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耽美なる【女子美】の事件簿

芥川奈於(あくたがわ・なお)

耽美なる【女子美】の事件簿 ブック・カバー
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第5回 米騒動

2017.09.08 更新

「ぐわああぁぁッ〜!」
「うるっさい、なんだよぐわああぁぁ〜ッ!」
動物園の猛獣のように突然吠え、キャーキャーと声を荒げる連中。

「猫にこば〜ん♪ 小判に、ねっこ♪ 猫にこば〜ん♪」
「え〜!なんだその歌、それで気合いが入るのか〜!」
「うわはッうわははッ!!」
体育祭の応援合戦で歌う曲を、延々と大声で叫んでいる。

口と一緒に足も大きく開いた者たちの大声と大合唱が響き渡る、うら若き乙女たちの園・女子美。

どこを切り取っても、おかしな日常。それが当たり前だった。
だからあのとき、自分が何年何組だったのかなんて細かなことは、もう覚えていない。
 
私の隣には、Hさんという、大変おとなしい生徒が座っていた。
彼女の笑顔を見た人はもちろん、声を聞いた人さえも、いなかった。

05-01

その日、私は、次の授業で提出するレポートに表紙をノリ付けしてくるのを忘れてしまった。周りを見ても、みんなしっかり表紙をつけていた。

「チッ! ノリを持ってくればよかった!」
思わずそう口にした。
すべて完璧。美しさの塊でなければならない私たち女子美生。そのはずなのに、やってはならないことをしてしまったのである。

そのときだ。

「……のにね」
 
え? え?

今まで聞こえてきたことのない方向から、聞いたことのない声が、耳の中に響く。驚いて隣を見ると、 Hさんがなにやらモゴモゴと口を動かしていた。

下を向いて机を見つめている彼女の顔には、うっすらと笑いがうかんでいた。
おとなしい彼女に話しかけられたことと、初めて見た笑顔にビックリして、大きめの声で、聞き返してみた。

「いま、なんて言ったの?」

そして、ついにHさんの発言の全てを聞きとった。

「ノリの代わりに米があったらよかったのにね」

……米?

え、米で貼り付けろってこと!?

こちらに向かって粘った米つぶを豪快に投げつけてくるみたいな、強烈な言葉。
いつも黙っているHさんが、日常のなんでもないときに、突然こんなことを言い出すなんて。

女子美生は常に耽美。自分が美しいと思うことを愛してやまない。
Hさんにとって、そのセンスある言葉は、彼女の中で最高に美しきギャグだったのだろう。

日ごろ無口で、笑いもしない Hさんの突然の暴動。謎めいている彼女がこの先、どんな言葉をかけてくれるのだろうかと、ものすごく期待した。

05-02

でも。

「ノリの代わりに米」という、あの衝撃的な言葉以来、彼女が再び口を開き、しゃべることは一度もなかった。

そして、その後も彼女が何者だったのか、思い出すことはできないままだ。

05-03

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著者プロフィール

芥川奈於(あくたがわ・なお)

動物イラストレーター・コラムニスト。
女子美術大学付属中学校を経て女子美術大学芸術学部デザイン科、卒業。
10年間、通称【女子美】に通う。
雑誌やwebサイトでイラスト、書評の連載を多数持ち、現在は「しらべぇ」書評、「JALEE」映画評他コラム連載中。
芥川龍之介のひまご。

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