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カレー沢薫のワクワクお悩み相談室

カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

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カレー沢先生、子供を産まなくて本当に良いのか不安です。

2019.03.15 更新

「子供は産まなくてはいけない」という暗示から逃れられずにいます。
婚約している彼は「子供は絶対ではない、いなくても二人で幸せに暮らせるだろう」と言ってくれます。私も子供が絶対欲しいというわけではありません。私自身、子供ができにくい体質らしく、「子供が欲しいなら不妊治療は必須」と以前産婦人科医に言われたこともあり、正直頑張って作らなくてもいいか〜と思います。
でも、本当に産まなくていいのか、結婚するなら子供を持つのが普通ではないのか、お互いの両親に孫の顔を見せないで終わるのはよくないのではないか、とどうしても思ってしまいます。
生まれも育ちもド田舎で、この土地を離れたことがなく、古めかしい風習が体に染み付いているようにも思います。そして今後もこの土地に住み続ける予定です。結婚しても子供がいないと、「えっなんで??」とリアクションをされるという事実もあります。
また、過去に長い間付き合っていた人(婚約者とは別の人)に、子供は必ず産んでとことあるごとに言われてきたことも、本当にこれでいいのかと思う原因になっている気もします。
この「産まなくてはいけない」という暗示、どうすれば振り切ることができるでしょうか。

結婚も出産もしたくないならしなくていい、大事なのは自分の思うように生きること、小うるさいジジババどもはどうせ先に死ぬんだから気にすんな。
……というのが最近のムーブメントであり、そう答えるのは簡単なのですが、自分の決断が他人の人生に影響を与える場合、自信を持って「自分の気持ちが最優先」とはなかなか言えないものです。

私もまさに、あなたがなろうとしている子なし夫婦のパイセンです。
私は自分で自分のケツさえ満足に拭けないタイプであり、自分のパンツにウンコがついているのは仕方ないで済みますが、子供のパンツにまでついているのは子供に申し訳ないですし、そういうペアルックで仲良し親子アピールも良くありません。
そしてそんな2人に挟まれた夫も、オセロ方式でそうなってしまわないとも限らないのです。

つまり「子供を持つと、子供を筆頭にみんな不幸になる」という確信があり子供を持たないようにしているのですが、私がそう決断するということは、同時に夫も「子供を持たない」ということになってしまいますし、私の親からすれば「一生孫の顔は見られない」ということになります。
それを考えると、自分は親になれる人材ではないと確信している私でさえ「本当に良いのか」と思ってしまいます。

いくら「他人の言うことなど気にするな」と言っても、配偶者の意思まで「外野のヤジ」と突き放すことはできないでしょうし、親に対して「先に死ぬんだし」とも思えないでしょう。
よって、あなたが自分の意思より、周りを気にして「子供は持った方が良いのでは」と悩む気持ちはとてもよく分かります。

話は変わりますが、私はこのように、相談者が少しでも幸福になれるように道を示す「お悩み相談」などということをやっていますが、もちろんこれは本業ではありません。
本業は「他人の不幸ソムリエ」です。
「他人の不幸ソムリエ」とは、他人の不幸を鑑賞しながらどんぶり飯を食べる、という文字通り「他人の不幸で飯を食っている人」です。
つまり、私に悩みを相談するというのは、人喰い鬼に「うちの村が飢饉で困ってるんです」と相談しに来ているようなものなのですが、おはようからおやすみまで他人の不幸を見守り続けた私だから言えることがあります。

人間は何をやっても不幸になれる。

逆に言えば「人生に『勝ち確』はない」ということです。
アクション映画であれば、味方側にジェイソン・ステイサムが現れた時点で「勝ち確定」ですが、現実では、結婚も出産もステイサムではなく、むしろそれが原因で不幸になっている人間がごまんといます。

産まなくていいのか

不妊治療もすれば必ず上手くいくというものではなく、肉体的、精神的、経済的に負担が大きく、長引くと「どっちが悪いんだ?」というホシ探しがはじまってしまい、子供が出来る前に夫婦関係が破綻してしまう場合もあるそうです。
このように、幸福を手にしようとする道中で不幸になってしまう「何をしても不幸になれちゃうこの俺たちだ」なのです。

よって、子供を持つか持たざるかで悩むのは「どっちの不幸になる可能性を取るか」という「DOTCHの不幸ショー」でしかないのです。

言い換えれば「どっちを選んでも不幸にならないかもしれない」ということであり、もっと良く言えば、子供を持とうが持つまいがワンチャン幸せになれる、ということです。

つまり婚約者殿の「子供は絶対ではない、いなくても二人で幸せに暮らせるだろう」という考えはあくまで「だろう」ですが、非常に正しく、決してあなたの体を気遣って無理して言っているわけではないと思います。
彼がそういうスタンスで、あなたも「いなくていいかな~」という気持ちであれば、わざわざ過酷であろう不妊治療という山に挑んで遭難し、二人別々に下山してくる、というリスクを冒す必要はないのではないでしょうか。

ただ「子供はいなくても良いのでは」という考えも、あくまで「現時点のもの」です。

私には、90歳になる母方のババア殿がいるのですが、最近ババア殿はデイサービスでトランプに興じることがあるらしく、正月に集まったときババア殿が「トランプがしたい」と言い出したため、ババア殿と、私の両親、兄、私、私の夫の「平均年齢58歳」のメンツで、シュール極まりない、良く言えば微笑ましいババ抜きをしました。

そのとき私は「自分が90歳になったとき、私には一緒にババ抜きをやってくれる家族なんかおらず、右手と左手で対戦するしかないんだな」と思い、正月早々かなりひんやりしました。
今は良くても最後の最後に後悔するかもしれないのです。

しかし、ババ抜きしてくれる家族はいなくても、他に相手をしてくれる人がいるかもしれませんし、両足も使って「四人対戦」を実現しているかもしれません。
逆に家族を増やしても「誰一人ババ抜きにつきあってくれない」という、もっと冷える晩年を送っているかもしれません。

全ては可能性であり、ステイサムな選択肢がないとしたら、やはり自分の意思で選ぶしかありません。
もし、周りの圧に負けて子供を作り不幸になったら、家族をはじめとした周りを恨むことになってしまいます。
不幸になり後悔し周りを恨む、というのはこれ以上なく不幸です。
どうせ不幸になるなら自分で選び、仮に良くない結果になったとしても、「敗因はこの私」と言い切れる田岡茂一状態になった方がまだ良いでしょう。

両方を選択することはできないのですから、選んだあとは「これで良かったのか」を考えるのではなく、「これで良いのだ」と思い込む「バカボン力」を高めていきましょう。

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作品について

著者プロフィール

カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

1982年生まれ。漫画家・コラムニスト。2009年に『クレムリン』(講談社)で漫画家デビュー。SNSでは“自虐の神"と崇められ、20本近くの連載を抱える人気作家。近刊はエッセイ『女って何だ?』(小社)。現在クラウドファンディングでコラボカフェの開店を企画中。

作品概要

人間関係、金銭問題、趣味沼……
読者から寄せられる様々なお悩みにカレー沢先生が答えます。

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