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耽美なる【女子美】の事件簿

芥川奈於(あくたがわ・なお)

耽美なる【女子美】の事件簿 ブック・カバー
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第6回 できぬなら 作ってみよう 体育祭

2017.09.27 更新

 走れ!
 運動ができるものこそ、本日の主役だ!
 応援しよう、赤組・白組!
 フレー! フレー!

 アオハルならではの行事といえばコレ。
 秋の初めに開催される一大イベント、体育祭です。

 もちろん、日ごろ美術ばかり学んでいるため、体がなまっていて、私も含めて運動なんて二の次の生徒が多い女子美の付属校でも、体育祭はありました。

 でも、目的が違います。
 わが校の体育祭の目的は、「運動」ではなく「制作」なのです。

 校庭が狭いため、毎年、大きなグラウンドを借りて行われる女子美の体育祭。
 競技の内容は、他の学校とそんなに変わらないのかもしれません。

 けれども、応援する生徒たちから沸き起こる、ごう音に似た異常なまでの歓声や、ギラギラした視線は、現場にいて恐ろしささえ感じたほど。
 とにかく熱気に満ちているのです。

 そんな体育祭で行われる数々の競技の中で、特に盛り上がるのが「仮装レース」。高校3年が行う花形種目です。

 これは、自分のクラスの担任に、合計6つのアイテムを着せて、面白くもなんともない姿だった担任を、あらかじめ決めたテーマ、たとえば「情熱的なフラメンコダンサー」とか「白馬にまたがる王子様」とか「ロングドレスの貴婦人」などに変装させる、というものです。

 ちなみに、テーマや、どんなアイテムを作るかは、体育祭当日まで他の組に内緒にしておきます。
 これだけ聞くと、とても簡単な競技のように感じますが、ポイントはゴールした順位ではなく、アイテムのクオリティの高さなのです。

 そのため、この競技の勝ち負けは全て準備期間にかかっていて、仮装に使うアイテムを作るところから、すでに勝負は始まっているのです。
 
 仮装レースの担当になった生徒たちは、何週間も前からこの競技のためだけに情熱を燃やします。
 テスト勉強はもちろん、ときには美術の課題さえもそっちのけでアイテムを作るのです。
 美意識に欠けた、納得がいかないアイテムが出来上がってしまうという最悪の状態だけは、絶対に避けなければなりません。

「他のクラスには負けたくない!」
「最高のパフォーマンスを見せてやる!」
「あの地味な、あのかわいくない、あの存在感の薄い担任を、より華やかに変装させてみせる!!」

 こうして女子美生の魂、いえ、もはや怨念のこもったアイテムたちが、本番に向けて準備され、全てのアイテムが完成したとき、いよいよ体育祭当日を迎えます。

 その頃には、制作担当の生徒たちは、心身ともに疲れ果ててしまっているのですが……。

 私が高三のときの仮装レース担当も、ゾンビ状態になりながら当日ギリギリまでアイテムを作っていました。

 ところが、そんな苦労を知ってか知らずか、あるクラスが、この競技の大本をひっくり返すほどのルール違反を犯しました。

 そのクラスの担任は、50代の男性教諭、生物担当のI先生。

 背が低く痩せ気味で、いつも酔ったように頬は赤く、授業中にもかかわらず、女子美大付属の卒業生・桃井かおりさんを思い出して、「桃井はかわいかったなぁ……」などとつぶやくような先生でした。

 よーい、ドン!

 仮装レース、スタート。I先生は2人組の生徒に、ジャージ姿からどんどんと着替えさせられていきます。

 クラスの誰かが履いていた……短く折ったボックス・プリーツのスカート。

 どこかで見た……真っ白でもヨレヨレの丸襟ブラウス。

 おなじみの……紺色のかわいいデザインのブレザー。

 他のクラスの担任はというと、テーマに則って着々と「フラメンコダンサー」や「白馬の王子」に変装しています。

 でも、I先生だけは少し様子が違います。
 変装のテーマが、イマイチわかりません。
 見物している生徒や保護者も、徐々にザワつき始めました。

 けれど、周囲の様子は目にも耳にも入らないといった具合で、I先生のクラスは黙々とレースを進めます。

 ロングソバージュのカツラ。
 白いルーズソックス。
 最後に真っ赤なリップを、唇から、はみ出し気味に塗り塗り。

 レース終了!

 気がつけば、I先生は一人の立派な女子校生に変身していました。

 そのクラスのテーマは「女子美生」だったのです。

 ずるいぞ! アイテムを何も作っていないじゃないか!!
 さては、制作の時間がなかったんだな!!

 私は思わず「これは間違ってる!」と、非難しそうになりました。
 時間をかけてクオリティの高いアイテムを作ることこそ、仮装レースの目的。

 他のクラスは、この日のために一つの「作品」ともいえる素晴らしいアイテムを、汗水たらして制作してきたというのに……。

 けれども、I先生の姿といえば、もう笑うしかないほど「女子美生」そのものでした。
 しかも、かわいくない系の女子美生。失礼ながら、クラスメイトの某N・Aさんに、ソックリです。

 フィギュアスケートの採点に例えると、I先生のクラスは、基礎点は0点だけれど、出来栄え点は満点越えの世界新。

 フラメンコ女も、白馬の王子も貴婦人も、これには完敗です。

 生徒と教師、保護者でいっぱいのグラウンドは、レースが終わってからもバカ笑い、ニヤニヤ笑いであふれていました。しかもI先生自身も、赤い顔のままゲラゲラと笑いっぱなしという、なかなかのカオス状態でした。

 そんな仮装レース以上に盛り上がるのが、応援合戦。

 どこの学校でも見られるであろう「フレー! フレー!」は禁止なのかと錯覚するほど独特のスタイルで、応援とダンスを融合させるのです。

 ポイントは、やはりコスチューム。
 応援合戦も仮装レース同様、そのクオリティに勝負がかかっています。

 担当となった生徒たちはやはり、体育祭当日まで毎日、コスチューム作りのために汗水を垂らして過ごします。
 彼女たちの凄いところは、それに加えて応援ダンスの練習にも情熱を注ぐこと。
 制作と応援、どちらも絶対に手を抜いたりしません。

 普段から学業と課題で死ぬほど忙しいというのに、どこにそんな時間とパワーがあるのでしょうか。

 本番当日の御披露目(おひろめ)では、各クラスがめいめいのコスチュームに着替えて、音楽をかけ、応援ダンスを踊ります。

 私の中で特に印象に残っているのは、お笑いの「相撲コント」に出てくるような、ムクムクとしたお相撲さんの着ぐるみをまとった生徒たちが、ぶつかり稽古をしながら踊っている姿。

 女子校の運動会のはずですが、彼女たちからは恥ずかしいという気持ちが一切見られないのです。
 一番目立つはずの行司役の生徒に目をやると、本人が楽しみすぎているせいで、全くリズムに乗れていなかったりします。
 そんなことなんて気にしない気にしない、といった具合です。

 また、別のクラスではワニやトラ、コブラなどのお面をかぶった生徒が音楽に合わせて叫びながら、探検隊の格好をした生徒と戦いを繰り広げたりしていました。

 指揮官役の生徒が、小旗を振りながら一生懸命に指示を出しているのですが、獣であるワニたちは戦いに熱中して暴走し、言うことを聞いていません。

 どれもこれも、ダンスの練習は一体なんの意味があったのだろう?と、やや疑問に思うほどです。

 もちろんそれらの衣装も本当によくできていて、テレビや映画で使用されてもおかしくないほどのデキなのです。

 こういうものを作るために、私たちは美意識を養う美術や、針仕事を学ぶ家庭科の授業を受けているのか……と、なんだか感慨深くなったりもします。

 女子美の体育祭の目的は、やっぱり「運動」ではなく「制作」。

 これが、秋を迎えた女子美の行事なのです。

 こんな学校に、あなたも通ってみたいと思いませんか……?

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著者プロフィール

芥川奈於(あくたがわ・なお)

動物イラストレーター・コラムニスト。
女子美術大学付属中学校を経て女子美術大学芸術学部デザイン科、卒業。
10年間、通称【女子美】に通う。
雑誌やwebサイトでイラスト、書評の連載を多数持ち、現在は「しらべぇ」書評、「JALEE」映画評他コラム連載中。
芥川龍之介のひまご。

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