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今日、終わりの部屋から

王谷 晶

今日、終わりの部屋から ブック・カバー
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「今日、終わりの部屋から」第一回

2018.05.25 更新

・101号 管理人室 飯塚寿夫(いいづかとしお)
 はいはい、はいよ。いますよ。なんなんだよ朝っぱらからピンポンピンポンうるさいね。またくだらねえ新聞だの宗教だのだったら承知しねえぞ……はいどちらさん? はあ? セン? なんですかそりゃ。センゴク……千石? センちゃん? おおお、おいおい、ほんとにセンちゃんかい。待った待った、はい今開けるから。ドアをね、開けて……うわあ、センちゃん……センちゃんじゃねえか……。おいおいおいおい、どうしたんだよ。えっ? ちょっと待ってよ、あんたほんとに千石か? 千石稔? 息子かなんかじゃねえのかい。いやいや、だってあんまりにも……なんも変わってねえからさ……オバケ見てるみてえだ。えっ、うん、いや、悪い悪い、分かったよ。いや冗談冗談。いやーびっくりした。何年ぶりだよおい。なあ、うん……もうそんなんなるか。俺? 俺はすっかりジジイだよ見なさいよこれ。髪も腹もさあ。これもんですよ。ハハハハ。いやいやいや、入って入って。狭い部屋だけどさ。え? そうだよ一人だよ。いやね、ここが本拠地ってわけじゃないんだよ。家はちゃんとしたのがさ、こんなボロアパートじゃなくて目黒の方にあんだけど。倅と嫁と孫がハバきかしててうっとおしくてね。そんでちょっとこっちに。まあ別宅だな。気ままにのんびりしてるっちゅうかね。アレだね、孫が可愛いとか目に入れても痛くないとか、ありゃ最初の二、三年の話だよ。口聞くようになったらうるっさいわ小生意気だわ散らかすわ。嫁もお義父さん家にいるなら子供とロココの面倒くらい見てくださいよって俺に面倒事押し付けて自分はあちこちほっつき歩いてるんだからたまったもんじゃねえや。ロココ? 犬、犬。なんとかプードルってやつ。なあにがロココだ亀の子たわしみたいな面したうるさい犬コロだよ。散歩連れてこうが餌やろうがキャンキャンわめいて懐きもしねえ……あれっ、茶っ葉がないね。紅茶でいいかい。テーバックだけど。酒飲むにゃまだ日が高いからなあ。センちゃんコーヒー党だっけ。ああー懐かしいなあ。覚えてるかよあの喫茶店。名前は……なんつったっけかな。ほら、四号館の裏手のさ。ライラック! そうだライラックだ。愛想のないババアがやってたの。不味いコーヒー一杯でよく粘ったよなあ。懐かしい。懐かしいね。今も目に浮かぶようだよ。俺らのたまり場だったもんなあ。センちゃん、アッコ、リンゴ、タナケン……あと誰がいたっけかな。なあ? うん。でも急にどうしたんだよ。いつ東京戻ったんだよ。いいじゃないって、なんだよそれは。おっかねえなあ。その歳でワケありかよ。センちゃん秘密主義だからな。昔っからそうだ。大事なことはなあんにも言やしねえんだから。でも女はそういうのヨワいんだよなあ、センちゃんモテてたもんな。懐かしいなあ……。今だから言うけどアッコがさ、センちゃん地元帰った後に泣いて泣いて大泣きでさ。ずっと好きだったのに~って。バカだね言やあよかったのによって。アッコ? なんだよ知らねえのかよ。もう……三年前かな。そう。ガン。腎臓だって。まあ、ぼちぼちそういうトシだよな俺らも。他にもけっこういるよ、死んじゃったのはさ。学部の同窓会でも年々人が減ってってよ。まあそういうトシだよ、うん……。ああ、管理人ね。うん。まあそういう肩書ではあるね。いやまあ、うん。そうね。まあ俺がオーナーみたいな……まあそういう感じよ。ついでに管理人もやってるみたいな、ね。大してすることもねえよ、こんなボロアパート。住んでるのも変な若い連中とか外人ばっかだしさ。実は今年中に取り壊して更地にするのよ。売り先も決まってるし。いやいやいやそんな大した儲けにはならねえよ、このへん都心ど真ん中ってわけでもないしさ。土地も狭いし。まあでもまとまった金が入ったらゆっくり世界旅行にでも行くかな。今でも行こうと思や行けるけど、なんとなく面倒でね。うん。好きな時に寝て起きて散歩したり映画行ったり楽しくやってるよ。センちゃん今日は電車で来たの? あそう。そしたら駅ビル見たろ。あそこがさ、何でも入っててさ。喫茶店も本屋も映画館もぜーんぶ集まってんだよ。夏場なんかいいよ、クーラー効いてる中で一日時間潰せてさ。ああいうのが出来ちゃうと商店街なんてのはもう用済みになっちゃうね。この辺もシャッター閉めた店が増えたよ。ま、淘汰だな。自然淘汰。お、湯が沸いた。ほいよセンちゃん、コーヒーでなくて悪いね。でもアレだよ、紅茶の方が身体にいいんだってよ。病気? 俺はしてないよ。センちゃんはどうなの。ああそう。まあそんだけ若く見えりゃな……元気ならよかったよ。ほんと何年ぶりだ? ああうん。そんなんなるか。いやー、ハハハ。ほんとにそんなに経ったか。センちゃん同窓会にも来ないからさあ、みんな心配してたんだよ。え? 雨? 今日は降らないだろ。ああ、ああ、今のは葉っぱの音だよ。葉っぱが風に揺れてああいう音を出すんだ。そこのね……ちょっと待ってよ今窓開けますからね。そう、ほら、庭があんのよこのアパート。なかなかないだろ? 都内でこんなちゃんとした庭があるのはさ。ほら見てみろよ。でかい樹だろ。そうそう、トネリコ。よく知ってるねえ流石だよ。これの葉がね、鳴るんだ。雨音なあ……そんな風に思ったことなかったけど。センちゃんは相変わらず詩人だな。ああ、これも切り倒して全部更地だよ。もったいないっつってもさ。しょうがないだろ。俺が植えたわけでもないしねえ。それに最近夜中に勝手に庭に入ってきて騒ぐバカがいるんだよ。近所にさ、なんとか専門学校っつうのがあってそこのバカが夜中来るんだ。ヘラヘラふらふらした気味の悪いバカの集まりだよ。この辺はもうそんな連中ばっかりだよ。俺やセンちゃんが十九、二十歳の時はさ、あんなんじゃなかったよなあ。さんざんバカもやったけどさ、でも死ぬ気で勉強もしたし、夜通し語り明かしたよなあ……将来の事、この国の事、いろいろさ。未来を見てたよ。志があったよ俺らにゃ。なあ? なんだよ急に黙っちゃって。え? ああ……ほんとだ。雨音みたいだ。雨か。うん……雨音に聞こえるなあ。ハハハ。ところでセンちゃん、どうして俺がここに住んでるの分かったんだい?

・302号室 木村裕二(きむらゆうじ)
ゆーじんチャンネルをご覧の皆様どうもこんにちは、現役大学生YouTuberのゆーじんでーす! ハイッ、というわけで今日の動画なんですけどなんと! ななななななんと! ゆーじんチャンネル始まって以来の! 大・大・大事件! もーめっちゃ、アレです、ヤバい、すんごい動画、になっちゃいました。マジです! 何がヤバいのかというと……
【怪奇現象……】
ハイ、まさかの、怪奇現象ですよ。今回は大マジで、ガチで、ほんっとーにヤバい動画になってしまっているので、心臓の弱い方は見ないほうが……いいかもしれない……なんちゃって、ウソですよ見てくださいね~でもヤバいのはマジです。これね~ホンット、ヤバいです。衝撃映像、ガチです。舞台はここ、ゆーじんハウスなんですけど、このね、ゆーじんハウスで昨日の夜、昨日っていうか今日ですね。その深夜に起きたあるとんでもない出来事をお見せしちゃいます! ハイッ、ではね、皆さん心の準備、オッケーですかー? 早速動画のほうどうぞ!

【◯月✕日 AM2:40】
え~と……ゆーじんです……今ちょっと寝てて、自分ちで寝てて、起きたんですけど、ちょっとあれ……映ってますかね。あれカーテン、向こう窓で外なんですけど……なんか光ってて……見えるかな……
【深夜に突然正体不明の光が!】
あのー……開けてみたいと、思います。カーテン。開けてみましょう。こんなこと初めてなんだけど……やべえドキドキする、むっちゃ心臓動いてる。えーとじゃあ、開けます……
【ついにカーテンを開ける!】
うわっ……えっちょっ、いやいやいやいや、なにあれ、何アレ? 
【光ってる!】
えっ、待ってこれマジ? リアル? え待って、えー……
【テンパるゆーじん】
あれ、うっそ、何あの光……何が光ってんの? まっぶし……。木? 木の裏が光ってんのかな……? あれ、ここに、あの、アパートの庭っぽいとこに、ずっと生えてる木なんですけど……でっかい木。こんな、光るのとか初めてで……めっちゃくちゃ眩しい。えっ、これ他の人も見えてるよね。えっ、俺だけ? 
【光り続ける木…】
え~、あの、ハイ、木がですね……今午前三時前、まだ、光ってます。ここからだと何で光ってるのかわかんないので……外に出て、あの木ですね。あれに近づいて、撮りたいと思います。
【ゆーじん出動!】
やっばいこれ大丈夫かな……なんかあったらどうしよ。えっやっぱちょっと、誰かに連絡してからのほうがよくない? えーどうしよ。
【ビビるゆーじん】
えー、いま、部屋を出て、木が生えてる、庭のほうにやってきました。あの、これちゃんと映ってっかな……あの、三階の真ん中の部屋が俺の部屋です。で、光ってます……木が。ちょっと、近づいて、ぐるっと回ってみます。
【大接近中!】
うわー……なんなんだよこれ。やっばい。えっ、これ木が……木がそのまんま光ってるよね? ライトとか無いもんね。えっ、そんな木ってある? やばいこれ、えーっ、なんか、呼んだほうがいいのかな。警察とか――
【※注意! 驚きの瞬間!】
あっ! あれ?! 消えた! 消えちゃった……光消えた! うっそ、えっどういうこと? は? 意味わかんね! 意っ味わかんね! ちょっとこれ――
【突然の物音!】
わっやば管理人さん、管理人さん起きてきたヤバいヤバいヤバいヤバい、怖い怖い、えーとあの一旦止めます!
【ゆーじん、撤収――】

えー、ハイ! ということで! いかがでしたでしょうか~ちょっとね、僕もまだ信じられなくて、編集しながらこれマジ? マジなの? ってずーっと言っててもうおっかないからスカイプでサメ缶くんを呼び出してずーっと喋りながら作業してたんですけどね。
【ビビるゆーじんに付き合わされた怪談YouTuberサメ缶】
サメ缶くんにも映像を見てもらいまして、これはリアルなんではと。マジの。マジ怪奇現象かもしれないと! 言われてしまいました! サメ缶くんが言うなら……マジっぽいですよね。うわーどうしよう! あの、そこのね、今僕の後ろに映ってるカーテン、あれが動画にも出てきたカーテンなんですけど、あれを開けると、あるわけなんですよさっきの木が。
【木、あります。】
これ、今夜もまた光ったらどうします? どうなるんだろー! うわー! と! いうわけで! ゆーじんチャンネル、ちょっとこの怪奇現象に注目したいと思います! 怖いけど! 今からもう夜が来るのドッキドキなんですけど、もしまたとんでもない事が起こったらその時はライブ配信しちゃいます! なので、チャンネル登録! ぜひぜひぜひぜひよろしくお願いします! それじゃあ今日の夜をお楽しみに。ゆーじんでしたー!

(第二回へ続く)

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著者プロフィール

王谷 晶

東京都生まれ。小説家。2018年1月刊行『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)では、女同士のさまざまな関係を描き話題に。その他、『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』(いずれも集英社オレンジ文庫)などの著書がある。

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