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新井素子(あらい・もとこ)

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王妃様とサミ

2017.05.15 更新

 昔々。とある処に、王国がありました。勿論、王国ですから、王様がいます。ですが、その王様が、まだ三十代半ばだというのに、いきなり病を得て、亡くなってしまわれたのです。
 残されたのは、十歳の王子様と、もっと稚(いとけな)い第二王子、そしてまだ赤ちゃんの姫です。
 この王子様は、確かにまだ、とても幼くはありましたが、王国の世継ぎです。すぐさま、即位され、王子様は王様になりました。(もちろん政務は重臣達が執り行っております。)それにともなって、今まで王妃様だった方は、王大后様になり、すぐさま、隣国の王女様が、輿入れすることに決まり、この国には、新たな王様と王妃様ができたのです。(輿入れをしてきた王女様は、そもそも三女でして、言い方は何ですが、“そういう存在”だったのです。長女の姫は、普通長男の王子様がいますから、自分の王国を継ぐことはまずないのですが、兄弟に万一のことがあった場合、重臣の息子を夫にして、女王になる可能性があります。ですから、そういう教育をされています。けれど、次女、三女は、基本的に、輿入れ要員。近隣の国に、王妃として輿入れする為に、育てられています。ですので、この結婚は、関係者みんなが納得していたものだった訳です。)
 ですが。
 ところが。

          ☆

 この国に来て以来。
 王妃様は……とっても……とっても……とっても……あの、何、だ?
 とっても、いわく言いがたい感情を、抱いていたのです。
 何なんだろう、この感情。
 自分でもよく判りません。
 自分は、よその国の王様に嫁ぐのだ、それが自分の仕事なんだって、子供の頃から言われておりましたから、今、この国の王様に嫁いだこと、それ自体には何の疑問もありません。ですが……あの……この、今、自分を覆っている、この、感情は、何? 何だか、透き通っていて、少し青くて、よくよく見ると心が震えそうになる、直視するのが辛い、こんな感情は、何?
「サミ、だよ」
 王妃様のお住まいは、王宮の一番奥にあります。ですので、この言葉を聞いた瞬間、王妃様はとても驚きました。いや、だって、侍女や、それこそ王様を除くと、自分に声をかけてくるひとなんて、この部屋にいる訳がないのに。
 なのに、今、声が聞こえてしまいました。だから、慌てて。だから、驚いて。
「あ、あなた、誰」
「だから、サミ、だよ」
 見ると。
 ちっぽけな、いかにも貧しげな姿をした子供が、視界の中にいました。……え……いつから。どうやって、この王宮の、それも最奥にある筈の、この部屋まで、この子供はこられたんでしょうか。
「あ……」
 こんな処に、王様でも侍女でも重臣でもないひとがいる。これはもう、ただそこにいるだけで、死に値する罪でしたので、王妃様は、叫ぼうとします。叫ぶ為に息を吸います。
 ですが。
 結局、王妃様は、叫びませんでした。
 何故なら、叫んでしまうと、必ず近習のひとが来てしまい、その場合、この子供は間違いなく死罪になるでしょう。それが……なんだか……いささか、しのびないような気持ちがして。まあ、そこにいたのが、大人ではなくて、ほんとによるべない子供にしか見えなかったからだっていう理由も、あったのでしょうが。
 それに……実は、まったく違う理由も、ありました。王妃様は、誰かと会話をしたかったのです。
「あの……あなたは、誰」
「だから、サミ、だよ。そう言ったじゃない」
「で……何でここにいるの」
「王妃様が呼んだから。だから、来ました」
 え。間違いなく王妃様、こんな子供を呼んでいません。だから。
「呼んでなんていないわ、わたくし」
「呼んでるよー」
 子供、なんだかちょっと拗ねたような雰囲気になると、唇を尖らせて。
「王妃様、お輿入れした時からずっと、なんか、いわくいいがたい、透き通った青っぽい感じがしているんでしょ? それ で、胸のあたりが、ずっとずっと痛かった」
 あ。言われてみれば。確かに王妃様、胸のあたりがずっとずっと痛かったのでした。
「その“痛み”はね、“寂しい”っていうんだよ」
「え……」
「王様はまだ十だから。王妃様より五つも年下だから。そもそも、子供の場合、男の子の方が女の子よりずっと幼いから。結婚しても、王様は、王妃様のこと、ずっとずっと放っていたんだよね? 結婚したのに、ずっと放っておかれる王妃様が、どんなこと思うか、王様はまったく考えていないんだよね? だって、まだ王様、十だもん、友達と遊ぶ方がずっと大切で、その方がずっと楽しい」
 その方がずっと大切で、ずっと楽しい。確かにそう言われてしまうと、王妃様、心の奥がずきんとして、胸に痛みを感じたのでした。
「あ……確かにわたくし……王様が、わたくしといるよりも、お友達といる方が楽しいって思ってしまったら……胸が、痛いわ」
「うん。それが、“寂しい”って感情なの。んで、僕は、サミ。寂しいっていう感情が大好きで、寂しいひとの処に寄り添う、それが、僕」
「……え……」
「王妃様が感じたのが、“寂しい”っていう感情で、それのことを、僕は、“サミ”って呼んでいる。んでもって、“サミ”があるひとの処に近づいていって、そのひとに寄り添う、それが、僕。だから、僕のことは、“サミ”って呼んでください」
「え……え……え……」
 寂しい。
 言われた瞬間、なんだか王妃さまは、腑におちた気がしたんです。
 ……ああ、そうか。
 わたくしは、寂しかったのね。
 このお城に輿入れしてきたんですもの、わたくし達は夫婦なんですもの、わたくしと王様は、確かに毎日会ってはいる。でも、王様はわたくしに、毎朝微笑んでくださるだけ、この国のみなさまはわたくしのことを優しい目で見ているだけ。母国を出る時に、ばあやとはお別れをした、ばあやはわたくしの嫁ぎ先にまでついてきてくれない(ついてくることができない)、そして、母国からついてきてくれたわたくしの侍女達は遠ざけられた。新たについてくれたこの国出身の侍女達には、まだまったくなじめていない、あちらも、遠慮してか、わたくしが声をかけるまではまるで彫像のように近くで控えているだけ。
 ああ、だからわたくし、もう何日も、人から微笑みかけられるだけで、普通の会話っていうものをしていないのね。
 何日も、普通の会話をしていない。
 そう思ったら、何だかたまらなくなってしまいました。
 ああ、寂しい、寂しい、寂しいっ!
 溢れ出る感情。
 その時、王妃様は、多分、泣いてしまったのだと思います。
「それにね」
 なんだか、とっても優しく、サミは言います。
「王妃様だって、まだ、たったの十五なんだよ。王様が子供なのと同じで、王妃様だって充分子供。だから、寂しくったって、泣いたって、どうしていいのか判らなくたって、それはもう、当然」
 こう言いながら。サミは、優しく、優しく、王妃様の髪の毛を撫ぜてくれたんです。
 これがとっても嬉しくって。
 うん、そうです。
 自分の一番の腹心の友であるばあや、自分のことを養育してくれたばあやを除けば、侍女の中にだって、王妃様の髪を、こういう風に撫ぜてくれたひとはいませんでした。結い上げてくれるひとはいても、優しく撫ぜてくれるひとはいませんでした。だって、侍女がこれをやってしまったら、それは、“不敬”ですもの。
 ですので。
 ここで、また、王妃様は、泣いてしまいました。
 泣くと、なんだか、心が軽くなったような気持ちがして……。

          ☆

 この後は。
 サミは、ずっと、王妃様に寄り添ってきました。
 王妃様が泣くと、宥める。王妃様が悲しむと、慰める。王妃様が哀しい気持ちになると、それを上向くようにしてくれる。
 その間、王様は、まったく普通に過ごしていました。いや、王様、まだ子供でしたから、王妃様が寂しがっているだなんて、そもそも思い付いてもいなかったのですね。
 不思議なことに、サミの姿は、王妃様のお部屋に出入りする侍女や王様には、まったく見えなかったらしいのです。しかも、サミは、王妃様がいて欲しい時にはいるのに、ついさっきまでそこにいても、王妃様がいて欲しくない時にはまったく姿が見えなくなってしまう、その上、どこで寝ていて、何を食べているのか、まったく判らない。
 ……サミって……人間じゃ、ないのかも。
 王妃様はそう思いましたが、そんなこと、サミに問いただすのも何だか妙な気がしましたので、そこは、ぐいっと、のみこんで。
 サミは勿論、食べないんですが、甘いお菓子とか、庶民の口にはなかなかはいらない高級なお肉とか、サミの年頃の一般の男の子が好みそうなものを用意して、王妃様は、サミと付き合います。
 もう、今となっては、サミがいない人生なんて、考えたくもないんです。
「ね、サミ、とてもおいしいケーキをいただいたのよ。あなたも是非、いかが」
「サミ、これは南方のお菓子なの。油で揚げているから、とても腹持ちする処がいいんですって。あ、“腹持ち”っていうのは ね、これを届けてくれたひとの言った言葉。なんだか、これを食べると結構長いことお腹がすかないっていう意味らしいの。変、よね? だって、すぐにお腹がすいた方が、次の御馳走を食べられて嬉しいのにね」
「燻製、って、判るかしらサミ。これは、そういう手法で処理したお肉らしいの。不思議な味がして、おいしいのよ。どうぞあなたも食べてみて?」

 そして。やがて。
 ついに、サミのことが、王国で問題になったんです。

          ☆

「うちの王妃様に、どうやらサミが接触しているらしい」
 とある日。閣議で。王様が退席したあと。こんな話題が出たんです。
 “サミ”というのは、どうやら政府高官の間ではよく知られていた存在らしく、ちって舌打ちするひとが、何人か。
「来たのか、サミ」
「いや、私達が把握していなかっただけで、どうやら随分前から、王妃様の処にサミはいたらしいんだ」
「……まあ……来てもしょうがないか。王様、王妃様が嫁いで来たあと、ほんっとに長いこと王妃様のことをほったらかしていたもんなあ。さすがに、あれでは、サミが来る」
「ここの処、王妃様、子供が好みそうなお菓子を手を尽くして探しているようなんだ」
「子供が好みそうなお菓子? 王妃様が、手を尽くしてお菓子を探している? ……それは、間違いなくサミだ。あいつは子供みたいに見えるらしいからな」
「これが隣国に知られたら、サミがいることはすぐに露顕してしまう」
「それは、まずい」
「わが国が王妃様をないがしろにしているという印象を、隣国に与えてしまう」
「では、例によって例のごとくの対策を……」

          ☆

 その翌日。いつものように、朝、王妃様に儀礼的な挨拶をして、そのあと、上流階級の子弟達と遊ぼうと思っていた王様、大臣に引き止められます。
「王様。とんでもないことが判りました。わが国の王妃様に、サミという名の魔物が祟っております」
「え? ……ま……もの?」
 引き止められた時は。今日は友達と五人揃って、誰が的の中心に、一番最初に矢を射かけることができるのか、そんな勝負をするつもりだったので、大臣の台詞を聞き流そうとした王様だったのですが、“魔物”という単語が、注意をひきます。
「はい、魔物です。王家のものに、時々とりつくことがある魔物です。王妃様を刺激して、寂しいという気持ちを増幅させる魔物です。この魔物にとりつかれたひとは、どんどん、寂しい気持ちが増していって、ずんずん寂しくなってしまうんです」
 あ。
 この時、王様、初めて思い至りました。
 結婚してから今まで。
 自分は、王妃様と、朝、挨拶をするだけ。
 いや、実の処、王様はもっとずっと王妃様とおしゃべりをしたかったのでした。でも、それが、できませんでした。
 何故って、王妃様ったら、とってもきれいなお姉さんで、巻き毛がくるくるしていて、王様は、是非、それをいじってみたかったんですが、そんなことしたらきっと王妃様は気を悪くする、そう思うと何も言えない……いえ、そもそも、きれいなお姉さんの前に出ると、まして、そのひとが自分の妻かと思うと、まだ子供だった王様、怖じ気づいちゃって、何もできなかったんです。だから、挨拶以上のことはできなくって、挨拶しかできないから、自分のことにばっかり集中してしまって……。
 でも。考えてみたら、王妃様、腹心のばあやもいない状態で、うちの国に嫁いできた訳で……こんな状況で、自分が王妃様と、挨拶しかしない関係でいたら……王妃様、とても、とっても、寂しかったんじゃないだろうか。
 それに思い至った瞬間、王様は、頭が煮えたぎるかと思いました。こんな状態の王妃様にとりつき、祟る、魔物?
 自分が王妃様を放っておいたのが悪いんだ、心のどこかに、そんな自覚がありましたから、余計に、煮えたぎる、感情。
 そんな王妃様にとりついて、そして王妃様をもっと寂しい気持ちにさせる魔物だなんて……許すまじっ!

 ずんずんずんずん。
 とにかく王様は歩きます。歩いて、王妃様の部屋へ行って、ノックも何もなしに、ばたんとドアを開けて。
 するとそこには。
 王妃様と一緒に、なんだか貧相な男の子がひとり、いました。しかも、その貧相な男の子は、王妃様の髪の毛を優しく撫ぜていたんです。
 それを見た瞬間、王様、爆発。
「無礼であろう。そちは、何故、ここにいるのだ」
 いや、この場合、一番最初に王様がしなきゃいけないことは、“誰何”ですね。“おまえは誰だ”っていうのが正しい質問なんですが、サミがいるって最初っから知っていた王様、それをすっとばかします。
「判っているでしょう」
 サミは、こう言って。その瞬間、王妃様はとても驚きました。何故ってサミは、いつだって自在にその姿を消せる筈で、今、ここにサミの姿があって、サミと王様が会話をしている、それがそもそも“変”でしたから。
「王様が、王妃様をとても寂しくさせている、だから、僕はここにいるんだよ」
「余のせいだと言うのか」
「いや、そこまでは言わないけれど。でも、半分くらい、そういう部分もあるんじゃないかなあって、サミは思うよ」
「それは、間違いじゃ」
「なの? でも、王妃様がとっても寂しいから、だからサミはここに来たんだよ」
「やはり、そちがサミかっ!」
「うん、サミだよ」
 ここで。幼いながらも王様、必死の思いで剣を抜きます。そして、サミに切りつけようとして。
「王様! おやめくださいませっ!」
 王妃様が叫んだので、王様の手は一瞬止まります。
「サミは、サミは、悪いことなんて何もしておりません」
「王妃! そなたはこれがサミだって知っていたのか?」
「あ、はい、最初にそう名乗られましたから。ですが……」
「判っておるのかっ! サミというのは、王家にとりつく魔物じゃっ!」
「え……」
 この言葉は、本当に意外でしたので、王妃様、目をぱちくり。
「王家のものにとりついて、寂しいという思いを増幅させる魔物、それがサミじゃっ!」
「……え……じゃあ、じゃあ、わたくしが寂しいのは……」
「うん、サミのせいだよ」
 あっけらかんとサミがこう言ったので、王妃様は本当に驚いてしまいます。
「え、だってサミ、えっとあなたは、寂しいひとに寄り添って……」
「うん、寂しいひとに寄り添って、そのひとを、より寂しい気持ちにさせるのが、サミ。寄り添えば寄り添う程、そのひとが寂しくなってしまうのが、サミ」
「……え……。え、え……え……!」
「許すまじっ!」
 王様はこう言いながら、今度こそ思いっきり剣を振り抜いたのですが、その瞬間、サミの姿は消えていました。そこで王様、しばらく、あっちを見、こっちを見、きょろきょろしてから、ようやく。
「王妃。サミに何かされなかったか?」
「あの……王様……本当にサミは、わたくしのことを、寂しくさせていたのですか……?」
「ああ。サミとはそういう魔物だと、余は聞いておる」
 ここで王様、王妃様に近づいて。ずっとずっとやりたいと思っていた、王妃様のくるくるの巻き毛に、手を伸ばします。優しく、その巻き毛を撫ぜてあげます。
「……でも……王様……サミは、わたくしが本当に寂しくなった時、わたくしの髪を優しく撫ぜてくれて」
「そんなことは、余がやるっ!」
 嚙みつくように王様はこう言うと、優しく、よりは、もうちょっと荒々しく、王妃様の体を抱きしめました。
「そもそも、余ではないものが、王妃に触れるのは不敬じゃっ!」
「あ……それは、そう、ですね、そう、でした」
 十歳の王様と十五歳の王妃様。どちらも、うぶなことではどっこいどっこい。
 そして、王様は王妃様を抱きしめ、王妃様はそんな王様の背中に手を廻して……。

          ☆

 王宮の屋根の上で。
 サミが、体を丸めて膝を抱えて座っておりました。
 自分の感情を見つめながら。
 少し青くて、透き通っていて、見つめるのが怖くて、でも、見つめていると心の奥が痛くなる。そんな感情――寂しさ。
 確かにサミは、魔物です。
 “寂しい”っていう心をもっているひとがいると、必ずやってきて、寂しいひとに寄り添ってしまう魔物。寂しい心が大好きな魔物。でも、サミが寄り添ったひとは、サミが来る前より、ずっとずっと寂しくなってしまうんです。うん、そういう魔物。寂しさが大好きで、そして、寂しさをより増幅させてしまう魔物。
 けど、いつだってサミは、ほんとに、心から、寂しいひとを慰めてあげたかったんです。だから、どうしたって寂しいひとに寄り添ってしまう。ですが、サミが寄り添えば寄り添う程、そのひとの寂しさは大きくなってしまう。
 だから。いつの間にか、サミと、各国の上流階級の間には、お互いに言葉にはしない、でも存在する、変な互恵関係のようなものができてしまったのですね。うん、例えば、今回のように。
 寂しいひとがいる。サミが行く。サミが寄り添う。余計そのひとは寂しくなる。頃合いを見計らって、介入がある。サミは退治される。そんな、ふりをする。場合にもよりますが、それで、サミを呼んだひとの寂しさは、薄れる可能性が高い。
 特に。
 今回の場合は、王妃様が若かったので、本当に透き通った青の“寂しさ”でしたから。十数年を連れ添って、子供もいるような中年の夫婦の間に生まれた、いろいろな色が混じった深く濁った青ではない、長年連れ添って、寿命で連れ合いが亡くなってしまった、老人夫婦の残された方に生じる、諦観の黒が混じった暗い青でもない、本当に透き通った、きれいな青の“寂しさ”でしたから。
 この“寂しさ”は、サミが退治されたふりをすると、解消できる可能性が、かなり、高い。
 サミは。ほんとのこと言って、寂しいひとを、より寂しくは、させたくないんです。心から、寂しいひとに寄り添って、そのひとの“寂しさ”を軽減してあげたい。でも、サミが行けば行く程、そのひとは寂しくなってしまう、うん、だって、そういう魔物なんですもの、サミ。
 また。上流階級の間では――特に、王家では、サミがやってきてしまう確率が、他のどこよりも高かったんです。まあその……普通の庶民は、サミに寄り添ったり寄り添われたり、そんなことする前に、まず、“生きてゆかなきゃ”いけないですからね。はっきり、きっぱり、“寂しさ”なんかにひたっているゆとりがないのが、普通の人々。
 だから、サミが現れるのは、昨今、各国の王家が主だって話になり……そして、こんな、互恵関係ができてしまった訳なのですが。
 ですが。
 サミの、“気持ち”は、また、別ものです。
 まあ、今回の場合。王様も王妃様も、とってもとっても稚かったから。だから話はとっても単純になったのですが……サミを退治したと思った王様と王妃様は、このあとずっと仲良くなるでしょう。そして、王妃様の“寂しさ”は、解消される筈なんです。
 けれど、サミの、寂しさは。

「青くって、透き通っていて、見るのが嫌で、怖くて、でも、見ずにはいられない。そして、見たら、胸の奥が痛くなるんだ」
 うん、これが“寂しさ”だっていうことを、サミはよく知っています。おそらくは、この世の誰よりも、よく、知っています。
 その感情が、あんまり切なくて、あんまり辛くて、あんまり可哀想で。だから、サミはそういうひとに必ず寄り添うんですが……ですが。
 サミ自身の寂しさがなくなること……いつか、こんなサミに寄り添ってくれるひとがあらわれること……それだけは、多分、永遠に、ないんです……。

                    〈FIN〉

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著者プロフィール

新井素子(あらい・もとこ)

1960年東京都生まれ。立教大学ドイツ文学科卒業。77年、高校在学中に「あたしの中の……」が第1回奇想天外SF新人賞佳作に入選し、デビュー。少女作家として注目を集める。「あたし」という女性一人称を用い、口語体で語る独特の文体で、以後多くのSFの傑作を世に送り出している。
81年「グリーン・レクイエム」で第12回星雲賞、82年「ネプチューン」で第13回星雲賞受賞。99年『チグリスとユーフラテス』で第20回日本SF大賞をそれぞれ受賞。
『未来へ……』(角川春樹事務所)、『もいちどあなたにあいたいな』(新潮文庫)、『ダイエット物語……ただし猫』(中央公論新社)、「星へ行く船シリーズ」全5巻(出版芸術社)など、著書多数。

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