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女って何だ?

カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

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第34回

2017.11.24 更新

今回のテーマは「女らしさ」だ。
「女らしさ」「男らしさ」、すでにこういう言葉自体が差別用語になる時代なのかもしれない。男が使いもしねえ可愛いマスキングテープを集めたり、女が突然通信空手を始めてもいいのである。

ドラえもんの作中に「のび太のくせに生意気だぞ」という、「理不尽」の例文として辞書に載せてもいいようなジャイアンの台詞があるが、「女のクセに」「男のクセに」と言うのも、もはやこれに匹敵する理不尽であり、ジャイアンと同レベル、つまり小学5年生が言うことであり、大人が言って良いことではない。

よって、説教をする時は言い方を変えなければならない。
「人間らしくしろ」と。
説教したくても、「男らしくしろ」「女らしくしろ」などと言ったが最後、「それって差別発言なんですけど」と巧みに論点をすり替えられる恐れがある。

正当な理由で注意するとしても、そんな言葉を使っていては、自分が馬鹿に見えるだけである。もっと、具体的で説得力のある言葉で言わねばならない。
部下を注意するために呼び出したが、ついさっき語彙が死んだ、という場合でも、「お前! アレだ! アレのくせに! ホラ! 人間のくせに! アレすぎだろ!」と言うようにしよう。

例えば、サラシに学ラン、下駄を履いている女に「女らしい格好をしなさい」というのは差別だ。
しかし、電車で股を210度ぐらい開いている女は、女らしさ以前に周囲に迷惑という点でダメであり、注意をすべきなのだ。
それを「女なんだから足は閉じなさい」と言っては、正しい注意であっても台無しである。
よって上記の学ランの女も、サラシにドスを挿しているなどしたら、銃刀法の観点から注意すべきである。

人に苦言を呈する時は、「だらしない」、「みっとない」、「ガサツ」、「迷惑」、「卑怯」、「吐き気を催す邪悪」、など性別に囚われない表現が山ほどある。それを「女らしくない」「男らしくない」などと、「語彙の霊圧が消えた……!?」というような雑なまとめ方だけで今まで通用していた点に、問題がある。
これは短所表現だけではない。「男らしい」「女らしい」といった褒め言葉でもいまだ使われている。

では、男らしさとは何であろうか。「頼りがいがある」、「包容力がある」、「小さなことは気にしない」、「器がでかい」、「チンコがでかい」などが挙げられる。
一番最後以外は、女でもいるはずだし、もちろんチンコがでかい女がいてもいい。

だったら、「○○らしい」という十把一絡げな言い方をせず、具体的に「頼りになる」「チンコがでかい」と褒めてあげた方が、本人にとっても良いだろう。

しかし、「女らしさ」、「男らしさ」という考え方がなくなったかというと、どう見ても根深く残っている。趣味趣向、所作や性格だけではなく、女は、男は、こう生きるべき、というステレオタイプが今も存在する。

一昔前なら、「女は一定の年齢になったら、結婚して子どもを産み育てる」などである。現代は多少変わってきているが、今もこれが大本命として扱われているだろう。
変わったとすれば、「女はある程度したら結婚して子どもを産んで育てながら働く」と、さらに難易度が高くなった点である。
もちろん、そういう生き方が悪いわけではない。逆に男が主夫をしたり、子どもを産めるんだったらキンタマから産んでも良い。

重要なのは、「そうじゃない生き方も本人が選べる」という点である。
しかし、問題は、本人の好む好まざるを抜きにして、「そう」しないと詰む女が、未だに多いというこの社会である。

突然だが、私の会社員としての手取り月給は12万円だ。今の会社に入って8年ほどになるがほぼ変わらず、そしてこれから何十年勤めても変わらないだろう。
つまり私は、会社員としての収入だけでは、老後確実に「詰む女」なのである。そこから脱するには、「ある程度収入のある男と結婚」以外にないのだ。

だが、それは人から言わせれば、「自己責任」である。確かにそうかもしれない。
しかし「自己責任」というと、「定職につかずフラフラしていた」「浪費をしていた」というイメージがあるかもしれないが、私は一応正社員である。地方の事務職というのは、本当にこの程度なのだ。

つまり現代は、「普通に地方の学校を出て普通の地方一般企業の事務職の正社員になり1日8時間働く」ぐらいでは、老後に「詰む」世の中なのだ。「自己責任」のハードルは、世間が想像する以上に高いのである。

それも自己責任となると、「学生時分から、一人で生きていくことを考え、安定した収入と常に需要がある職業に就けるよう行動しなかったのが悪い」ということになる。
果たして全員がティーンの頃からそんな発想に至れるだろうか。もしくはそういう発想に至れる教育をしているだろうか。

そうなると、読みが甘いというより、「社会が厳しすぎる」ような気がする。どんなに読んでも世界が改造マリオ級難易度なら、あらぬところから飛んできた亀の甲羅に当たって死ぬのは当然である。

ゲーム「バイオハザード」には、主人公の性別によりゲームの難易度が変化するという設定がある。男を選ぶとハード、女を選ぶとイージー、またはその逆、等だ。

ゲームならそれで面白くなる。しかし現実は、男に生まれようが女に生まれようが、また男らしい女らしい生き方をしようがしまいが、「イージーモード」なのが良い社会だろう。

女34

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著者プロフィール

カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

1982年生まれ。OL兼漫画家・コラムニスト。2009年に『クレムリン』(講談社)で漫画家デビュー。自身2作目となる『アンモラル・カスタマイズZ』(太田出版)は、第17回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。ジャンルを問わず幅広く活躍しており、主な作品に、漫画『ヤリへん』(小学館)『やわらかい。課長 起田総司』(講談社)『ねこもくわない』(日本文芸社)、コミックエッセイ『ナゾ野菜』(小学館)、コラム集『負ける技術』『もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃』(講談社)などがある。

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