キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

今日、終わりの部屋から

王谷 晶(おうたに あきら)

今日、終わりの部屋から ブック・カバー
バックナンバー  1...7891011 

「今日、終わりの部屋から」最終回

2019.04.26 更新

ゆーじんチャンネルをご覧の皆様どうもこんにちは、心霊YouTuberのゆーじんでーす! はいっ! というわけで今日はとうとうカウントダウン最終日! えー、数々の心霊現象でリスナーのみなさんを、そして俺ゆーじんをビビらせてきたこの! ゆーじんハウス、とうとう今日……取り壊しの日なんですね~。今日は特別に、この取り壊しのやつ、解体? 解体作業を撮影させてもらうことになりました! あのー、ゆーじんの記念すべき初バズりのね、あの「光る木」! あの木もですね、残念ながら、切り倒されてしまう~~! ということで、結局なんであの木が光ったのか原因は突き止められなかったんですけれど、ちょっと今から、その、伐られる瞬間をですね、撮らせてもらうことになりましたっ。なんかけっこう人がいますけど、工事の人ですかね。あ、はい、どうもー。工事の人ですか?
『えっ、や、違います違います。前ここ住んでて……』
まじっすか! いや俺もここ住んでて今日取り壊しだって聞いたんでちょっと見に来たんですよ~。前ってけっこう前ですか?
『いや、立ち退きの時まで……』
えっじゃあいっしょいっしょ! 自分三階住んでました。
『え、俺も……』
えー! うっそマジっすか俺302です。302号室の木村。
『301の村田……』
うっそマジで! お隣さんだ~! や、でも喋るの初めてっすね。
『うん……』
いやなんか照れるし! 何年くらい住んでましたここ?
『四年?』
えっじゃあもう俺来たときには居たんだ、うっそ三年も隣に住んでて……ちゃんと顔見るのも初めてってなんか、ははは。
『や、つうかけっこううるさかったよね、夜とか』
あー、すみませんマジそれは……。
『もういいけど。いまぜんぜん防音いいとこ引っ越したし』
あのお、失礼かもしんないんすけど、なんでここ住んでたんすか?
『え……うーん。安かったし、金無さすぎて審査通らなくて他んとこ。ここはなんか取り壊すの決まってたから? ああいいよいいよみたいな』
えーでも、なんか村田さんお金持ってそうっすけど! 服とか、ねえ。このTシャツ俺も欲しかったんすけど限定でアレけっこうするやつでしょ~。
『や、ここ引っ越してきたときはまじすげー貧乏で、つうかほぼほぼホームレス状態で』
え! マジっすか!
『なんか……ここに住んでたおかげなのかなみたいな。いまだいぶマシだから生活』
えーっ。
『なんか最近妙にツイてるっつうか。仕事とか金とか? なんか、ここのせいな気がして。ツイてんの。笑うっしょ』
いやいやいや、笑わないっす。つーか俺もわりと。あ、これ自分YouTuberやってるんですけど、このアパートのおかげでバズった感あるんでー。
『へー』
あの、他にここ住んでた人で知り合いとかー、いました?
『いやーぜんぜん。下の階のやつもくそうるさかったけど顔見てないなそういえば』
俺も管理人さんくらいしか話したことなかったすね。顔知ってるくらいは何人か。
『あれ、木、切るんだ』
ですねー。寂しいっす。
『や、ていうか、ここ今日別に来るつもりじゃなかったんだけど……急に思い出して。あの、木のこと。なんかわかんねーけど』
まじっすか。
『笑うっしょ』
いえ……いえ、っていうかびっくりしてます。あの、自分も今日っていうか昨日、あの木のこと、夢に見て。
『まじで』
え。村田さんも? マジで?
あっ。あ、待ってください、あの人知ってる。
あの! ちょっとすいません、前ここ住んでた人ですよね?
『そうですけど……』
あ、自分ここに住んでたYouTuberの木村って言うんですけどー。
『え、撮ってるんですかこれ今。ネットに流してるの? ちょっと、やめてもらえませんかそういうの……』
あ、や、ライブじゃないんで、ちょっとその、今日の記念に。あの、ダメなら流しませんから。ていうか、あれですよね、隣のOLさん……ですよね? 俺302号室だったんすけど。
『ああ、あの……うるさかった』
マジすんません……えっと、今日どうしてここ来たか聞いていいっすか。
『別に、理由は無いですけど』
や、なんか、俺と村田さん、あっ、こっちのお兄さん。村田さん。303号室住んでたんですけど、やっぱなんとなくっていうか、ね? 思い出して来たってゆってたんで。
『はあ……』
ていうか、ぶっちゃけ? あのー、夢とか見ました? 木の。
『え……』
あ、見た?! やっぱり! あのー、俺も、村田さんもそうなんすよ! これ、凄くない? 凄くないすか?! ちょっとちょっとこれはまた新たな心霊現象かもしれないですよ~!
『心霊現象? えっ?』
あ、いや、あの俺心霊YouTuberをやってて。
『あの、よくわからないんで、私関係ないんでほんと……』
待って待って、すんません! あの一個だけ! えーと、このアパートに引っ越してから、なんかいいこととか、ツイてるなー! みたいなのってありました?
『はあ……?』
俺もー、あと村田さんも、このアパート越してきてけっこうラッキーなことあってー。
『……あるといえば、ありますけど』
やっっぱり! えっここもしかして幸運のアパート?! 取り壊さないほうがいいんじゃないのかなー! ラッキーって何あったんですか? 何でした?
『大したことじゃないんで……』
えー教えてくださいよ~! サラッとでいいんで、サラッと!
『……二度と顔も見たくない相手が、海外に引っ越したんで』
お? おお……それは……ラッキー? でしたね?
『だから、大したことないんですよ』
いやいやいや、でもラッキーはラッキーですよね! なんかもったいないなー。幸運のアパート、これもっと住んでたら俺ももっと出世してたかもしんないな~。あっ! 今ですねー、はしごを工事の人が上って、木を、枝を? 切ってますね。わー、なんか、ちょっとね。窓からいつも見えてたから……なんか、寂しいですね。寂しいー。寂しくないすか? 最後にもう一回くらいなんか怪現象起こらないかなー! あー、すごい、どんどん枝を切ってます。あの、根元から切ってバーンって倒したりしないんですね。
『いや、そんなのしたら周りの家に倒れてやばいから……』
わっ、あれっ、すいませんいるの気付かなかった……えーと、工事の人ですか?
『いや、違いますよ。スーツ着てるのに、工事の人って』
あのー、もしかしてここ住んでた感じですか。
『いや、まあ、そうですけど。それが何か?』
俺らも元住人なんですけどー、別に待ち合わせとかしてないのに集まっちゃっててー、ちょっと面白くないですか?
『いや、別に……』
あ、そうっすか……。えー、えっと、俺302号室だったんですよね! お兄さんはどこ住みだったんですか?
『いや、それ個人情報でしょ』
えーでも、もう取り壊しちゃうしいいじゃないですか。
『……201』
『えっまじ。天井突いてきた人じゃん。うける』
『えっ』
『俺、301っす』
『いや、あー、その』
『別にいーけど。つか夜中とかたまに怒鳴ってたっすよね』
『いや、それは、いや』
あ! あのー、201号室さんはー、なんかいいことありました? ここ住んでて。
『いや、え? ちょっと意味が分からないんだけど』
あの、俺もなんすけどみんなここ住んでてラッキーなことがあってー、それでこれって他の人にもあるのかなー? って思いまして。
『いや、別に……仕事は順調だけど』
お勤めどこなんすか?
『飲食業。ワールド・アイランドグループのマネージャー』
ワールド……ワールド……あ! あれだ、『世界の島ちゃん』の会社だ。居酒屋の。駅前にも一軒ありますよね。あそこっすか。
『いや、そうだけど……』
島ちゃん手羽先うまいっすよね。で、マジでなんかないすか、よかったこと。夢が叶ったーとか。俺はあのYouTuberでチャンネル登録者数一万人超えるの夢だったんすけどサクッと叶っちゃって、サクッと。
『別に……。正社員登用されたことくらいかな。めったに無いことなんだけど』
え、それは凄いじゃないっすか。ラッキーじゃないすか?
『いや、夢とかではないし……』
他になんか目標とかあったんすか。
『いや、もうそういうのはやめて仕事に集中することにしたから。……作家志望だったんだけど』
えーすげー! 小説書くやつっすか! どんなの書いてたんですか?
『いや、普通のミステリだけど。普通っていうか、あえて今九十年代調のサイコサスペンスを復権させるためのスケールの大きいダークで猟奇的な犯罪小説を』
はー、よくわかんないっすけど凄そうすね。
『……新人賞には落選したし、もう、書かないけど』
えーでも仕事しながらでも書けるんじゃないすか?
『そういう甘い世界じゃないんだよ。今は仕事に集中したい。努力すればするだけ認められるし。地に足つけて頑張るのが人間一番だからね』
はー、偉いー。俺就活とかぜんっぜん考えてないですもん。あー、どんどん枝が無くなってく。木っていうか棒みたいになっちゃってますね……。あの、201号室さんはー。
『いや、長谷川。変なふうに呼ばないでくれる』
さーせん、長谷川さんはー、今日ここ来る前に夢とか見ちゃったりしませんでした?
『いや……』
この木の、夢とか。
『いや、さっきからなんなの君。何かの勧誘?』
いえいえいえそういうんじゃなくて、俺はどこにでもいるフツーのYouTuberなんですけど。
『学生? そんな遊んでばっかいないでちゃんと働いたらどうなの。遊びで食ってくことなんてできないんだから』
いやでもー。今けっこう暮らせちゃってます、YouTuberで。
『…………』
好きなことして、生きていく! っていう感じでー、やっちゃってるんですけど。
『あら。あらあら。伐っちゃってる。やっぱり……』
あっ、こん……にちはー。えーと。
『はい、こんにちは。まー、ほんとに伐ってしまうのね。ねえ、あんなに立派な木なのに。胸騒ぎがしたの今朝。そしたら案の定よ。出発前で良かったわ。なんだか気になったのよね、この木のこと』
えーとすんません、あの、ここ、住んでた感じですか?
『住んでいましたよ。もう十年以上』
違ってたらマジごめんなさいなんですけど、あの、一階……の真ん中の?
『そうですよ。三笠富子と申します。あなたは?』
あっ、俺、302号室の木村裕二です。
『あらそう。若いのねえ。学生さん?』
一応そうです。
『あのね、若いうちにね、やりたいこと好きなことなんでもやっておかなきゃだめ。我慢なんかしたら、ぜーったいにだめ。お金も自分のためにぜーんぶ使っちゃいなさい』
は、はあ……なんか、ロックっすね! おばあさん、ファッションもめちゃロックな感じじゃないすか?
『あらそう。今日から旅に出るから、とっておきのドレスなのよ』
はあー、どこ行くんですか?
『決めてないの。今まで行きたかった場所、ぜーんぶ行くの。お金が尽きたらそこで死ぬわ』
ろ、ロック~! いやでも、あの、失礼かもしんないんすけど、前にここで見かけたときなんかもっと地味っていうかフツーっていうか。
『ああ、あの私は死にました。私、生まれ変わったの。気がついたの。誰にもなんにも遠慮する必要なんてないの。自分の財産、自分だけで使って、好き勝手に好きなものだけに囲まれて死ぬの。それをずっと我慢してたから。八十年。長いわよお。お迎えくるまで頑張って取り戻さないと』
何をすか?
『人生よ』
はあ……。なーんかかっけーっすね。あ! あの、じゃここ住んでてラッキーなことってありました?
『そりゃ、生まれ変わったことよ』
それ、きっかけとかあったんすか。
『それがねえ、よく思い出せないの。夜にすごく頭痛がして……外が騒がしい日だったかしらね。庭で、誰かが懐中電灯をビガビガさせてて……』
わ! それアレだ! 懐中電灯じゃないっすよおばあさん!
木が光ってたんす! この! 木! やっぱりこの木、ミラクルな、魔法の? 幸運の? 木なんじゃないの? うわーもうだいぶ切っちゃってるけど、うわー! 
あっ、見てください! なんか道路に、おばあさんと同じような……でっかいスーツケース引っ張ってる人が。
『あー、こんにちは……』
こんにちはー! ここ住んでた人ですか?
『そうです。前にね』
今日はどうしてここ来たんですか。
『なんでだろ……最後に、見たかった』
アパートを?
『そうかな。思い出あるし』
今日ここ来るって、誰かと待ち合わせとかしてました?
『してないよー。あー、ここには、もう一人と一緒に住んでたけど、その人、もう、いないし』
そうなんですかー。いやー不思議ですね! あの、俺らもここ住んでた組なんすけど、偶然今日集まっちゃったんですよ。なんか、夢見たり、そんな感じで。
『ふふふ』
おかしいっすよねー! 不思議じゃないすか?
『不思議だけど、不思議ないね』
ええー?
『ここ、何か住んでたんだと思う。何か、神さま? Spirits? 分からないけど』
スピリチュアルに理解がある! 心霊現象とかありました? お部屋で。
『シンレイ? あー、よくわからないけど……幻を見たよ。幸せ、いい幻だったけど』
幻! えっえっすっごい興味深い! それは幽霊見たとかじゃなくて?
『幽霊ではないね。でも、幻はだめ。本当の幸せはくれないから』
なんか深いっす。深い言葉来ました。
『気付かなかったらよかったかも。でも、気付いてしまったからね。本物じゃない。幻。本物は、自分で探すしかないね』
深い~深いですねえ。
『東京も幻に思えてきた。家、帰るから、その前にもう一度、このアパート見たかったの』
あ、帰国する感じなんすか。それはそれはー。
あっ、また誰か来た。あー、ちょっと見たことある。二階の親子連れの……あ、すいませーんこんにちは!
『えっ? あ、こんにちは……』
前ここ住んでた人ですよね?
『は、はい。息子と一緒に……』
俺もー、あとこっちのみなさんもそうなんですけど。今日どうしてここ、来ようと思ったんすか?
『えっと、あの。子供が来たいって言ったので……』
なるほどー。あの、いきなりなんすけど、ここ住んでていいこととかラッキーなことってありました?
『はあ……特に、何も……』
え。ちょっとよーく思い出してみてください! よーく!
『そんなこと言われても、私も……息子も特に何も変わりはありませんでしたけど』
マジっすかー。さっきからみんなにも聞いてるんですけどー、俺はYouTuberとしてバズる夢が叶ってー、あっちの村田さんはお金持ちになってー、その、向こうのOLのお姉さんは嫌いな人がどっか行ってー、長谷川さんは正社員になったんすよね。これってみんな、ここ住んでた人が同じくらいのタイミングで夢叶ってて、やばくない? ってゆー話をしててですねー。
『はあ……。いえ、逆に、私ちょっとこのアパート怖くて……』
怖い!? あれですか、心霊現象とか見ちゃったかんじですか? 
『えっ、そういうのじゃないですけど……いや、そうなのかな……』
詳しく! 詳しくお願いしますっ!
『私じゃなくて、息子は……何か見えてるのかな、と思うこともあって』
あ、息子さん? こんにちはー! あれ……隠れちゃった。
『人見知りなんです、すみません』
いやいや、いいんですけど、あのー、息子さん何を見たとか言ってました?
『知らない人に言っていいのかどうか……』
えーとでも、みんな元は一緒のアパート住まいだし……あの、俺の部屋もいろいろ出たんすよねぶっちゃけ。動画とかもー、残ってるんでよかったらチャンネル登録して見てほしいんですけどー、男の子の霊とかばっちり映ってて……。
『男の子、ですか』
あ、はい。わりと若いっていうか子供の。
『……うちの子もそれ、見たのかも……』
まじっすか! じゃここはやっぱり幽霊アパート……?
『や、やめてくださいよ。幽霊とかそんな変なもの……いやでも、幽霊のほうがいいのかな。それなら大地がおかしいんじゃないもんね……』
あの、だいじょぶっすか。
『その、子供の霊ってどんな感じでした?』
えーっとですね、たぶん、十歳はいってない感じかなあ?
『私……とにかく早く大地にお友達ができればって思ってたんです。さびしい思いさせたくなくて。でもここに住んでた最後のほうは、お友達もういる、見える、そこにいるって……』
怖! 
『それで怖くなって、別の部屋に引っ越したらぴたっと止まって。もうこのアパートのことなんか忘れちゃったみたいで。でも今日は急にまた、あそこに行きたいっていうから、私なんだか怖くて……』
やーばいですねなんか急に心霊YouTuberっぽくなってきましたよ! 果たしてこのトネリコ荘は幸運のアパートだったのか幽霊アパートだったのか! 気になる真相……。
あっ!
あれ、あっ、ちょっと、あの、すいませーん! あの! あ、どうも! あの、ここ住んでた人ですか?
『いいえ……』
え、あ、そうなんですか……あのでもすいません、その、持ってる写真、それ! それ、誰ですか?
『息子です。亡くなった』
えっ。
『失礼ですけど、何か……』
あ、あのー、あの、ヘンに思わないでくださいね。俺、その、息子さんの顔に見覚えがあって。
『はあ……?』
ええと、なんて言えばいいのかなー。あの、すいません、亡くなったのっていつぐらいか聞いてもいいですか……。
『二十三年……二十三年前です。十七歳で死んだの』
ああー、けっこう前……。
『息子に見覚えがあるって、どういうことですか。何か、ふざけてるのなら警察呼びますけど』
いやいやいやいや! そういうんじゃなくて、あの、えっと、あー、そうだスマホ。これ、あの、見てもらっていいですか?

『……入れます! 入れちゃいます100円玉! ほんとにやっちゃうよ? いいの? え? あれ、なんかコメントが……後ろ? 変なのいる? えっ、なになになになに、えっ、何もいないよ? 映ってる? いやいや、やめてそういうの! 子供? 男の子? いや、いないって! ほらいないでしょ? ちょっともうほんと怖いから! 待って待って、え、あっ』

あのー……ここ、ですね、最後のほう、これ、俺の後ろにぼやっと映ってるこの男の子……ちょっと似てません? 息子さん……。
『春樹……春樹!』
あっ、お名前、春樹くんっていう……。
『春樹だ! ちょっと! どうしてこんなもの撮ってるの!』
いやいやいやあの、撮ろうとしたわけじゃなくて、俺YouTuberっていってこういう動画の配信をしてるんすけど、そのとき偶然映っちゃった感じで……。
『ビデオ? ビデオなのねこれ……あの人もビデオ好きだったから、それで……?』
あの……息子さん、ここ住んでたりしたんですか、昔。
『…………』
あ、もう一度見るときはこう、これをぐいっと、でこの三角を。はい。
『……私はこのアパートのオーナーです。春樹は、自宅の建て増し工事がうるさくて勉強できないと言うから、学生のとき一時的にここで一人暮らしさせていて……』
それで……映っちゃったんですかね? 俺の配信に。
『あの木』
はい? あ、今伐っちゃってるやつですか。
『あの木、この子が生まれた記念に植樹したんです。だから、あの子が亡くなってからは見るのが辛くて……普段は海外で暮らしてます。今日は最後だから、最後くらい見てやらなきゃなって……』
そっすか……。
あの、俺、さっきのビデオとかで、バズって、なんていうかネットでちょっっとだけ有名になっちゃった感じなんですけど、なんか、まずかったすかね……。
『そういうのは、私はよく分からないから。……親の前にはお盆にだって姿見せてくれなかったのに』
……どんな人だったんすか。
『いい子だった。もうそれしか思い出せない。あの子と過ごした時間より、もう離れてる時間の方が長いんです。信じられないけど。……いい子だった。夢があるって言ってたけど、教えてくれないまま逝ってしまった。なんだったのかしら。あなたのその、ビデオに関係してるかしら』
いやあ、それはよくわかんないですけど……俺この時点ではマイナーだし、ただのお笑い系YouTuberだし、夢とかそういう意識高い話したことないしなー。
あれっ。
あ、なんか、工事の人が。なんか呼んでますよ。
箱?
箱だなあれ。何の箱? どうしたの?
『あの……木の根元に、これが埋まっていたって。蓋に書いてあるの、春樹の字だわこれ……』
わっ、これ、小学生のときやった。あれだ! タイムカプセル! えっ、大家さんも知らなかったやつですかこれ。
『知らない……こんなもの話も聞いたこと無い……』
あ、開けてみましょうよ。開けないとですよ!
『……怖い』
えっ。
『いまさら何を知ったって、あの子、もういないのに』
あー……あああ、あの、あっ、ティッシュ、ティッシュ持ってます俺。あの……。ごめんなさいなんか、ごめんなさい。
『……あなた開けてくださる?』
えっ。えっ?!
『私にはとてもじゃないけど開けられない。あなたのビデオに春樹が映ったのなら、何かさせたかったのかも……こういうこととか』
ええー……なんか、責任重大じゃないですか……。
……。うー……。で、でも、開けてみますか。開けます!
あー、カンが錆びててけっこう……。……ぐっ! あ。開きました。開いた。えーと、手紙……が入ってますね。
『読んで』
いいんですか? 大家さんが先読んだほうが……。
『いいから。読んで。私はあの子の字、見れない。見たくない』
えーと、じゃあ……。
「未来の佐野春樹へ。
十七歳の今、これを書いています。進路を決めて、それをこれから両親に伝えるところです。未来の佐野春樹、君はどんな国に行きましたか。いくつの土地を旅しましたか。本当に望むものは見つかりましたか。十七歳の自分は、何を本当に望んでいるのか、人生の目標ってなんなのか、分かりません。進路を決めなきゃいけないギリギリまで考えたけど、見つからなかった。だからこれから、それを探すために、留学して、日本だけでなく世界中を旅したり、そういうことをして望みを見つけだしたい。準備はできた。見つかりましたか。人は一生にひとつ、本当に心から願っていることを叶えられると昔誰かから聞きました。僕の願いは、それを探すこと。ということは、探したその願いは叶えられないのかな。わからないけど、とにかく頑張ってみます。本当に欲しいもの、望んでいるもの、そういうものを探し当てるのは、ワクワクするけど、どこか怖い気もします。もしそれが見つかったとき、僕はちゃんと、それが僕の目標だって理解できるだろうか。未来の佐野春樹。もし、自分が望むものが見つからなかったそのときは、他人の望みを叶えられるような人間になっていてください。誰かのたったひとつの願い事を叶える手助けができるような大人に、なっていますか。佐野春樹。」
……。
あの……。
あの、ティッシュ、もっとどうぞ。
俺、ていうか、ここに住んでるみんな、息子さんに願いを叶えてもらった……みたいです。なんか、あんまりうまくいかなかった人もいるみたいだけど……。たぶん、住んでる人全員。
『あなたは……?』
俺すか。俺は、たぶん、一番叶っちゃったんじゃないかな……。でも、なんか、この先続けてく自信ちょっとないっす。
『続けて』
えっ。
『続けなさい。春樹が叶えたんだから。その、なんとかっていうので、日本一になるくらい続けて。頑張って』
日本一?! いやーそれは難しいかもしんないっすけど……ははは……。
あっ。
そういえば……管理人のおじさんいましたよね。今日いないのかな。
『あれ、私の弟なの』
あ、そうなんですか。
『今日は青森に行ってる。お墓参りだって。友達の。随分前に亡くなってたのを、つい最近知ったって』
へえー。おじさんはなんか、願い叶ったのかな。聞きたかったな……。
あっ。
もう木、全部倒しちゃうみたいですよ。
あの、大家さん。し、しましょうか。
『何を……?』
願い事! 願い事しましょう。息子さんも、きっと大家さんが願い事してくれたら、嬉しいと思うっすよ。
『願い事……』
そう、なんか、一番の願い事。自分でも分かってないくらいの、一番の願い事っすよ。たぶん、叶うんで。きっと、叶うんで……。
                                    
(完)

「今日、終わりの部屋から」書籍化決定!
11月をいまのところ予定しています。
お楽しみに!
(amazonはこちらから⇒https://www.amazon.co.jp/dp/4909689494/

バックナンバー  1...7891011 

作品について

著者プロフィール

王谷 晶(おうたに あきら)

東京都生まれ。小説家。2018年1月刊行『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)では、女同士のさまざまな関係を描き話題に。その他、『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』(いずれも集英社オレンジ文庫)などの著書がある。

作品概要

東京下町、住宅街の一角に建つ全9室の古いアパートトネリコ荘は、その名の通り狭い庭に邪魔なほど大きな一本のトネリコの樹が植わっている。
周辺地域には再開発計画が持ち上がっており、数ヶ月後にはトネリコ荘もトネリコの木も全て打ち壊され更地になる予定。
そんなある夜。庭のトネリコが突然青白く光った。次の日から住人たちの身の回りで奇妙なことが起き始める。
怪奇現象の正体は? そして、住人たちの明日は?
いま注目の作家・王谷晶が贈るエンターテイメント小説。

おすすめ作品

魔女たちは眠りを守る

第六話 サンライズ・サンセット(後編)

村山早紀(むらやま・さき)

魔女たちは眠りを守る

第五話 サンライズ・サンセット(前編)

村山早紀(むらやま・さき)

魔女たちは眠りを守る

第四話 月の裏側

村山早紀(むらやま・さき)

魔女たちは眠りを守る

第三話 雨のおとぎ話

村山早紀(むらやま・さき)

悪夢か現か幻か

第17回 客間の壺

堀真潮(ほりましお)

ページトップへ