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今日、終わりの部屋から

王谷 晶

今日、終わりの部屋から ブック・カバー
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「今日、終わりの部屋から」第二回

2018.06.22 更新

102号室 三笠富子

○月☓日 曇り
六時起床
朝食、番茶 ラッキョウ 
昼食、赤飯おむすび わかめスウプ チヨコレート
夕食、番茶 ちくわ コンブおむすび 燃えるごみ出す

ゴミ捨て場、またカラスに荒らされている。住人もイイカゲン、管理人もイイカゲン。腹が立ちます。庭から、猫の鳴き声する。また野良? 考えなしにエサやりをする、メイワク人間がいる! 動物は、ゴミを漁るし、くさいから、庭に入れてはダメ。保健所に電話する?

○月☓日 小雨
六時起床。
朝食、番茶 ちくわ 

郵便局。年金フリコミ確認。

買い物、スーパーマルミ。おむすび98円が三割引、赤飯・ウメ・チャーハン買う。ちくわ98円三割引、納豆98円一割引、たまごスウプ168円、かすてら100円 〆て681円。百円市場でクツシタ一足100円、テッシュ100円、お線香100円、〆て324円

昼食、チャーハンおむすび かすてら 番茶
夕食、たまごスウプ 赤飯おむすび

ボランチア名乗る学生来訪。トツゼンたずねてこられて、ビックリ。最近は、サギが多いから、コワイ、コワイ。お話がしたいとか、どうとか。不躾。もう子守をする時期、とうに過ぎてオリマス。お引取り願う。置いていったチラシも、字が小さくて、まったく読めない。年寄りのことを、少しも考えていない、自分勝手! ゴミを持ちこまれて、メイワク!

○月☓日 曇り
六時起床。
朝食、番茶 かすてら チヨコレート
昼食、番茶 ウメおむすび ちくわ
夕食、納豆 ちくわ ゆで卵 わかめスウプ

外出せず。夜、正志より電話。定年後の生活がフアン、等。暗に無心をされたけれどピシャリ断る。もう充分大きくなった息子に、都合する余計な財産、ナシ! 不安定仕事を選んだのも、アチラの勝手。我が子ながら、情けない。つましく、生きて、私の物はヘヤゴムひとつ買わず育てたのに、どうしてあんなに、イイカゲンな男になってしまったのか。オトウさんが蘇ってきたようで、ゾッとする。

○月☓日 曇り
六時起床。
朝食、かすてら

不要なハギレを、もらってほしいと言うので、金子さん宅へでかける。見てビックリ、そのハギレというの、ほとんどボロ布! これでは、雑巾くらいしか縫えない。身内でもない他人に、こんなものを偉そうに見せる神経に、アキレル。はずかしい。時分どきなのに、マンジュウひとつ出されただけで、エンゝとジマン話を聞かされる。あそこに旅行した、どこそこでうまいものを食べた、ジマン、ジマン、くりかえし。疲労コンパイ。やはり、お嬢さん育ちは、世間知らずで、ワガママ!

昼食、煎茶 温泉マンジュウ

買い物、マイポット駅東店。カップウドン92円三ツ、卵98円、大福一袋半額で106円、おかき98円 〆て624円

夕食、カップウドン 卵一ケ 大福一ツ

○月☓日 晴れ
六時起床。
朝食、番茶 大福

靴の底がはがれてしまったので、駅前にあった修理屋に持っていくが、「買いかえた方が安いよ」デスト! 客が直してくれと言っているのに、拒否するとは、いったいぜんたい、何のために店を開いているの? 意味不明。態度も悪く、見るとどうも、ガイジンのよう。この町も、スッカリおかしな人たちが増えて、コワイ。昔は、駅前のあのあたり、映画館があって、もっときれいで、にぎやかで、人がおだやかで、よい町でした。もう、見る影もなし。ひどいものです。

昼食、助六寿司198円 伊勢庵で買う
夕食、カップウドン 卵一ケ ちくわ

○月☓日 曇り
六時起床。
朝食、番茶 大福一ツ

靴を買いに、バスに乗って、ナンブデパートへ。店の名前が変わっていて、様子もちがう。店員はブアイソウ、大ザッパ。音楽、物売りの声、ガチャガチャうるさく、とても、あの上品なナンブデパートとは思えない。子供が「ギャー、ギャー」と売り場を走り回り、危うく、ぶつかって転びそうに。若い母親、謝りもせず去っていき、あまりに腹が立ったので、呼び止めようとしたが、そこに別の子供が「ギャー、ギャー」。とても、買い物なぞできる気分ではなく、頭イタクなり休ケイ所で休む。
フト、見覚えのあるもの目に入る。なぜか『ザッツ・エンターテイメント』や『巴里のアメリカ人』『雨に唄えば』のポスターが壁に貼ってある。思い出す。昔、駅前にあった映画館、一度だけ、たった一度だけ、オトウさんが連れて行ってくれて、見たのが『ザッツ・エンターテイメント』。歌、ダンス、まるで天国のよう、男も女もキラキラ、ぜんぶ輝いていて、シミッたれたところひとつもなくて、皆うつくしく、豪華ケンラン、夢のようなドレス、靴、男たち皆紳士で、歌声は甘く、男らしかった。モウ、今の若い人たち、あんなものは作れぬだろう。テレビ見ても、幼稚、子供だまし、低俗のオン・パレード。死ぬ前に、もう一度『ザッツ・エンターテイメント』見たい。あの中で紹介されていた、美しいミュージカル、どれかひとつでもいいから、見たい。

買い物、靴1,058円 アンパン129円 クルミパン118円 〆て1,305円
昼食、番茶 アンパン おかき
夕食、たまごスウプ クルミパン ゆで卵

○月☓日 小雨
八時起床。
朝食、番茶
昼食、番茶 納豆
夕食、わかめスウプ おかき

食欲なし。終日頭イタイ。いよいよお迎えか。昨夜の夜中、庭で誰かが騒いでいるので目が覚めてしまう。ビカビカ、ギラギラ、真夜中なのに、庭で電気をつけて、ちっとも寝られない。腹がたったが、頭イタク、起き上がれず、ビカビカ、照らされながら、涙出る。お迎えが、来るならはやく来てほしい。モウ、こんな人生、何のミレンがあろうか。できれば、イタイのはやめてほしい。オトウさんにも、会わないようにしてほしい。あの人が万が一天国にいるのなら、私は地獄行きでケッコウ。

○月☓日 晴れ
六時起床。
郵便局 現金五万円おろす。
頭痛なくなり、気分がすっきりしている。よく晴れているので、でかける。新しい靴おろすが、なんだか気に入らず。郵便局に寄ってから、バスに乗って、ナンブデパートへ。とても賑やか! キッサ店、化粧品屋、花屋、洋服店、ステキなお店がたくさんある。ウキ、ウキ。

朝食、モーニングAセット(パン、ゆで卵、イチゴジャム、バタ、サラダ、ミルクコーヒー、オレンジ切り身)680円
買い物、ジュディ・ガアランドのような赤い靴10,584円、美容クリーム5,616円、口紅3,240円、美容室カットと白髪染9,052円、赤ワイン1,296円、チーズのセット1,058円、ロースト・ビーフ1,620円、ニース風サラダ540円、フランス・パンの上級626円
書店冷やかす。往年の名作映画の雑誌というのがあった。全ページ、写真。フレッド・アステア、ジーン・ケリー、フランク・シナトラ、エヴァ・ガードナー、エリザベス・テイラー、美しい大判写真イッパイ。1,296円。
昼食、スパゲッティーセット(トマト味スパゲッティー、サラダ、アイスクリーム、コーヒー)1,200円

夕食、ワイン チーズ、ロースト・ビーフ、サラダ、パン 美味しかった!

203号室 ケイト・グエン 添谷陽美(そめや はるみ)

ただいま。……。…………。ただいま! ねえ、タダイマだよ。ねーっ。ハルミ! 信じられない、まだ怒ってる? なに怒ってる? あーわからない。いいよ、そうやって怒ってれば問題なくなるの。そんなわけないでしょ、考えないと、このままじゃダメ。あとねえ、二ヶ月? 三ヶ月? くらいしか、ないよ。ほかの部屋探さないと。不動産屋、ハルミ行ってくれないとこまるのに。わたしもねー、広告はもらってきたよ。ホラ、線路の向こうにある緑色のお店。あるでしょ? ♪アパートマンション~アナタにぴったり見つけます~お貸ししますお売りーします~って歌、ずっと流れてるとこ。ちょっと、わたしこういうの読むのあんまり得意じゃない。ハルミ見てよ。ねーっ。どうして何も言わない。ほんとはね、お店の人に話聞きたかったけど、ガイジンひとりで行って、いい部屋探してもらえるって、思う? わたしねー、もう何回もイヤなイヤな思いしたから。だから、ここ住むとき、ハルミいろいろやってくれてすーごくラクチンだった。は? どういう意味? あのね、引っ越しの話よ、してるの。もうさー、学校あるバイトある、住むとこ決まらないと困る。ハルミもでしょ。今度はー、仕事場から近いとこにしたいって言ってたでしょ。探そうよ。……。…………。ねえ。言わないとさ、わからないね。話さないとわからないです。どうして黙ってるの? どっか痛いか。どこだどこだ! ……。…………。怒らないでよ。どうして怒る。えーっ、だって、わかるわけないよ! 何もわかってないって、わからないよ、ハルミ何も話さないんだから! 昨日から、ヘン。ほんと、どうしたの。わたしが何かしたのか? ならハッキリ言ってよ。言わないで怒るの、えーと、卑怯。卑怯だよお。そういうのよくない。一緒に住むとき、決めたでしょ。話し合おうねって。だってさー、わたし、ハルミの、恋人だよ。ハルミ、わたしの恋人でしょう。話さなきゃ。話さないとね、愛は消えてしまうよ。あっ。ちょっと! ちょっとー、どこ行く! 待ってよハルミ。どこ行くの? ねえ! ……。…………。バカー! ばーーーーーか! あほ! Mày chết đi!!! ……。…………。うー。ハルミ……。ン? あっ、コラ! 何しに帰ってきた! もう出てけばか! ハルミなんか知らない、あれ、待って待ってwait、ちょっと何、ア。
……。…………。……………………。
んー……。なんだよ……あのねー、こういうのダメ。ごまかしでしょ……。うー。なんで、ちょっと、もー、普段ハグとかキスとかしないのにー! こんなときだけ……。ハルミー、ばかー。ふふふ。ばかばかばかばかばかー。ねー。次も、わたしと住むんでしょ。一緒に暮らすでしょ。愛、無くなってしまったのでは違うよね? 違ってない? わたしはハルミ、好き。まだ好き。とっても。あのね、夢を見たんだ。海のそばだった。でも、わたしのホームじゃなくて、知らない海。夜で、びっくりするくらい、大きい月出てる。波に光がキラキラ当たってるの。まぶしいほどに。わたし、砂の上、ハルミと一緒に座ってる。もうね、ずーっと長い間、そうしてるの。それが分かるの。何年も……何十年も……。あれ、未来の夢かもしれない。そう思う。あんなふうに、どこかのきれい海で、ハルミと一緒に暮らすの。いつか。ここ、海から遠いけど、でもここでも一緒にいたい。一緒にいたいよ。ハルミ……。…………。どうして、何も言わない? 
あっ。なに、ねえ、どこ行くの……トイレ? もー、ほんとロマンチックないよ! ふふふ。ばーか! ふふ。……。…………。え? いや、誰?! ちょっと! ドア勝手に開けない! あ? あ、あー? あれ? ハルミ? えっ、どうして。だって、いまハルミ、トイレ入って。えっ、はあ? 何言ってる? ファミマ? ファミマ行ってた? ずっと? だってさっき帰ってきたでしょ! ふざけるな! わたしいじめてたのしい? じゃああのトイレ入ってるの、だれ! いまわたしとキスして、トイレ入ってったの……誰…………?

(第三回へ続く)

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著者プロフィール

王谷 晶

東京都生まれ。小説家。2018年1月刊行『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)では、女同士のさまざまな関係を描き話題に。その他、『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』(いずれも集英社オレンジ文庫)などの著書がある。

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