます?」と話しかけたくなるのを、ぐっと堪える。夫も無言で「やめておけ」と示してきた。同じグラスでの酒の回し飲みどころか、下手すると大皿料理さえシェアしない文化圏だ。しかも「これはヌードルを茹でた残りの湯です。見た目はペーパーセメントみたいですが、味は口中で咀嚼してドロドロになった蕎麦と同じ感じです」なんてビミョーな内容、英語でおいしそうに説明できる自信がない。勧めるのに失敗してドン引きされたら、私だって悲しい。

 いや、でも、これは日本人経営の店が同郷の客だけを特別扱いするサインではないんですよ、と弁明したくなる。日本人だって飲まない人はいる、すべての外国人客の舌に合うとは思えないから、たぶん店側も積極的には提供しない方針なんじゃないか。よくよく考えてみると結構奇妙なこの食習慣に、西洋人のあなたが疎外感をおぼえて気落ちすることはないんですよ。と、お節介に慰めたくなる。

 そしてまた、「深淵を覗くとき、深淵もまた等しくこちらを覗いている」というニーチェの言葉を思い出す。無言の双方向性。物珍しい未知のものに向かって、バレないように手を伸ばすとき、あちら側からもまた、おずおずと手が伸びてきている。たとえ一言も具体的な会話を交わしていなくたって、互いにそのことを識り、なぜか大抵、どちらも知らんぷりを決め込む。全部バレているのに。

 かつて天を衝くバベルの塔が神の怒りを買い、我々の言語はバラバラに乱された。今では互いの文化に大きな隔たりが生まれ、ちょっと海を渡って住まいを移しただけで、簡単な意思疎通にさえ苦心する。しかし、隣り合わせの食卓に座って身動き取れなくなった途端、私たちは、何か神聖なものの前で平等に、丸裸にされたような気分となる。食べ物を前にした人間は、みな等しく無防備な姿を晒し、そして互いを見比べて、時に羞恥に頰を染める。

 隣席を覗くとき、隣席もまた等しくこちらを覗いているのだ。いついかなるときも、ただの観察者として高みの見物に徹することなどできない。あちこち無邪気に首を突っ込んできた私の、私自身の、飲食店での振る舞いも、もしかすると世界のどこかで、ひょっとしたら別の言語で、「こんな変わった奴がいて、こちらの様子を窺っていた」と、随筆に書かれているのかもしれない。

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著者プロフィール

岡田育(おかだ いく)

文筆家。1980年東京都生まれ。出版社で婦人雑誌と文芸書籍の編集に携わり、退社後の2012年よりエッセイの執筆を始める。著書に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA)。2015年夏より米国在住。パーソンズ美術大学グラフィックデザイン学科修了。現在はニューヨークを拠点に、執筆・編集・デザインの各分野でフリーランスとして活動中。

作品概要

美味しいごはんを食べながら、隣席の会話を盗み聞きする――。そんなコンセプトで続いた雑誌連載「天国飯と地獄耳」が、「キノノキ」で連載再開。
食い意地とノゾキ趣味を両立させては「取材」と称し、会話の断片からあることないこと組み立てて、胃袋を妄想でいっぱいに満たす著者の「盗聴力」に乞うご期待!

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