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新井素子(あらい・もとこ)

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癒しの水槽

2017.11.15 更新

「はうううう。癒される……」

 最近、私と旦那の週末の過ごし方は、なんか決まっちゃってる。結構勤務時間がきっちりしている私に較べると、旦那の場合、帰宅時間はすっごいまちまちで(しかも予定より早く帰ってくる可能性はほぼない)、その上、土日連続して休めることが、そもそも稀なのだ。(いや、一応、週休二日制なんだよ? そういうことになっている筈なんだよ。)
 だから土日は、ひたすら旦那は惰眠をむさぼって、そのあと、うちから徒歩三十分くらいの処にある熱帯魚屋さんに、散歩がてら二人で行って、二人で水槽をひたすら眺めまくるだけ。(これ、お金もかからないしね。)
 そんでもって、熱帯魚屋さんに行くと、旦那がもう、水槽に順番にはりついて。
「珊瑚っていーよなー、イソギンチャクもいーよなー」
 はいはいはい、いいのは判った、旦那。けど、あんた、海水の水槽だなんて、素人さんが簡単に世話できるもんじゃないよ。
「ああ、これ、エビの仲間だって。透き通ったエビが身をくねらせて……あうう、かわいいっ」
 ごめん、私はこれ、四、五十匹纏(まと)めて佃煮にしたら美味しそうって感想を抱いてしまったんだが……。
「亀! 亀もいーよなー、おっきな亀の上にちっさな亀が乗って、ひなたぼっこしてるー。親亀の背中に子亀が乗って、子亀の背中に孫亀乗って……ああ、癒される……」
 ………旦那。
 会社でストレス溜まってんのかなあ。いやあ、溜まってんでしょう。亀見て癒されるって、いや、そりゃ、亀だって、見方によっては可愛いと思わないこともないんだけれど……普通に見ると……こっから先は、亀差別になっちゃうから、私、何も言わない。けど……そこまで癒されるもんなんか、亀?
「水草! これだけだっていーわー。ああ、揺れている揺れている。光を浴びて光合成なんかしちゃってさ、ゆるやかに揺れている水草……。いーなー」
 熱帯魚屋さん通いをして三週間。旦那が、ついに、水草にまで憧れを抱いてしまった処で、私は、危機感を抱いた。
 旦那。私が思っているのより、ずっと、ストレス、溜まりまくりなのか? いや、そうなんだろう。旦那の熱帯魚屋さん通いは、ついに出なかったボーナスの時期から始まった訳で……旦那の会社、今、色々、大変なんだろうなあ。ボーナスなかったって、ローンとか組んでる旦那の同僚はどうしたんだろうって思うし……実際、報道されてるブラック企業の話を聞く度、旦那、鼻で笑ってたもん。うん、どう考えたって、旦那の勤務状況、報道されているブラック企業よか、ずっと真っ黒。
 いや、前からね。
 旦那は、お魚さんが、好きだったのだ。それはよく判っていたのだ。縁日やお祭りで金魚すくいがあると、絶対にそれをやって、うちに二、三匹の金魚をもって帰ってきてしまうひとだったのだ。
 ただ、五年前から、私が金魚すくいを禁止していたのね。というのは、五年前に、旦那は近所の公園で猫を拾ってしまって(そんでもって、その猫、大家さんに内緒で、こっそりうちで飼っているのだ)、猫がいる家に、金魚を連れて帰るのはまずいってことで。
 けれど。
「なあ、水草なら? これなら、うちの猫だって襲わないと思うし、水槽の中で水草がゆらゆらしていてくれたなら……なら、俺は本当に癒される気持ちになると思うんだけれど……」
 ああ。もう駄目だ。
 なんか、旦那、すっごい追い詰められている感じがする。
 だから。私は、しょうがない、妥協。
「とりあえず、一番安くて、手間がかからない熱帯魚の水槽……作ろうか?」
「え、いいの? 本当にいいの?」
 水槽と、濾過装置と、ポンプと、ヒーターと、お魚さんと、水草と……その他かかる費用を頭の中で概算してみて、うえっとか思ってしまったのだが、旦那がストレスのあまり病気になっちゃうよりは、これはもう、ずっとまし。
「あ、ただ。猫対策だけはちゃんとやってね。熱帯魚飼って、その熱帯魚がうちの猫に襲われましたっていうんじゃ、猫にもお魚さんにも申し訳ないから」
「うん、判った。……ああ、本当に、このお魚さんがうちにいてくれたら……俺、癒されるよなあ……」
 てんで。旦那は、初心者用の水槽セットを買った。(ちゃんと蓋があって、絶対に猫が中のお魚さんを襲えないような奴。)セット買って、まず一週間、水を作って、それから、グッピー四匹と、ネオンテトラ二十匹を買った。
 うちは賃貸マンションの二階、小さな2LDKなんだけれど、幸いなことに角部屋で、角に面したリビングには出窓なんかがある。その出窓に、この水槽を置いて、その水槽の中に、グッピーとネオンテトラを放した時、本当に、旦那は、嬉しそうだった。(いや、最初は私、窓辺に水槽を置くのは嫌だったのだ。なんか、水槽のガラスで光が屈折して、火事なんか起こすのが怖くって。でも、旦那が強行しちゃったの。うちの窓は北向きだし、窓の脇にはもの凄く大きな木が生えていて、確かに日当たりかなり悪いし、ま、大丈夫かなってことで。それに、お魚さんに窓ガラス越しとはいえ、外の世界を見せてあげるんだって、旦那は妙に嬉しそうだったし。)
「ああ……泳いでいるお魚さん達……癒される……」

          ☆

 さっきまで、世界がぐるんぐるん異常な感じで動いていたので。
 今、やっと、世界が落ち着いて、そしてしばらく時間がたったので。
 僕は、ふうって、息をつく。
 一体、何だったんだろう、あれは。
 僕達がはいっている水越しに、変なものが一杯見えた。水槽の中にいた時には見たことがないような色彩の塊とか、訳判らないものが沢山。そして、それが! 水槽の中からは、見える世界が一定していたんだけれど、このぐるんぐるんしている世界は、それが、もの凄い勢いで変わってゆくのだ!
 ……それまで、僕は、普通の世界の中に、いたんだよね。大きな水槽の中っていう、普通の世界に。
 けれど、その世界の中に。
 いきなり網がはいってきたのだ。
 そして、僕は、掬われた。仲間も一緒に、掬われた。
 いや、今まで。
 僕がいる水槽の中に、いきなり網がはいってきちゃって、僕の仲間が掬われるっていうことは、過去、何回も、何回も、あったのだ。
 だから。
 世界っていうのは、そういうものだって、僕は、判っていなかった訳じゃない。
 世界というのは、そもそも、安定しているものではない。
 いきなり、“網”がはいってきて、世界の中にいる僕達魚を掬ってしまうもの。
 そして、掬われてしまった魚がどうなるのかは……残されている僕達には、判らないもの。
 うん。
 ちょっと表現は違うかも知れないんだけれど。
 それまで僕は、網に掬われてしまうこと・イコール・死んでしまうこと、だって、思っていたんだ。
 いや、だって。網に掬われた魚がどうなるのか、僕にはまったく判らなかったし、それを判っている仲間はたったの一匹もいなかった。と、いうことは、“網に掬われる”イコール“死”だって思って、そんなに変なことはない筈。
 けど。
 どうやら、“網に掬われる”イコール“死”では、ないみたいなんだよね。
 だって、僕は、まだ、生きているもの。
 そして、まったく違う世界に来てしまった。
 違う世界に来てみて、驚いた。
 ここは、とても狭い、水槽だ。そして、この狭い水槽のガラスを通して、外の世界が見えるんだけれど、この世界が、とっても、変。
 前にいた大きな水槽の世界は、水槽の隣には別の水槽があった。その隣も水槽で、ずっとずっと水槽で……世界というのは、水槽の集まりでできているものだと、僕は思っていた。そんで、水槽毎に、違う種類の魚達が泳いでいるもの。
 ところが。この小さな、狭い水槽から見える外の世界には……水槽が、ない! それどころか、“何が何だか判らないもの”が、山のようにあるんだな。主に四角いもの、中心に。
 長っぽそい柔らかそうな四角いものとか(この上に、ヒトが時々座ったり寝っころがったりする)、かっきりとした四角いものとか(この上に、時々ヒトは、いろんなもの並べて……ああ、あれは、食事をしている、のかな?)、やっぱりかっきりとしたちょっと小さい四角いものとか(食事の時、ヒトはここに座っている)、奥の方にあるのは、謎の四角いものだ(プチって音がすると、いきなり灯がつく四角いもの。そんで、その四角いものの中には、いろんな光景が映ったりする。)
 ただ。
 これはまあ、水槽のかわりに、“四角いもの”がある世界だって思えば、了解できる。
 以前にいた、大きな水槽の世界は、とにかく水槽が連なっていて、その水槽の中では、魚が死んじゃったり、新しい魚が来たり、網がはいってきて中の魚を掬ってしまったり、いろんなことがあったけれど、水槽自体は、安定して、そこにあった。
 おんなじことで、この世界でも、ヒトが動いていたり、ヒトがいなかったり、ヒトじゃない動物がいきなり現れたり、いろんなことがあっても、でも、四角いものがある世界自体は、安定している。
 けれど。
 驚くべきなのは……四角いものが、ない方の、世界。
 僕がはいっている小さな水槽の、片方の面からは、四角いもので構成された世界が見える。でも、逆側の面には。
 超越的に巨大な水槽があるのだ。
 僕は、ガラスで構成されている水槽の中にいる。で、片側には、四角いもので構成されている世界。そして、その逆側には……僕のはいっている水槽のガラスから、ちょっと間をおいて、もう一枚、ガラスがあって……ガラスがあるということは、その向こう側に広がっているのはあきらかに“水槽”の筈なんだが……その、ガラスの向こうの世界が……広いったって、広いったって、程があろうってものだったのだ。
 どんなにがんばって目をこらしてみても。その巨大水槽のしきりになっている、水槽の壁が、見えない。判らない。
 また、この“水槽”の中の水草は、とても、変だ。
 なんだかとっても頑丈そうなのだ。水流の影響を受けないのかなあ、ゆらゆらと揺らぐことがないし……逆に、この水草が揺れる時には、もっと、なんか、暴力的な感じで、揺れているのだ。しかも……信じられないくらい、でかいし。
 また。この水草には、時々、変な生物が来た。ヒトではないし、僕達の仲間である魚とも思えない、体全体に毛が生えている、変な生き物。それが、羽毛に覆われたヒレをぱたぱた動かして、時々水草にとまったりするんだ。
 こいつらの動作を見るにつけ……僕は、とっても変な疑問を抱いた。抱いてしまった。
 この巨大水槽の中……ひょっとして、水、ないの、かな?
 いや、以前の世界、水槽が連なっている世界にいる時も、ちょっと、思った。
 水槽の外にいる生き物、ヒトっていうものは……ひょっとしてひょっとすると、水がない世界で生きているのか?
 この思いは、今では確信になってきている。
 ヒトというのは、水がない世界で生きている、変な生き物なのだ。
 何故って。小さな水槽から見える、四角いもので構成されている世界、そこが水に満たされているとは思えない事象が、多々、確認できたから。(一番簡単な例を挙げると、四角いもので構成されている世界には、水がある世界なら当然ある、“浮かびあがってしまう力”っていうものが、まったくないのだ。ものの動き方が、水があるとしたら、とっても“変”なのだ。)
 ひょっとしたら、水がない世界に住んでいる生き物。そういう生き物がいる、ガラスの向こうにある巨大水槽の世界。
 そんなことを考えると……考えると……ああ。
 僕は、この小さな水槽の世界に来てから、ずっと、ずっと、四角いもので構成されている世界の逆側、巨大水槽の方を、見ていた。見て、時間を、過ごしてきた。
 いや、だって。
 どんな言葉を遣おう。どんな言葉なら、この感覚を表現してくれるんだろうか。
 よく判らないんだけれど……。

 前に。水槽が連なっている世界にいた時。
 この水槽の連なりに、外国から来た魚がはいったって話を、水槽づてに、漏れ聞いたことがある。
 その時の話によれば。
 アマゾンだかどっかだかって処の、“海”か“川”で捕獲されたその魚(って、“海”とか“川”っていうのが何だか、僕は判らないんだが)、水槽の中の僕達を、随分莫迦にしてくれたらしい。
「おまえら、それで、生きてんのか?」
 って聞かれても、返事に困る。勿論、僕達は生きている。
「エサ、全部人間がくれんだろ?」
 ……違う御飯のとり方があるのか? そもそも、その辺からして、僕にはよく判らない。御飯というのは、ヒトがくれるものではないのか。
「はっ。すっかり餌付けされちまってんのな」
 って……僕達は、生まれたのがこの水槽の中で、最初っから御飯はヒトがくれるものであって……それにどんな問題があるんだか、これは全然判らない。
 こんな僕達の反応が、おそらくは、この“捕獲された魚”にしてみれば、とっても不甲斐ないものであったようで、“捕獲された魚”、どえらく僕達を莫迦にして、それが不快だったので、この魚の話題は、すぐに僕達の間ではでなくなった。(この魚が、僕達と口をきくのをやめたのか、あるいは、この魚、網に掬われてしまったのか、最悪死んでしまったのか、その辺の処はよくわからない。)
 でも。
 この魚の言葉は……少なくとも、僕のことを、傷つけた。
 僕は、この魚の言葉を聞いて、傷ついてしまったのだ。
 なんか、とっても不条理なことを言われた気がして……なのに、反論が、できないような気持ちもして。
 そして、今。四角いもので構成されていない、巨大水槽の向こうを見ていると……時々、僕は、この魚の言葉を思い出す。
 こっちの巨大水槽の中の生き物は……どうも、なんか、みんな、ヒトから御飯をもらっていないらしい。この巨大水槽のガラスには、時々、魚ではない、ヒトでもない、毛も生えていない、小さな生き物が激突していて、時々、巨大水槽の壁にはりついているぬめっとした生き物が、こいつを襲って喰っているのだ。(四角い世界にいるヒトがいうには、これ、虫ってものとヤモリってものらしい。)それに、四角い世界にいるヒトも、もっと大きなヒトから御飯をもらっている訳ではない。自分で御飯を作っているらしいし……その御飯も、自分でとってきているらしいのだ。
 エサ、全部ヒトにもらっている……自分で御飯をとらない、僕って、恵まれているのかなあ? あの、アマゾンの魚が言ってたように、これでは僕、“生きている”って言えないのかも知れないなあ。
 でも。
 自分で御飯をとる生き方は、なんだかとっても大変そうだ。
 巨大水槽の中には、ほんとにでっかい水草があって(緑の部分だけじゃなくて、茶色いぶっといものが、この水草を支えている構造なんだよね、これはもう、水草って言うのは、多分違うのかも知れない)、そこには小さな生き物が一杯はっていて、結構みんな、死んだり殺されたり殺したりなんだりしているんだ。それが、ここからでも見てとれる。
 これ、見てると……。
 ちゃんと毎日御飯をくれて、時々水槽を掃除してくれるヒトがいない世界。自力で御飯をとらなきゃいけない世界。いや、多分、御飯をとるだけじゃなくて、他のこともみんな自力でやらなきゃいけない世界。
 そんな中で生きてゆくのは……とっても大変なんだろうな。
 そう思うと、僕はまた、ちりって心のどこかが傷つくのを感じ……でも、同時に。

 巨大水槽。ひょっとしたら水がないかも知れない巨大なガラスの向こうの世界。
 そこに、自分がいないことが、嬉しいのだ。自分は、毎日ヒトに御飯をもらえる、水槽の手入れもしてもらえる、それがとっても嬉しいのだ。いや、この水槽は、前にいた処に較べると、とっても狭くて、仲間の数も少なくて、そういう意味では不満がない訳じゃないんだけれど、そんな不満を吹き飛ばしてくれるのだ。巨大水槽の眺めは。
 今なら、正しい言葉が言えるかも知れない。

 ああ、癒される。
 この巨大水槽を見ていると、アマゾンの魚に傷つけられた、狭い水槽に閉じ込められている、僕の気持ちは、癒されるのだ。
 だって。
 あっちよりは、こっちの方が、ずっと、ずっと、ましだもん。

          ☆

 うちに水槽が来てから半年弱。旦那の精神状態は、ちょっとは上向きになってきた。
 ただ、会社から帰るとまず水槽にはりついて、思いっきり「癒されるー」って呻き、それからずっと猫を構っているんで……「あんたの癒しはお魚と猫かよっ! 私は眼中にないんかいっ!」って言いたくなることも、ない訳じゃないんだが。
 けど、ま、旦那の気持ちが上向きになるに越したことはないもんね。
 それに。(実はこっちの方が、旦那の精神状態が上向きになった本当の理由かも知れないんだが)旦那の会社も、徐々に徐々に持ち直してきたみたいで、先月、金一封程度のものだったけれど、一応、ボーナス、出たし。
 ……まあ……めでたし、めでたし、ですかね。

「ああ……癒される……」
「癒される……」
 かくて、そして。
 今日も、ガラスを挟んで、水槽のあっちとこっちで、そんな言葉が囁かれるのだ。

                    〈FIN〉

【お知らせ】
今年、2017年は新井素子さんが作家としてデビューしてからちょうど40年目に当たります。
新井素子先生のデビュー40周年をお祝いするパーティが、新井先生のファン有志の方によって開かれるそうです。
詳しくは「新井素子研究会」Webサイトへ!
http://d.hatena.ne.jp/motoken_info/20170830/p1

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著者プロフィール

新井素子(あらい・もとこ)

1960年東京都生まれ。立教大学ドイツ文学科卒業。77年、高校在学中に「あたしの中の……」が第1回奇想天外SF新人賞佳作に入選し、デビュー。少女作家として注目を集める。「あたし」という女性一人称を用い、口語体で語る独特の文体で、以後多くのSFの傑作を世に送り出している。
81年「グリーン・レクイエム」で第12回星雲賞、82年「ネプチューン」で第13回星雲賞受賞。99年『チグリスとユーフラテス』で第20回日本SF大賞をそれぞれ受賞。
『未来へ……』(角川春樹事務所)、『もいちどあなたにあいたいな』(新潮文庫)、『ダイエット物語……ただし猫』(中央公論新社)、「星へ行く船シリーズ」全5巻(出版芸術社)など、著書多数。

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