キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

今日、終わりの部屋から

王谷 晶

今日、終わりの部屋から ブック・カバー
バックナンバー  12345 

「今日、終わりの部屋から」第五回

2018.09.28 更新

tonericoby04

・103号室 佐野春樹(さの はるき)

前略 佐野久恵様
 前回の手紙から時間が経ってしまってごめんなさい。テストでばたばたしていました。無事全教科終了し、ほっとしているところです。
 そちらは変わりありませんか。工事、まだ続きそうですか。こっちはとても静かです。おかげでテスト勉強もはかどりました。結果が出ないと分からないけど。サバ助は元気ですか。昼間うるさいから、ちゃんと眠れていないかもと思って少し心配です。もしサバ助にも静かな環境が必要なら、このアパートで飼ってもいいんじゃないかなと思っています。
 この前は食品送ってくれてありがとう。大事に食べています。ラーメン作るのも慣れてきました。野菜もちゃんと入れてます。最近寒くなってきたので、そっちで使っていた毛のシーツを送ってくれると嬉しいです。
 管理人さんもよくしてくれるし、一人暮らしもけっこう楽しいです。庭の、あのトネリコを毎日眺めています。植えたときのことは覚えてないけど、驚くほど大きくなっています。
 あと、そろそろクラスのみんなも進路を決め始めているようです。僕にも夢があります。今度そっちに帰ったときに、母さんと、父さんにもちゃんと話したいと思います。僕はやっぱり、将来誰かの役に立つ人間になりたい。人を幸せにするような仕事に就きたい。そのためにどんな進路を選ぶべきか、今必死で考えています。母さん父さんには反対されるかもしれないけど、今度話し合いたいです。
 それでは、涼しくなってきたけど喉を痛めないようにしてください。
                             草々

・303号室 冨永香菜(とみなが かな)

 はい。なに。いや、だからなに。え、連絡はメールかSMSでやってって言ったよね。SNSじゃないよSMSだよ。SNSじゃぜんぜん意味が違うでしょ。恥ずかしいな。新聞とか読んでないの? ていうかさ電話は緊急の時だけだよね。だからなに、って言ってるんだけど。なんか緊急なんでしょ。電話なんだから。や、えっ? じゃあ、ウソじゃん。緊急じゃないのに電話してきたんだよね。それはウソでしょ。そういうのさ、失くすよね。信頼を。や、だってそうでしょ。緊急じゃないんだよね。そういう時はメールなんだよね。だってそれが約束だからね。約束は守らなきゃいけないよね? なんて言ったっけ? は? 違うよなに繰り返してんの。昔私が小学一年生のときにあなたがなんて言ったっけって話だよ。えっちょっと聞いてる? 黙ってちゃ聞いてるかどうか分からないんですけど。電話だからね。顔見えてないからね。分かる? いやハイってさ、いきなりなんで敬語? なんかそれさ、嫌味だよね。私が脅してるみたいじゃない? そう言いたいの? 『ひどい娘にいじめられてますぅ』ってそう言いたいの? いやだってそうじゃない。おかしいでしょいきなりハイってさ。親なんでしょ。堂々としてればいいじゃない。敬語使う必要ないでしょ。は? なにそれ。『そんな言い方』ってどんな言い方? 私何か間違ったこと言ってる? まずさ、約束を破って電話をかけてきたのがよくないよね。まずそっちが悪いんだよね。ここまでは分かる? そういう間違ったことをする人にさ、私はこうやって時間を割いてあげてるわけだよね。なんでそれで口の利き方を非難されなきゃいけないのかな。よくわっかんないんだけど。いや違うでしょ。言ったでしょ。ハッキリ聞いたから。『そんな言い方』って。失礼だよね。こんな夜にさ。明日も仕事なんですけど。朝早いんですけど。は? 私の寝る時間とこの話何か関係ある? 早寝してなにが悪いの。そんなことにまで文句言われなきゃいけないわけ。もう大人なんですけど。私の年齢覚えてる? 忘れてるかな? 誕生日も何回かスルーされたことあるからね。覚えてないんでしょ。なに。まただんまり? 何か言いたいことあるなら言えばいいでしょ。用事があるんでしょ。だから電話してきたんでしょ。緊急の用事があるんでしょ。違うの? ああもううるせえな! は? いやいや違うから。隣の部屋のバカ大学生に言ったの。自分が言われてると思った? 私があなたにそんな乱暴な口利くわけないでしょ。親しき中にも礼儀ありでしょ。だよね。いっつも言ってたもんね。礼儀正しくしなさいって。だからあなたに乱暴な口なんか利かないよね。目上だから。あなたは。は? またなんなのそれ。なんなのその『そんな言い方』っていうのはさ。いや『そんな言い方』の後にはなにが続くわけ? や、卑怯だよね。はっきり言うけど。そういう、いや聞いて。そういうね、後に続く言葉をこっちに想像させるようなやり口。やり口はやり口でしょ。昔からそうでしょ。こっちに顔色伺わせて、正解しなかったらまた否定するんでしょ。で、何が正解かはそっちの気分次第なわけだよね。分かってるからもう。効かないからそういうの。昔と違うからもう。なに。はあ? 戻る? 戻るってどこに。はあ? いや、何言ってんの? 戻るわけないよね。出てくとき言ったよね。一生実家には戻りませんって言ったよね。聞いてなかった? 聞いてないんだよね。いつもそうだよねこっちの話はぜんっぜん聞いてない。戻りません。戻る理由がないよね。なんで戻ると思ったの? は? はあ? え、行くってどこに。優香のとこって、えっ、カナダじゃん。カナダに行くの? 二人とも? ……はあ。あ、そう。いや、好きにすれば? ていうか、私がなんでそれに付き合うと思ったの。いや、行かないよ。行くわけないでしょ。はー、そう。いつ? へえ。そしたら家はどうするの。は? いや、他人に貸すくらいなら私が住むから。え、いやいやいや、違う話だよね。おたくらカナダに行くんだよね? そしたら一人で住めるでしょ。なら私が住むよ。あ、荷物とか自分らのは全部処分していってよね。管理とか私やらないから。はー。そう。いなくなるんだ。日本から。へー。そうなんだ。アハハ。話はそれだけ? じゃ切るよ。は? いや何もないよ。何かって何。言いたいこと? ないよ。家ちゃんと片付けてから出てってよね。切るよ。

・203号室 ケイト・グエン 添谷陽美

ハルミ……ハルミ起きてる? 起きられる? なんか食べないと。薬飲めないよ。だーめよ。カゼ怖いんだから。薬、飲めば治るでしょ。おなかすいてない? あー、スープあるよ。コーンのやつ。ハルミ好きでしょ。……。ンー、顔あかーい。熱あるでしょ。体温計、買ってきたほうがいいかな。もったいなくないよ。もしすっごい、死んじゃうくらい熱出てたらどうするの。いいの。もう決めたの。朝になったらマツキヨ行ってくる。いーでしょ。わたしのお金、買うよ。……。じゃ、どういう問題? だーから、ムダ遣いじゃないでしょ、いるものでしょ。わたしだって、カゼひくかもしれないよ。そのとき体温計あったらベンリでしょ? あー……。ンー……。……。いいからさ、なんか食べよ。そんで薬飲もう。……あのさあ。最近、こんなことばっかりね。つまんないケンカばっかりね。やーだな。わたし、ケンカしたくないよ。ハルミ、カゼだから。カゼ治ったらいつものハルミでしょ。ね。ハイ、スープできたよ。熱いよ。きをつけてね。……やー、なんで押すの。いいじゃない。よりかかっていいよ。うつってもいいよ。わたし、元気だからすぐ治るもんね。元気よ? なーによウソじゃないよ。あー……。このまえのは、うーん、ちょっと、疲れてたのかな。そうよ。あんまり寝てなかったから……。夢かまぼろしでも見たのね。夢やまぼろしでも、わたしハルミのこと見てる。……なーに、押さないでー。ハルミはずかしいの? ふふふ。あれっ、わー、待って。なんで泣いてるの。ハルミ、どこか痛い? 病院行こうか。115かけようか。あー、えーと日本は、911? ちがう、119! あーもう! ケータイケータイ……え? 違う? じゃどうして泣いてるの。……。ね、わからないよ。泣いてるだけじゃ。ハルミ……どうして何も話してくれないの。わたし、わたしね、ハルミとずっと一緒にいたいけど、そのまえに、ハルミがつらそうにしてるの、つらい。わたしに言ってもラクにならないこと? わたしじゃなにもできないこと? ……。……わたしのせい、で、つらいの? ……。……ハルミ……あの、ね、

わっ

……聞こえた? 今の……。また! だ、だって、怖いよ! これ、下から聞こえてる? おかしいでしょ。やー、ハルミ忘れてるの。だって、下の部屋、空き部屋だよ……。

(第六回へ続く)

バックナンバー  12345 

作品について

著者プロフィール

王谷 晶

東京都生まれ。小説家。2018年1月刊行『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)では、女同士のさまざまな関係を描き話題に。その他、『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』(いずれも集英社オレンジ文庫)などの著書がある。

作品概要

東京下町、住宅街の一角に建つ全9室の古いアパートトネリコ荘は、その名の通り狭い庭に邪魔なほど大きな一本のトネリコの樹が植わっている。
周辺地域には再開発計画が持ち上がっており、数ヶ月後にはトネリコ荘もトネリコの木も全て打ち壊され更地になる予定。
そんなある夜。庭のトネリコが突然青白く光った。次の日から住人たちの身の回りで奇妙なことが起き始める。
怪奇現象の正体は? そして、住人たちの明日は?
いま注目の作家・王谷晶が贈るエンターテイメント小説。

おすすめ作品

第2回 SHE

堀真潮(ほりましお)

悪夢か現か幻か

第1回 溺れる男

堀真潮(ほりましお)

アネモネの姉妹 リコリスの兄弟

「マツムシソウの兄妹」前編

古内一絵(ふるうち かずえ)

cover-works_midori

第10回

東 直子(ひがし・なおこ)

アネモネの姉妹 リコリスの兄弟

「ヒエンソウの兄弟」後編

古内一絵(ふるうち かずえ)

ページトップへ