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女って何だ?

カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

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第22回

2017.05.26 更新

育った環境が人格形成に影響を及ぼすことは、紛れもない事実だろう。
そういった意味では、我々には生まれながらにハンデ、もしくはシード権がある。
もちろん生まれる家は金持ちに越したことはないし、親は偉大な人格者である方がよい。

しかし、もし私が今の私のままで、親が福山雅治と吹石一恵だったらどうだろう。
ちょっと冷静じゃいられないし、周りも私の存在にざわつくだろう。なにせ、2人のDNAを皆殺しにしているのだ、文化遺産をダイナマイトで爆破した級の罪人として一生を過ごさなければいけないだろう。

このように、親の影響力が太すぎても不幸になる場合もあるが、しかし最近の歯ブラシみたいに極細というよりは、太いに越したことはないのは確かだ。

余談だが、以前、福山雅治さん宅に女が不法侵入したという事件があった。その時、犯人の女と妻の吹石一恵さんが鉢合わせたという。
片や、福山雅治に妻として選ばれた女と、片や福山雅治の家に不法侵入した女が、正面衝突。トレーラーと原付が勝負したかのような、ベテランでさえ目を背ける現場になったことは想像に難くない。
もちろん勝手に入った方が悪いのだが、同じ、地球、日本、女に生まれて、どうしてこんなことになってしまうのか。どちらかというと犯人の方に、私はシンクロしてしまった。

人にとって環境は大事であるから、恵まれない環境に生まれながら成功した人は美談として語られる。だがそれはごく一部であり、「環境そのまんまで大人になった」というケースの方が多いだろう。

今回は、そんな環境によって作られた女の話である。

【女子校、女きょうだい育ち】
・恋愛ネタに疎く、何なら男は想像上の生き物だと思っている
・よって結婚しにくい
・少女マンガがバイブルで、理想の男子は『ときめきトゥナイト』の真壁くんや、『イタズラなKiss』の入江くん
・男子を意識して行動しないので、恥の程度が低い
・「自虐を制する者、場を制す」の精神で、中心になるには「ナイス自虐」センスが必要
・自分のかわいさをアピールできないかわりに、キャラクターグッズなどでかわいさアピール
・いつまでたっても恋愛ネタが好き、男はすべて恋愛対象にみえる(ただし妄想だけ)
・若く見えたい欲が強い
・少女マンガ育ちの思考回路で、合コン、デートなどの前には「がんばるぞっ」と気合を入れてみる
・仕事とプライベートの境界線が低く、プライベートが周囲にダダ漏れ
・体育会系ノリ、オタク知識が武器になっていた後遺症で、社会に出てもアピールポイントを間違う時がある
・いつ何時でも自己主張する癖があり、人の話を聞かず自分の話をしたり、理由はなくてもとりあえずドヤる。口癖は「でも~」で、話の内容を訂正されても「でも~」と遮る

つまり、周りが女ばかりで男がいないという環境で過ごした女のことである。
しかし私は、「女子校だから」「男子校だから」「共学だから」という根拠はあまり信じていない。
何故なら私は、高校時代共学で、男女比は6:4という、なかなか理想的な環境だったにもかかわらず、高校3年間で男子と喋った回数は「2回」だからだ。

2回なんて、逆に難易度が高いんじゃないだろうか。マリオぐらいの機敏さがないと、3年間で500人はいた男子を避け切れなかったと思うし、もうずっとスター状態だったのかもしれない。
むしろ、「共学という環境に負けなかった」という美談として語ることができる。逆に2回も男子と喋ってしまったのは、「凡ミスでクリボーに当たった」と同じでマイナス点である。

このように私は、家庭には父と兄がいて、学校はずっと共学だったにもかかわらず、メンタル的にはこの「女子校、女きょうだい育ち」と似た部分が多い。

まず、恥の程度が低い。
未だに私は男どころか、自分以外の生物がいるということすら意識していない格好で外に出てしまう。
それにしても「恥の程度が低い」とは良い言葉だ。どんなに罵倒され慣れていても、「あなたは本当に恥の程度が低いですね」と静かな声で言われたら、その日1日は食欲がないだろう。本当に私の担当は胃へのオフェンスに定評がある。
さらに「いつまでたっても恋愛ネタが好き、男はすべて恋愛対象にみえる(ただし妄想だけ)」な部分が色濃く残っている。
恋愛対象とまではいかないが、相手が男であることを強く意識してしまうために、言動が相当気持ち悪いことになってしまうのだろう。そのせいか男友達は皆無だ。

結局「女子校、女きょうだい育ち」という環境は、ただのハンデであり、それも努力しだいでどうにかできるハンデでしかないのだろう。
スクールカーストというのは、女子校にも、共学にも、等しくあるのだろう。多分上位陣、カーストトップは、女子校だろうと何だろうと、男を意識したスタイルをしているだろうし、彼氏も普通にいたはずだ。
ただ、男のいない環境で男を意識した振る舞いをするというのは共学のそれより面倒だろうし、校内に男がいない分、男と出会おうと思ったら行動力がいる。

つまり、女子校のカーストトップは、共学のトップよりさらに強いバイタリティがあるということだ。しかしこのような抵抗力がなく、「女子校」という環境に流された者は、「女子校、女きょうだい育ち」カテゴリの女になっていくのだろう。

しかしこういう女は、男への感覚はアレになってしまうかもしれないが、少なくとも、女社会での生き方はそこで学べるはずなのだ。そしてそれは、むしろ男慣れしているより大きな武器になるだろう。

むしろ共学の方が、男慣れもしないし女社会での生き方もわからないという、私のような「地上最弱の生物」の爆誕率が高いような気がする。

だが上には上がいるのが世の中だ。
つまり、女子校で男と接点がないのはもちろん、女社会での生き方もついぞわからなかった、という者が必ずいるはずなのである。
ここまでくると、「環境を最大限に生かし、さらに環境に流されなかった」という地上最強の生き物である。地の利を生かした戦い方をした上、敵の罠にも引っかからなかったのだから。

こういう女のことは、「ニンジャマスター」と呼ぼう。
ある程度はどんな環境でも自分しだい、そして物は言いようということである。

女22

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著者プロフィール

カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

1982年生まれ。OL兼漫画家・コラムニスト。2009年に『クレムリン』(講談社)で漫画家デビュー。自身2作目となる『アンモラル・カスタマイズZ』(太田出版)は、第17回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。ジャンルを問わず幅広く活躍しており、主な作品に、漫画『ヤリへん』(小学館)『やわらかい。課長 起田総司』(講談社)『ねこもくわない』(日本文芸社)、コミックエッセイ『ナゾ野菜』(小学館)、コラム集『負ける技術』『もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃』(講談社)などがある。

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