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オトナのたしなみ

柴門ふみ(さいもん・ふみ)

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第44回 勝ち負けにこだわらない女子たち

2016.11.21 更新

今は大勢いるけれど、私が若い頃にはほぼいなかったものに、
「勝ち負けにこだわらない働く女子」
があります。

「勝ち負けにこだわらない働く女子に人気の町、西荻窪」
という広告を目にして、最近私が気づいたことです。

先日、打ち合わせを兼ねて西荻窪で食事をした時のことです。
「まだ時間が早いので、もう一軒行きませんか」
そう誘われて入ったのは、駅前のダイニング&バーでした。
1階はカウンター席のみ。夜の10時過ぎでしたが、本を読みながらひとり黙々と食事をする女子が3名、私の目に飛び込んできました。
「こんな時間に本を読みながら女がひとりで外食するなんて、私が若い頃には考えられなかった」
私は軽いショックを受けたのでした。
私の世代では、20代のうちに結婚する女性がほとんどで、専業主婦を選んだ者は、夜間外出などとんでもないことでした。女は家を守るもの、夜間外出は夫の許可を得てから、というのが常識だったのです。

私より一世代後は、バブル世代です。この世代にとってカウンターでひとりでご飯を食べることは、また別の意味であり得ないことでした。
というのも、ゴハンは当然男に奢らせるもので、ひとりで外食するというのは、あの時代の女にとって「恥」だったからです。
「モテないことを証明するぐらいなら、家で自炊(あるいはコンビニ弁当)のほうがマシだわ」
バブル姉さんたちは、そんなふうに考えていたのです。

ところが、恋愛よりも与えられた仕事をきちんと責任もって果たすことを重要視する、今の30代の働く女子たちにとって、読書しながらのひとり飯は何よりリラックスする時間なのでしょう。
勝ち負けにこだわる男性サラリーマンとは異なり、自分の快適な時間を大切にする彼女たち。居酒屋で同僚たちと上司の悪口を言うよりも、本の著者と語り合いながらの食事のほうを選ぶのです。
趣味が読書だと言うと、孤独な人のように思われがちですが、じつは逆です。著者の言葉に耳を傾け、心の中で著者に語りかけているため、案外饒舌な時間を過ごしているのです。
「読書が趣味なんて、寂しい人ね」
とは、本を読まない人の言葉なのです。
しかし、勝ち負けにこだわらず寂しくもなく淡々と暮らしていると、結婚からはどんどん遠ざかってゆきます。
「結婚する意味がわからないから」
30代の働く独身女子がよく口にする言葉です。
そう、かつては30代独身女性が「負け犬」と呼ばれた時代もあったけれど、勝ち負けにこだわらない彼女たちにとって、そんなことはどうでもいいのです。
 
夫に気をつかうこともなく、恋愛駆け引きの勝敗に心煩わされることもなく、彼女たちは実に快適に暮らしているのでしょう。
しかし、これもまだ30代で健康だからこその特権であるように思えます。
病気になったり怪我をしてしまっては、こんな自由もままなりません。
だから、彼女たちは今すごく恵まれた立場にあるとも言えるのです。
しかし、堅実な彼女たちですから、そのような不測の場合も、老後の生活も、ちゃんと考えていそうですね。

勝ち負けやプライドを捨ててしまえば、人はおそらく楽に、堅実に生きていけるのでしょう。
たまに、ある日突然すべてを捨てて放浪の旅に出る男性がいます。勝ち負けやプライドの世界に嫌気がさしたのでしょうが、男はやることが極端ですね。
放浪の旅に出なくても、女は西荻窪で勝ち負け関係なく気持ちよく生きていけるわけですから。

今後日本では、このような女子がますます増えてゆくことでしょう。
勝ち負けにはこだわらないが、衣食住にはこだわる女子たちが。

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著者プロフィール

柴門ふみ(さいもん・ふみ)

1957(昭和32)年、徳島県生まれ。お茶の水女子大学卒。1979年漫画家デビュー。若者たちの恋愛をテーマにして『東京ラブストーリー』『あすなろ白書』『同窓生 人は、三度、恋をする』など多くの作品を発表している。またエッセイ集として『恋愛論』『大人の恋力』『そうだ、やっぱり愛なんだ』などがある。ペンネームは中学時代からファンであったポール・サイモンに由来している。

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