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今日、終わりの部屋から

王谷 晶

今日、終わりの部屋から ブック・カバー
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「今日、終わりの部屋から」第七回

2018.11.23 更新

・101号 管理人室 飯塚寿夫
 あれっ、もうこんな時間か。うーん、夕飯時だな。センちゃん、腹減ってねえか。え? いやいや、なんだよそういう意味じゃねえよ。おい座れってば。帰れなんて言ってねえだろ。おかしな気ィ回すなってんだよ。らしくねえなあ。飯でも食い行こうよ。時間あんだろ。いいよったって、もう八時近いよ。俺、腹減っちゃったよ。近くにさ、うどん屋があるんだよ。いや大してうまくはねえんだけどさ。ゴチャゴチャしてなくて居やすいんだ。そこ行って鍋焼きうどんでも食わねえか。ええ? なんだよなんだよ、そのしけた顔はさあ。……センちゃんそういや、茶菓子もあんまり食わねえな。昔はヤセの大食らいで有名だったのによ。トシだっつったって、そりゃ俺だって昔ほどには食わなくなったけどさ。でもなんにも食わなかったら死んじまうぜ。そうだよ。当たり前じゃねえか。ヒトってのは食い気があるうちはなんとか頑張れるんだ。食わなくなったらしまいだよ。犬猫もそうだろ。……。センちゃんよ。なあ。ちょっと、なんだ、座んなよ。まあいいから。……あのさ、俺は嬉しいんだよセンちゃん。何十年も音沙汰無しだったアンタがさ、こうして急に顔だしてくれて、ちょくちょく茶飲みに来てくれてさ。でも、なんだってまた急にとは思ったさ。思ってたよ、そりゃあ。けど俺だってもういい大人だ。孫もいるんだよそりゃそうだ。詮索なんてヤボはしたくねえ。それでなくてもセンちゃん秘密主義だしよ……。なあ。でもさ。このトシになってまた袖振り合ったのは何かの縁以上のもんがあると思ってるよ。センちゃん。アンタ、俺に何か言いたいことがあるんじゃねえのかい。俺に顔見せに来たってことはさ。何か……大事なことがさ……。
 あっ。おい、なんだよ。どこ行くんだよおいおい。なあ。帰るって、待てよセンちゃん。センちゃん! ちょっとちょっと、くそっ、待ちなよサンダル履くから! なあおい、アンタいまどこに住んでんだい。どうして東京来たんだよ。おい、返事しねえつもりか。そのまま帰るのか。ああもう、好きにしやがれこの唐変木が! 
 ……。行っちまった。なんなんだよ。わけのわからねえ……秘密ばっかりの野郎だ。気に入らねえ。ほんと気に入らねえよそういうところがよ。昔っからそうだ。ちっとも変わっちゃいねえ。あーあ、もう。俺もざまあねえな。往来まで出ちまってさ。女房が出てったときだって追っかけてなんかいかなかったのによ。ったくよう……うわっ、びっくりした。ああ、三階の……どうも、こんばんは。ハハハ。仕事帰りですか。ああそう。はい、じゃお休みなさい。
 はあ……ぱっとしねえな。飲みにでも行くかな。

・303号室 冨永香菜
 あー……はい、ええと、肩につく……くらいで。あ、や、よくないですかね……いえあの、なんとなく、なんですけど。はい。や、伸ばしてたのも別に……理由とかなくて。はい。なんとなくで……ちょっとすっきりさせたいかなって。あの。はい。えーっ……と……あ、はい、似合います……かね、これ、私……。や、あの、普通に、普通にしてもらえれば。はい。や、事務です。普通の仕事なんで……はい。お願いします。あー……いや、ちょっと分からないですけど……だいぶ? 五年……くらいかな……。うーん……長いと……逆に縛ってまとめたりとか、ラクかなって……ショートですか。ショートカット。ああ……ハハッ。あ、や、すみません。ちょっと。ゴホッ! いえ、ちょっと喉が。いえあの、大丈夫です。そんな大したことじゃ……あ、すみません、いただきます。ハイ、コーヒー大丈夫です……。ええと……。ショート、してました。子供の頃はずっと……ええと、大学卒業くらいまで。はい。いえ、気に入ってたっていうか……なんか、ショート以外ダメって言われてて……あ、はい、親に……。こだわり……なんですかね……。ええ、まあ、それでずっと短くて……就職してから伸ばすようになって。なので……あ、五年じゃきかないですね。ぜんっぜん。ハハ……。あ、はい、そのくらい。セミロング……って感じですか。え、そうですか、いや……あんまり普段ケアとかそんなに真面目にしてなくて……剛毛でイヤなんですけど……え、そういうのもできるんですか。あ、カタログ……すみません。ああ、こんな感じなんですね……じゃあ……。はい。いいですね……。ほんとに。これ、やってみてください。……。あ。すいませんありがとうございます。あ、はい。これでいいです。散歩の達人……たまに読むんで。ハハハ。……。……。…………。
 あの。あ、いや、あの、ハイ、髪はこの感じで大丈夫です。あの……でも、久しぶりに、ちょっと切ってみようかなって……きっかけっていうか……ほんと大したことじゃないんですけど……。引っ越し。そう、引っ越しするので。いえ、そこまで大移動じゃなくて……わりと近いんですけど。でも、ちょっとほっとするっていうか、そういう引っ越しで……いえいえいえ、や、そういうんじゃなくて、一人暮らしで、今も一人暮らしなんですけど。や、いえ、すみません、まぎらわしいですよね。いいんですいいんです。あの……。あの……。……。あの、あのですね、あの、ええと、嫌いな人が、すごく遠くに行くことになって、それが嬉しくて美容院来たりするのって、おかしい、ですかね。あ、や、すみません。変なこと言って……。え。あ、はい。気分転換、なのかな……。そうかもしれないですけど……。……。……。…………。
 あ、はい。はい。ええ、いいです。はい……なんか、涼しいというか、軽いですね……ハハ……。あ、この後は、もう、何もないです。家帰るだけ……ええ、すぐ近くなんで。あ、ありがとうございます。はい。じゃあこれで。あ、会員カード……やー……あの、引っ越しちゃうんで。そうなんです。すみません。でも、あの、気に入りました、髪。ハイ。ありがとうございます。あ、七十円あります。ハイ。どうも……。
 ……。……。…………。ハハッ……。
 うわっ。あ、や、いえ、すみません。あ……はい、303号室です。はい。帰りで……今帰ったところで。はい、どうも……。
 びっくりした……管理人久しぶりに見たな。はー……疲れた。ただいま……チッ、隣またうるっさいな。何やってんだ腹立つな……。……まあ、でも、もうちょっとで終わるのか。
 引っ越しか……。

・302号室 木村裕二
 ゆーじんチャンネルをご覧の皆様どうもこんにちはゆーじんです! ハイ! 緊急~~~ライブ! なわけですけどもちょっといいですか!

 聞こえる? 聞こえます?

 ほらっ! いま! した! ドンドンって! あっちの壁の方から!

 いい? ちょっと近づくけど……ほらほらほらほら! うわ~~やっべ聞こえた? 聞こえた? 聞こえましたよね! これね! もう今日ずっと、さっきから三十分くらい?聞こえててですね。え? 隣? あのーたぶんOLさん。OLのおばさん? おねえさんか。おねえさんが、一人で住んでます。いません! いまはもちろんいませんよ~隣の部屋、誰もおりません! え? あーなるほどなるほど。ね、チャットでいっつもツッコミメッセージくれるトメトメさん! 突っ込んでばっかだなーキミは。じゃあね、じゃあいいですよ。信じられないと言うのなら! この突撃心霊レポートYouTuberのゆーじんがですね、突撃! して、確かめてみたいと思いますっ!

 えーと、ちょっと待っててくださいよ~……はい、ゆーじん、出動! てってってーと、はいこの、隣の部屋。ね? ちゃんと隣の部屋ですよね。はい。この303号室をですね、じゃあ、ピンポン押しちゃいたいと思います。はい! ……。鳴ってますかね。もう一回! ぴんぽーん……。……。誰も出てきません。留守ですね~~! いやほんと、無人ですよマジ。ペットも不可なんだよねこのアパート。だからあの音が……あっ。あっ、ちょっと待って、ちょちょちょちょちょ、帰ってきた帰ってきた! いま帰ってきた隣の人! やばいやばいやばいやばいやばい。ちょちょちょちょちょ!
 ……。……はいっ! というわけでゆーじんハウスに戻ってまいりました。ははは、はーびっくりした! やっばかったっすね! やばくなかった? いやいやいやあービビった……。いやでも! ね! いまのでハッキリおわかりいただけたんじゃないかと思います、無人のね、だーれもいない隣の部屋から、あの奇怪な音がしていたということを! ね!
 どうですかね、まだ聞こえますかね。ちょっと壁に耳をくっつけてみようと思います。……。……。あ、うーん……テレビ? テレビの音かな? なんか、そういうのが聞こえてるけど、あのドンドンはしないみたいです。いや~不思議! あれかな、隣の人はなんか、怪奇現象とか見てないんですかね? 気になる! 気になるよね~ゆーじんもすごく気になります。でも、ご近所付き合いがね~あんまりないんですよ。もっと仲良くしときゃよかったな~。考えてみるとここ、えーと全部で九部屋? かな? あると思うんですけど、このアパートね。他に住んでる人のこと何も知らないんですよねー。なんか……ちょっとそれも怖い感じしません? どんな人かよくわかんない人が、壁一枚。ね。ここボロいからうっすいんですけど、それくらいのとこに住んでるのってビミョーに怖い感じしてきた……。いや心霊関係ないけど! ないけどー! 心霊は心霊、こっちはこっちで別の怖さあるじゃない? このゆーじんハウスの心霊現象も、原因不明じゃないですか? いまのところ? その原因ってなんなんだろーって思うと……そうそう、なんかね、他の住人に関係してるのか?! とか……思っちゃったり! いやいやいやゆーじんは関係ない。ゆーじんは関係ないですよ? ふつうに引っ越してずっと住んでるだけです! ゴミ出しもちゃんと守ってるし。ルール。いやほんと、ゆーじんけっこうね、そういうところちゃんとするんです。だってねー……

 あれっ。

 えっ、いま、聞こえた? ね。聞こえたよね何か……うわっ! なんっだこの音! えっえっえっえっどこから? どこから? えっ隣? え?

 上? 上からしてるこれ? 上? えっ。

 ……した! 上だ! いやあの、ここ、最上階。上、屋根! 誰も住んでない住んでない。屋根屋根。うわまた! パシッて! パシッてし

 あっ。

 電気消えた……。

(第八回に続く)

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作品について

著者プロフィール

王谷 晶

東京都生まれ。小説家。2018年1月刊行『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)では、女同士のさまざまな関係を描き話題に。その他、『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』(いずれも集英社オレンジ文庫)などの著書がある。

作品概要

東京下町、住宅街の一角に建つ全9室の古いアパートトネリコ荘は、その名の通り狭い庭に邪魔なほど大きな一本のトネリコの樹が植わっている。
周辺地域には再開発計画が持ち上がっており、数ヶ月後にはトネリコ荘もトネリコの木も全て打ち壊され更地になる予定。
そんなある夜。庭のトネリコが突然青白く光った。次の日から住人たちの身の回りで奇妙なことが起き始める。
怪奇現象の正体は? そして、住人たちの明日は?
いま注目の作家・王谷晶が贈るエンターテイメント小説。

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