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耽美なる【女子美】の事件簿

芥川奈於(あくたがわ・なお)

耽美なる【女子美】の事件簿 ブック・カバー
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第3回 「15の夜を越えて」

2017.07.28 更新

 
『BEST・HIT・USA~!』

 小林克也がVJを務める、この音楽番組が天下を取っていた頃。
 つまり、マイケル・ジャクソンやマドンナ、シンディー・ローパーなんかがカッコよさのシンボルだった、中学二年の春。
 アメリカのポップシンガーたちが書く歌詞の意味や英単語の正しい発音は、正直全然わからなかった。でも、休み時間になると、仲間と一緒にホウキをマイク代わりにし、彼らの歌をなんとなくマネして口ずさんでいた。

 しかし。
 洋楽大好きグループであった、私を含む仲良し五人組に突如異変が起きた。
 
 授業が終わり、洋楽仲間たちのいる隣のクラスに足を運ぶ。いつものようにポップシンガーたちの歌を口ずさみ、輸入雑誌を見ながらキャーキャーと彼らの魅力を語り合う時間を楽しみにして。
 そのクラスのドアをカラカラ開けると、聞き慣れた声が響いてきた。
「退屈な授業が私たちのすべてなら、なんてちっぽけで、なんて意味のない、なんて無力だとは思わない? 15の夜にさ!」
 私は最初、洋楽仲間の一人である彼女がなにを言っているのか全然、理解できなかった。
「なんだなんだ、何が起こった?」
 近くにいた友人に聞いてみた。
「尾崎豊になったよ、豊子(とよこ)が」

 尾崎に? なった? 豊子?

 尾崎豊という人を知らなかった私は、なんのこっちゃ分からなかったので、今度は「豊子」と呼ばれ始めた彼女自身に聞いてみた。すると、
「この頃自分の存在がなんなのかさえ分からず震えているんだ」
 と、返ってきた。

 存在が? わからず? 震える?

 なんのこっちゃ、だ。

「尾崎病」にかかった彼女の中で、それはあっという間に進行していった。
 ひと月もすると、彼女は学年全体から尾崎豊子というアダ名で呼ばれ始めた。
「豊子?」 
 と、誰がそう呼んでも、
「なんだい?」
 なんて、本人も当たり前のように受け応えをしていた。

 ある日。楽しい休み時間を過ごすために、私は隣のクラスに足を運んだ。
 すると、青ざめた顔をした洋楽仲間三人と、対照的に誇らしげな表情をしている豊子の姿がそこにあった。
 仲間たちは豊子に誘われるがままに、戸惑いながらも授業をサボり、学校のそばの公園にいたところ、彼女たちを捜し回っていた生活指導の教諭に発見されたのだという。
 単車が廊下を走ったり、タバコを隠れて吸う生徒なんかがいる荒れた中学校なら、よくあることなのかもしれない。
 でも、ここは仮にもお嬢様学校である私立の女子校、女子美だ。
 中学の生徒が授業をサボるなんて、今までになかった出来事なのだろう。案の定その騒動は、高等部を含む付属学校中で大騒ぎになった。
 仲間たちは一人ずつ指導室に呼び出され、泣くほど叱られた上に何枚にもわたる反省文を書かされた。
 けれども、厳しい罰を受けたあとなのに、豊子だけはめげることも泣くこともなかった。
 事件が広まり、ザワついていた同級生たちがいる教室に戻ってきた豊子は、
「誰にも縛られたくないと、逃げ込んだあの公園。自由になれた気がした!」
 と、全員に向かって明るい声で叫び、目を輝かせながらウットリとしていたそうだ。

 その後、豊子が貸してくれた尾崎豊のアルバムの歌詞カードを見て、私は彼女がどうしてそんなふうになってしまったのかを理解した。

 「尾崎豊子」を生み出した原因は、これだったのか!
 大人から理不尽な扱いを受ける若者の世界を歌う尾崎豊。彼女は、その思想に取り憑かれてしまったのだ。

 あの日豊子が叫んでいた「誰にも縛られたくないと、逃げ込んだあの公園。自由になれた気がした!」というのは、尾崎豊の代表作『15の夜』の一節から取ったものだった。
 本来なら「あの公園」の部分は「この夜」。
「この夜」なら、孤独で、大人に逆らったような内容になる。
 でも、子供たちが戯れていそうな可愛らしい「あの公園」という場所に逃げ込み満足していた豊子に対し、ん? ん? それでいいのか? と、私の頭の中の「?」は続いた。
 君が愛する尾崎豊は、もっと違うことを言いたいんじゃないのか?

 それからというもの、豊子が発する日常会話は、ほとんど尾崎豊の歌詞で作られていった。
 誰かが宿題の答えを間違えて発表したとき。
「上手くやれない日常から逃げ出したくて、はみ出していく感覚ってわかる?」
 先生に対して反抗的な態度をとった生徒がいたとき。
「隅から隅、這いつくばって生きなきゃならないと思うんだよね」
 朝の通学ラッシュ時の不平不満を言ったとき。
「今日さ、電車の中、押し合う人の背中にいくつものドラマを感じたよ」
 恋バナに花を咲かせている生徒たちの声を耳にしたとき。
「恋愛をしても、夢見て傷つけるだけの二人だよ」
 なんていうふうに、恐ろしいほど絡めてくるのだ。
 その才能をどこか違うところに使えばいいのに。
 
 尾崎豊の歌が若者を虜(とりこ)にして、その過激さを増すと同時に、豊子の言葉も日に日に激しくなっていった。
 ついには中二の冬に発売された『卒業』の中に登場する歌詞の通りに、
「この支配からの卒業のために校舎の窓ガラス壊してまわろうよ!」
などと言い出した。
 サボりであんなに叱られたのに、新たな事件を起こしたらもっと大変だ。
あの日、青い顔をしていた仲間三人は、危険人物となった彼女からすでに距離をおいていた。
 同級生たちも、彼女の「尾崎病」に、すっかり呆れ果てていた。
 もう勝手に覚えたてのタバコをふかして盗んだバイクで走り出してくれよ、と思っていたに違いない。

 けれども、人の気持ちなんて移るのは早いもの。
『卒業』がヒットした後、尾崎豊の歌が世間で大きく取り上げられることがなくなってきたら、豊子はあっさりと「尾崎の支配からの卒業」をした。
 彼女の、反省もためらいもない暴走はなんだったんだろう?と、豊子の「尾崎病」に振り回されていた全員が、口を開けてポカーンとするほど。
 でも今思えば、思春期真っ只中の彼女は、泥臭くも美しい青春を描く尾崎豊が大好きで、かけがえのない存在だと純粋に信じていた、耽美な女子美生そのものだったのだろう。
 女子美生は、なにがあっても結局は自分が思っている「美しいもの」を激しく求めてしまう。それが一時的であろうが、惚れ込んだものを大切にし、我を忘れ、天に昇るような気持ちになる。
 洋楽を捨て、誰の言うことも受け入れず、大好きな尾崎豊の世界に浸っていた豊子。
 その生き方は個性を重んじる女子美生の象徴だったのだ。
 豊子の人生は、この先どうなっていくのかと気になっていたが、その後、進路の違いから私たちは疎遠になっていった。

 大学を卒業した頃の私は、豊子がただの変わった奴だったとは思わずに、女子美生ってそんなものだよな~と振り返ることができるようになった。
 しかし。
 そう考えるようなったのとほぼ同時に、付属中学を共に過ごした友達からこんな話を聞いてしまった。
「この前ね~豊子にバッタリ会ってね~『私、今度沖縄にお嫁に行くの!』だって」

 ポカーン! ポカーン!!

 中学二年のとき、
 盗んだバイクで走り出しそうだった豊子が。
 夜の校舎の窓ガラスを壊して回りたかった豊子が。
 それはこの支配からの卒業だと言っていた豊子が。

 のんびりとした曇りのない明るい土地である、バンザイ三線・センキュー泡盛・ハイサーイ沖縄に!
 しかも家庭を守る嫁に!!
 いくら「尾崎の支配からの卒業」を果たしたからといっても、彼に心酔していた豊子の過去を知るものとしては、同じ人間が歩む道とは思えないギャップに驚かされた。

 女子美生って、本当に謎。

 いやいや、もしかしたら彼女は盗んだ牛車で走り出しながら、行く先もわからぬまま、懐かしい尾崎豊の歌を口ずさんでいるかもしれない。

 どんどんと新しい人生を切り開いていく豊子は立派な女子美生だ。
 黒歴史なんて、なんくるないさ!

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著者プロフィール

芥川奈於(あくたがわ・なお)

動物イラストレーター・コラムニスト。
女子美術大学付属中学校を経て女子美術大学芸術学部デザイン科、卒業。
10年間、通称【女子美】に通う。
雑誌やwebサイトでイラスト、書評の連載を多数持ち、現在は「しらべぇ」書評、「JALEE」映画評他コラム連載中。
芥川龍之介のひまご。

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