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新井素子(あらい・もとこ)

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守護者

2017.06.15 更新

「ビンゴー」
 という言葉が、僕が意識を持った時、最初に認識した音だった。
「はい、ビンゴでました。はいはいはい、そこで手を挙げているお嬢さん、前に来て」
 てんで、将来的に僕の持ち主になる十和子ちゃんがやってきて、みんなの前で、ちょっと上気しながら、御挨拶。
「えっと、佐竹十和子です。……なんか、いきなりビンゴあてちゃっただなんて、今日、初めてここに来たのに、なんかすみません」
「いや、いやいや、そんなこといーから。そんでは、一位の賞品は……ジャーン、消火器、ですっ!」
「……え……?」
 こう言われた十和子ちゃん、なんだかもの凄く悩んでいる感じ。いや、だってまあ、飲み会ビンゴ一位が消火器って……確かに、こりゃ何だ、だよ、ねえ。
「はい、消火器です。火を消す為の道具である、消火器、ですね。間違っても胃腸みたいな、食べたものを消化する消化器じゃないですから、そこの処、間違えないようにね。さすがに胃腸はあげられません」
 こんなこと言われて、十和子ちゃん、目をぱちくり。これは、大学のサークルのビンゴ大会で、誘われて参加はしたものの、まだ入学したばかりの十和子ちゃん、全然、周囲に、馴染んでいない。というか、今、何が起こっているのか、ほぼ、判っていない。このビンゴ大会は、“ノリ”だけでやっている、そんなものだってことが、まだ、全然、判っていない。
「十和子ちゃんは、上京してきたばっかりかなあ?」
 司会者の軽薄なノリに、十和子ちゃん、つい、頷いてしまう。
「え、はい、この四月に……」
「なら、消火器は、必需でしょっ!」
「……え……そう……なん……です……か?」
「決まってます。東京のアパートはね、狭いし、密集しているし、火事が起きたら、それはもう、大変」
「あ、それはそうだと思います」
「だから、必需なんだよね、消火器は。これがないと、独り暮らしなんてしちゃいけないんですよ。もうそろそろ、国会で、東京の独り暮らしのアパートには消火器必需なんて法案が通りそうな感じで」
「あ……ああ、そう、なん、ですか。知りませんでした」
 ここで。なまじ。なまじ、十和子ちゃんが、本気でそれに納得してしまったせいで、司会者の男性、これ以上十和子ちゃんを“弄る”のを断念する。
「はい、そんでは、ビンゴ、続けますっ」
 かくてこうして。ビンゴは続き。
 ふと、時間がたつと。
 消火器である僕は、十和子ちゃんの家に行くことが決まっており……十和子ちゃんもまた、それを納得してしまっていたのだ。

          ☆

 まあ……“新入生歓迎ビンゴ大会一位景品”が消火器だって処からして、このサークル、結構ノリが凄い。最終的に十和子ちゃんは、このノリについていけなくって、このサークルには加入しなかったんだけれど、いや、十和子ちゃんの為にも、これは、よかったような気が、僕はする。うん、だって十和子ちゃんって、とても真面目な女の子で(“国会で東京の独り暮らしのアパートには消火器必需なんて法案が”って言葉に、本気で肯(うべな)ってしまったのだ、どんだけ真面目で、どんなに一直線な女の子なんだよっ!)、そのあとも、ずっと、僕のことを大切にし続けてくれた。
 引っ越す度に、僕のことを、新居へと連れていってくれた。
 ずっと、ずっと。いつも、いつも。
 そして。なんと。
 十和子ちゃん、結婚する時も、僕のことを新居へと連れていってくれて……も、すでに、製造年月日から軽く十年を越した僕は……ちょっと、その、どうしていいのか、判らない気持ちになる。
「十和子の荷物はこれでおしまいか? ……あ、この消火器は、どーすんの」
「あ、持っていきたいと思ってるんだけれど……駄目?」
「いや、別にいい。じゃ、持ってゆく」
 って、こんなことを言ってくれた十和子ちゃんの旦那さんに、心の片隅で、敬礼。
 でも、とは言うものの……僕は、ここにいて、本当にいいんだろうか?
 いい訳はない、そんな気はする、けど……もう十年以上十和子ちゃんを見守ってきていたんだ、なんだか僕、十和子ちゃんと離れがたい気持ちになってる。けど……とはいえ。僕がついていって、本当にいいのか、それっ!

           ☆

 食べ物には、賞味期限というものがある。
 で……これはまあ、あんまり知っているひとはいないんだろうと思うんだが、消火器にも“使用期限”というものがある。
 まあ、“食べ物”の“賞味期限”が切れても、それですぐにその食べ物が食べられなくなる訳ではない、同じ理屈で、“使用期限”が切れても、すぐに僕が消火器として役にたたなくなる訳ではない、それは判っているんだけれど。でも……とっくに期限が切れている僕が、いかにも「消火器でござい」って顔をして、十和子ちゃんについてまわるのは、いかがなものか。
 僕さえいなくなれば、十和子ちゃんは新しい消火器を買うだろう、そんなことを考えると、僕は、哀しくて口惜しくて泣きそうになって……でも。もし、十和子ちゃんの家で、火事が起きた時、僕は役にたてるかどうかが判らない。けど、新しい、まっさらな消火器が家にいてくれたら、そいつが十和子ちゃんを助けてくれる可能性は高いのだ。つまり、僕は、ここに存在しているだけで、十和子ちゃんの家が火事になった時の被害を甚大にしている可能性がある。
 でも。僕は、どうしても十和子ちゃんと離れがたく……。
 ……ああ。告白しよう。
 いつの間にか、気がつくと僕は、十和子ちゃんに恋をしていたのだ。いつまでも十和子ちゃんの側にいたくなっていたのだ。

          ☆

 僕の使用期限はとっくに過ぎている。それは判っていたけれど、実際に、僕はまだ、一回も使われていない。なら、実際使ってみたら、僕って実は有能かも知れないじゃないか?   
 天才消火器、いや、器物の法則を越えた“愛の消火器”、そういう奇蹟が発動しないって、世の中の誰が言い切れる。実際の処は判らないよ、けど、僕の十和子ちゃんへの愛情からして……僕は、絶対に、十和子ちゃん家の火を、消すっ! 消せる筈っ! これを消さずにおくものかっ!
 ……気持ちは、これが、百パーセント。でも……一回も使われていない消火器なんだ、気持ちは、どんどん、揺らぐ。
 万が一、僕が、生まれつき欠陥品の消火器だったらどうしよう。いや、すでに使用期限をどえらく過ぎているのだ、今、僕から泡がでなくっても、それは、僕が生まれつき欠陥品だったのか、使用期限があまりにも過ぎてしまったせいなのか、すでに判らない。
 ……僕が引退するちょっと前。僕が十和子ちゃんの処に来てから、二十二年たった頃。
 その頃、僕は、ちょっと頭がおかしくなってきていた。僕は、ここにいちゃいけない。理性では、それが判っている。この家には(この頃、お嬢さんに恵まれたこの夫婦は、一戸建ての家に越してきていて、すでにお嬢さんは小学生になり……とても幸せな生活を営んでいたのだ)、新しい消火器が必要だ。でも、僕は引退したくない。けど、さすがに二十年を越した消火器は、まず役にたたないって断言できそう。この状況でこの家で火事が起こって、それで万一のことがあったら……。
 小学校にある消火器に、嫉妬したことなんかもあった。
 あいつらはなー、防火訓練の度に、使われるんだよ。実際に、消防士のひとや、訓練を受ける先生なんかに使ってもらって、火を消して、そして、一生を終える。うん、実際に火を消して一生を終えるんなら、そりゃ、消火器本望だろうがよっ。
 それに対して。家庭の消火器は……消防訓練なんてある訳がなく、気がつくと、使用期限を越えただなんてものじゃなくなっていて……まして。この頃判ったんだけれど、十和子ちゃんが僕を捨てなかったのって、勿論、僕に対する愛着もあるだろう、あると思いたい、あると信じたい、でも、それ以上に……「消火器の捨て方が判らなかった」って側面も、あるんじゃないのかな?
 いや、消火器は、燃えるゴミじゃ、ないでしょう。(消火器が燃えてしまったら、それはまずいぞ。)
 けど、リサイクルの資源ゴミでも、ない。(リサイクルマーク、ついていない。)
 燃えないゴミって言えばそうなんだろうけれど、普通に燃えないゴミにだしていいのかどうかが判らない。(というか、多分、いけない。)
 ああ、いっそ。いっそ、ぼやでも起こってくれ! したら、自分が本当に活躍できるのかどうかが判る。
 ちょっと頭がおかしくなった僕は、時々、そんなことを思っちゃったりもした。そしてその度、「消火器がそんなことを思うだなんて、消火器の風上にもおけねーぞ自分」って、反省と後悔に塗(まみ)れ、真っ暗になってしまったりもした。
 そして、そんな時だったのだ。

          ☆

 ある日。
 気がついてみたら、家の中には、十和子ちゃんのお嬢さんがひとりって時が、あった。しかも、家の玄関の鍵、閉まっていない。うん、十和子ちゃん、お料理している時、バターが切れていたので、近所のコンビニまでバター買いに行っちゃったんだよね。その時、小学生の娘さんに、「ちゃんと鍵を内側から閉めてね」って言った筈なんだけれど、お嬢さん、それを忘れてしまった。
 そんで。その隙に乗じて。玄関から、のっそりはいってきた影があった。
 ちょっと前から、この近辺では、なんか“変な男”が、小学生の女の子に声をかけるっていう事件が多発しており、だから、十和子ちゃん、お嬢さんに「鍵をかけるようにね」って言ったんだけれど……どうやらその男は、十和子ちゃんのお嬢さんを狙っていたみたいだったのだ。十和子ちゃんが出かけて、家に鍵がかかっていないって判った瞬間、男、侵入。
 十和子ちゃんの家は、玄関はいると、廊下があって、左にトイレと洗面所とお風呂、その先がキッチン、右に子供部屋、正面がリビング……っていう感じの造りになっていて、消火器である僕は、キッチンとリビングの両方からほど近い位置の廊下に鎮座していた。そして、この男は、侵入すると廊下を進み、キッチン、リビング、子供部屋のどれにでも侵入できるような位置で佇んでいて……つまりは、僕の、ほぼま脇で佇んでいて……。
 男の荒い息遣いが聞こえる。リビングで絵本を読んでいる、十和子ちゃんのお嬢さんに発情しているのだ。そして、隙を窺っているんだ。これは……これは、無茶苦茶やばいと思った。だが……これ、消火器が、どうこうできる事態ではない。
 はあ、はあ、はあ、はあ、男の息がどんどん荒くなって、今にも男、リビングのドアを開けて、部屋の中に押し入りそうになり……次の瞬間。玄関が、開いた。
「鍵、かけとけって言ったでしょう? 何だって鍵をかけていないのあんたは」
 って、今、この家に、はいってきたのは、十和子ちゃんだ!
 その瞬間。も、僕は、全身全霊で十和子ちゃんとコンタクトしようとした。
 僕は、玄関からはいってすぐの廊下、そのちょっと奥の方、キッチン寄りの処にいる。十和子ちゃんは、玄関から入ってきたんだ、その廊下にいる。男も、その廊下にいる。
 この状況下で! 僕は、とにかく、十和子ちゃんを守りたいっ! いや、守るしかないっ! で、渾身の力を込めての、アイコンタクト。(って、消火器に目はないんだが。)
「僕を使えっ!」
 僕を使ってくれっ! 今まで、この家には火事が起こらなかった、だから、今こそ、僕を使えっ! たとえ消火能力が不十分でも、とにかく泡を浴びせかければ、侵入してきた男、絶対にひるむ筈。頼む、十和子ちゃん、君を守る為に僕はいるんだ、だから、今こそ、僕を使えっ!
 そして。
 アイコンタクトは、多分成就したのだ。次の瞬間、十和子ちゃんは、僕に手を伸ばして、僕を抱え、そして不審な男に対して……。

          ☆

「先輩っ! 凄いっす!」
 ……あー、只今、僕には、“後輩”がいる。十和子ちゃん家で、僕に対して、“後輩”になった消火器が。
「漢(おとこ)ですよね」
 ……違う。その評価は、絶対に違うんだが……。
「かっけー。ほんっと、かっけーですっ。あんな凄いアイコンタクト、普通の消火器にはできません」
 いや、僕だってそうしようと思ってやった訳ではないんだが。

 ……確かに、アイコンタクトは成立した。僕を見た瞬間、十和子ちゃんは僕を手にとり……なのに、消火器の僕を、消火器としては使ってくれなかったのだ。いや、一応僕、消火器なんだもの、泡が吹けるし、他人に泡を吹きつけることができるし、これで随分武器になるつもりでいたんだが。
「あんた、うちの娘に何するつもりなのっ!」
 この台詞と同時に、僕を振りかぶった十和子ちゃん、不審者の頭の上に、迷わず、僕を振り下ろしたのだ。
 確かに。消火器である、僕は、重い。サイズからすると、意外な程に、重い。確かに、このサイズで、これ程重量があるものは、家庭内にはなかなか他にないだろう。
 消火器である、僕は、硬い。本気でひとを殴った場合、簡単に相手の骨くらい粉砕する硬さがある。
で、僕を振りかぶって、僕を不審者の頭の上に振り下ろしたんだ、十和子ちゃん。
 不審者は、そのまま、気絶。十和子ちゃん慌てて110番。変な風に不審者の頭に激突した僕は、一部が変形して、最早、消火器としては使えないものに成り果ててしまった。
「いやあ、奥さん、凄いわ」
 これ、現場検証に来た、とあるおまわりさんの台詞。
「侵入者が男で、女性が子供さんを守ろうとした場合、確かに、消火器っていうのは、武器として、ありかも知れません。防犯の為に、ゴルフクラブなんて置いている家庭もあるんですけれどね、あれは軽いし、きっちりヒットしないとなかなか相手にダメージがいかない。その上結構簡単に折れますしね。その点消火器は。重量あるし、折れようがないし、いやあ、これ、防犯グッズとしては、なかなかでしょうな。……けど、これね、下手すると相手が死んじゃう可能性がありますんで……ま、ほどほどに、ね」
 ……いや、僕は、防犯グッズになりたかった訳ではまったくないのであって……。そもそも、僕は、防火グッズなんだってば。
 ま、でも。
 僕は、十和子ちゃんを、守れたのだ。
 それに。一部、折れ曲がってしまった僕を、十和子ちゃんは捨てなかったのだ。
「これがあったおかげで、千鶴(十和子ちゃんのお嬢さんの名前だ)も私も助かったんだもの……。この消火器、いつまでも、うちに置いておきたい……」
 てんで、今、僕は前と同じ廊下にいる。後輩の、今度こそちゃんと使用期限の範囲内にいる、若手の消火器と並んで。
 まあ。
 今後、火事が起こった場合。その時は、後輩の消火器の出番だ。
 こいつは、僕のことを妙に尊敬している、それがうざったいと言えばうざったいんだが、それはまあ、いなし続けるとして。
 ところで。
 十和子ちゃんって、こんなに“能動的”な子だったっけ、か?
 僕が知っている十和子ちゃんは、おどおどしている、ひとの台詞に右往左往する、そういうひとだったんだけど……今の十和子ちゃんは、違うよね。
 問答無用で、何のためらいもなく、重くて硬い僕を、ひとの頭の上に振り下ろしちゃうような、そんな、“ひと”だ。ま、絶対に守らなきゃいけない、“子供”がいたせいもあるんだろうけれど。
 十和子ちゃん、大人になったんだなあ。
 なんか、この表現は、微妙に違うような気もするんだが……。
 僕は、十和子ちゃんを守ることができたんだ。
 ただ……今の十和子ちゃんだと……何か、表現、逆のような気も、しないでもない。
 僕が十和子ちゃんを守るんじゃない、十和子ちゃんがこの家すべてを守っている、そんな気がする。だって、僕が変形するって……十和子ちゃん、どんだけの強さで、僕を……。

 いや、気を取り直して。
 僕は、十和子ちゃんを守ることができた。
 それを、誇りたいと思う。

                    〈FIN〉

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著者プロフィール

新井素子(あらい・もとこ)

1960年東京都生まれ。立教大学ドイツ文学科卒業。77年、高校在学中に「あたしの中の……」が第1回奇想天外SF新人賞佳作に入選し、デビュー。少女作家として注目を集める。「あたし」という女性一人称を用い、口語体で語る独特の文体で、以後多くのSFの傑作を世に送り出している。
81年「グリーン・レクイエム」で第12回星雲賞、82年「ネプチューン」で第13回星雲賞受賞。99年『チグリスとユーフラテス』で第20回日本SF大賞をそれぞれ受賞。
『未来へ……』(角川春樹事務所)、『もいちどあなたにあいたいな』(新潮文庫)、『ダイエット物語……ただし猫』(中央公論新社)、「星へ行く船シリーズ」全5巻(出版芸術社)など、著書多数。

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