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耽美なる【女子美】の事件簿

芥川奈於(あくたがわ・なお)

耽美なる【女子美】の事件簿 ブック・カバー
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第4回 「愛、それは。」

2017.08.14 更新

「オスカル!」
「アンドレーッ!!」

 付属中高の演劇部が発表会で行う演目は、宝塚っぽいものが多かった。
 彼女たちがうっとりと演じる独特の世界。
 でも、多くの生徒たちは「我こそが女子美の主役!」と思っているので、自分以外が主役で、しかもその熱いノリについていくのは、大変なものがあった。

 女子美の授業の中心はもちろん美術だが、一般教科だって手を抜かずに行われる。
 そんな授業を受け持つ先生たちの多くは、生徒に負けないくらい強烈な個性を持っていた。
 私は一人の先生を思い出す。それは、ひときわ美しくてかわいい国語のN先生だ。

 当時、四十代前半くらいだったその女教師は、声が高くて瞳は大きく、いつも真っ赤か真っピンクの口紅をつけていて、漆黒の髪の毛をクルンクルンに巻いていた。
 女性にしては、やや長身。チョークで洋服が汚れるのを嫌ってなのか、袖口にゴムが入った水色のロング丈の仕事着をはおり、完全防備で授業を行うのがいつものスタイル。
 見た感じ、女子美の中ではマトモな部類に入る先生だ。
 彼女は、上級生たちからも人気があり、
「Nちゃん、Nちゃん」
 と、呼ばれていた。
 奇声が響き渡るジャングルみたいな女子美では珍しい、ほんわかとした癒し的存在でもあった。
 
 かわいいNちゃんに親しみを持ち、尊敬している生徒たちも多かった。
「女子美の先生たちは、人を喰ったり、さらったりする不死身の妖怪・猫又のようにおどろおどろしい!」と、女子美出身の母から聞いていた。
 そんな人たちに教わる授業とはどんなものだろうと、軽く身震いをしたものだ。
 しかし、女子美にはNちゃんのような先生もいるんだなぁ~と安心した。
 その背景には、いつも華やかなバラの花びらがいっぱい広がっているような雰囲気さえ感じさせる、Nちゃん。
 彼女は美しい女性のお手本だった。

 そんなNちゃんが事件を起こした。

 6月の衣替えの頃。
 生徒たちは長袖とブレザーから半袖姿になり、ネクタイも外していいことになっていた。
 でも、まだブレザーで通っている生徒もいたし、長袖にノーネクタイ姿や、中にはジャージを着ている子なんかもいた。
 結局私たちの格好は、だらしなくバラバラ。
 常に美しくなければならないはずの女子美生なのに、この時期ばかりはそのイメージは存在しなかった。

 そんな中で行われた、国語の授業。題材は、Nちゃんが好きそうな作家が書いたものだ。
 憂鬱(ゆううつ)な生活を送る主人公が、本屋に檸檬(れもん)を置いて去る、なんていう、小説。
「この作品は、とっても知性あふれる文学青年が見た情景を、よく表現しているのよ。それに檸檬の、鮮やかでみずみずしい色や新鮮さが伝わってくるような書き方。それを爆弾に見立てるなんて、本当に、まぁ、なんて詩的なのかしら!」
 Nちゃんは、その文章の美しい描写について、ウットリとしゃべっていた。
「みなさんも、この言葉の使い方はとっても素晴らしいと思うでしょう? 文章の端々に、純粋な性格が出ているわね。作者は若い頃に病気で亡くなっています。そのはかなさもまた、魅力のひとつじゃないかしら? もぅ、私はこういった男性が、今の日本にはいなくなっちゃったんじゃないかって、時々悲しくなるの。それで……」
 その言葉が、なぜか急に止まった。なんとなく授業を聞いていた生徒たちは、なにが起こったの? といったように、黙ってしまったNちゃんに釘付けになり、だらけた教室の雰囲気は一変した。
「……みなさん、衣替えがあったからって、そんなふうにだらしなく制服を着てはダメ。どうしてそうなっちゃうのかなぁ……暑いからってネクタイを取るのもいいけれど、それならきちんと半袖を着て。長袖をまくるならネクタイはつけて。それから授業中にジャージを着るのはどうかと思うわ。ここは教室よ。校庭や体育館ではないの」
 
 ……あれ? あんなにウットリと話していた授業はどうなったの?
 文学青年は? 檸檬は?

 教室を見回すと、みんな首をかしげたり、どこか不思議そうな顔をしていた。
「私ね、制服の着こなしは、みんな自由でもいいと思う。でも、美しくなくなってしまうのは、残念」

 Nちゃんの独演は続いた。ザワついていた教室はすっかり静かになった。
 Nちゃんを見つめるもの、下を向くもの、いろいろだが、全員それを聞いていた。各々に思うことはあるのだろう。
 そしてNちゃんは、教室に、檸檬以上のリアルな爆弾を投下してしまった。

「結局なにが言いたいかって……私、女子美には制服なんていらないと思うの!」

 ……え? 今、なんと?

「制服はあなたたちの自由と個性を奪っているわよね! そしてみんながみんな、こんなふうに着たのでは制服の意味もない。ううん、私ね、日頃から思っていることがあるの。全員、着てくるのはTシャツにジーパンでいいって!」

 え、Tシャツにジーパンって尾崎豊~? 吉田栄作~? それに全員がTシャツにジーパンだったら、それはそれで、その格好が「制服」になるのでは~?

 クラス全体は、さらにシン、と静まり返った。
 今までみんなの格好がバラバラで、美しさがなかった教室。そこへきて、生徒たちの心がまとまったような一体感に、Nちゃんは満足したようだ。大きな瞳は潤んでいるようにも見えた。
「真っ白なTシャツと青いジーパン……このコントラストで整えられた光景が、付属のあちこちで見られるのよ。きれいだとは思わない? オシャレで、今っぽくて、それでいて洗練されているというか……私ね、そういうのがいいと思う!」
 演説は授業終了のチャイムがなるまで熱く展開された。
 みんなは黙ったままだった。
 Nちゃんは、自分の熱弁が生徒たちの心に響いたのだと、信じて疑っていない様子。

 でも、違うのだ。
 実はみんな「あんぐり……」と口を開けて聞いていただけだ。
 私たちは、やっと気がついたのだ。Nちゃんが、美しい女性というよりは、こじらせ系・天然少女だということに。

 その授業が終わってからの休み時間は、案の定、クラス全体に「Tシャツが……」「ジーパンが……」という言葉が、ニヤけた顔と共に飛び交っていた。

 それでもNちゃん自身に対して悪口を言う生徒はいないし、Nちゃんが嫌われることもなかった。
 どんなに「あんぐり……」とさせられる、陶酔しきった宝塚的とも思える持論を展開しても、生徒たちを見放しているのではないと、みんな、わかっていたから。
 言葉の最後は「!」がついたようにトーンを上げ、自分の姿をさらけ出し、生徒と向かい合って諭す。そんなふうに教えてくれる教師は、なかなかいない。

 持ち前の真っ赤か真っピンクの口紅と、クルンクルンの巻き髪と、完全防備の仕事着をはおった先生。
 かわいくて、しかたがない人である。その根は思いきり優しく、姿形に現れているように、ひたすら美しい。美しすぎて空回りをしてしまうこともあるけれど。
 Nちゃんは、ただの「こじらせ系少女」ではなく、純粋を絵に描いたような、耽美なる一人の女教師だった。

 個性を重んじる女子美。
 それを代々伝えていくには、まずは教える者から始まっているのである。

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著者プロフィール

芥川奈於(あくたがわ・なお)

動物イラストレーター・コラムニスト。
女子美術大学付属中学校を経て女子美術大学芸術学部デザイン科、卒業。
10年間、通称【女子美】に通う。
雑誌やwebサイトでイラスト、書評の連載を多数持ち、現在は「しらべぇ」書評、「JALEE」映画評他コラム連載中。
芥川龍之介のひまご。

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