キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

My Favorite

新井素子(あらい・もとこ)

My Favorite ブック・カバー
バックナンバー  1...89101112...14 

初夢

2018.01.15 更新

 最近の日本では。大晦日が近づくと、神様達は大忙しになります。
 夢の仕込みです。
 これ、何かって言いますと……。

          ☆

 どの神社にも、祭られている神様がおわします。(勿論、神社のない神様もおわしますが、神様がおわさない神社はありません。)その、神社におわす神様のうち、何柱かのお方が、ふっと思ったのですね。
 お正月。氏子達はこぞって神社に参拝します。氏子でなくても、なんでだか参拝します。普段神社に参拝なんかしないのに、別に氏子っていう訳でもないのに、お正月だけ参拝するひと、その数が、年々、年々、すごいことになっていますから……これは、神様側からも、何かした方がいいのかな?って。
 何たって日本の神様は八百万(やおよろず)もおわします。そんでもって、神様方は、神無月には出雲で集会やってます。その場で、とある神様が、ふと、「来年はうちの神社に参拝してくれた人間に、願いを叶えるって御利益をあたえようかなー」なんて、ぼそっと呟いたので、さて、集会、大紛糾。
「いや、待て。ちょっと待て。そっちの神社に参拝した人間だけが御利益にあずかるというのはまずい。うちの神社に参拝した人間にも」
「それならうちだって」
「のりましょう。うちもやります」
「ちょっと待ってくれ。うちの神社にお参りにくる人間が願っているのは、主に“○○大学に受かりますように”“××高校受験合格”って奴だぞ」
「いや、そりゃ、あなたは学問の神だから……」
「これ、参拝客全員の願いを叶えてしまうと、大学の募集人数を超えてしまう可能性がある」
「そちら程ではないですけれど、うちにだってそういう願いはよく来てます」
「だから日本全国の神社が、揃ってその願いを叶えてしまうと、絶対に大学側の募集人数を超過してしまうと思う」
「その前に、“世界平和”とか祈ってる人間もいるじゃないですか。これ……いくら神であっても、我々だけでは、無理でしょう」
「確かに。“世界平和”って言われたら、外国の神とも交渉しないとまずいし……とは言うものの、やりたくないなあ……。どうも、一神教の神って、苦手っていうか、話が通じないっていうか」
「自分以外は、神だって、絶対認めてくれないですしねえ」
「大体、個別にバッティングする願いだってありますよ? “夫の浮気を何とかして欲しい”っていう人妻と、“あのひとが奥さんと別れてあたしと一緒になってくれますように”っていう愛人が、両方共神社へ来たら、どう対処するんですか」
「……夫二人作る以外の解決法はないなあ……」
「そりゃ、力のある神なら、人間の一人や二人、簡単に作れますけどね、それ、どう考えてもまずいでしょう」
 と、いう訳で。色々紛糾した挙げ句、神社に参拝した人間に、その人間が望んでいる御利益をあたえるのはまずいっていう点で、神様方は一致したのでした。とはいうものの。
 一回、こんな話題で盛り上がってしまったんだ、何かしたい気分だけは、神様方の間で溢れかえっています。
 そこで。
「人間には、愛別離苦(あいべつりく)って言葉があるらしいなあ。愛するひとと会えなくなる苦しみ」
「それ、仏教用語ですよ?」
「いいんだ、うちの神社、お寺さんと一緒だから。それで、だな、これはどうだろう。愛しているのに会えなくなった人間に、会わせてあげる」
「いや、死んだ人間、生き返らせるのはまずいってばっ」
「そうじゃなくて。夢の中で。……お正月っていえば、“初夢”だろ? で、前から、人間達が言っている、いい“初夢”っていうのが、謎だったんだ。一富士、二鷹、三茄子、だったか?」
 ここでこの発言をした神様は、自分のことをぎろっと睨む視線を感じて。そうでした、富士だって神様です。その上、富士塚なんかがある神社も、かなりの数、存在します。
「いや、富士山はいいんだ、富士山は。霊峰なんだから。けれど、鷹と茄子は、なんなんだ。鷹や茄子が何でいい夢なんだ」
 ……日本の神様は八百万ですから。鷹の神様だって、茄子の神様だっているんですけれど……まあ、富士山に較べれば、極小勢力ですね。でも、それに気がついた、この発言をした神様、慌てて仕切り直して。
「まあ、とにかく、えーと、初夢、だな? そこで、もう会えなくなった愛するひとに会わせてやる。参拝した人間、みんなに、平等に、これをやってやる。これはどうだろう」
 ああ、これは、いい提案かも。
 たとえ夢の中であったとしても、もう会えないと思っていたひとに会えたら、きっと、人間、嬉しいよね。しかも、それ、現実の社会にはまったく影響がない話だし。
「とはいえ……氏子の数を考えると……いや、そもそもお正月には、氏子ではない人間がやたらと参拝に来る訳だから……我々だけで、そんな数の人間の初夢を、管理できるのか?」
「いや、何も“初夢”じゃなくてもいい。松の内くらいに、夢をみせるっていうことで。なんせ、我々は、八百万。神社を持っていない神にも協力してもらえば楽勝だろ? 一柱の神で十数人を担当すれば、すぐに日本人の総数くらいに達するぞ? 一晩で、二、三人の人間の夢を操れば、松の内になんとか参拝した人間全員をカバーできるのではないかと」

          ☆

 と、いう訳で。
 除夜の鐘が鳴ったあたりで、神様達は、手分けして自分の担当の人間をリサーチ。
 そして。

          ☆

 一昨年死んだおばあちゃん。どうしてだろう、おばあちゃんの夢をみた。
 お正月の二日か三日で、パパは会社の上司ってひとに御挨拶に行っていて、ママはお買い物。あたしとおばあちゃんは、二人でこたつにはいっていて、駅伝の中継なんか見ながら、蜜柑、食べてる。こたつで蜜柑。いっくらでもはいっちゃうのが大問題。
 で、蜜柑がなくなったので。おばあちゃんが、ちろっとあたしを見る。そして。
「幸枝、蜜柑とってきて」
 あたしもちらっとおばあちゃんを見る。そして言う。
「おばあちゃんの方が、蜜柑のはいってるダンボールに近いよ。体伸ばせば、ダンボールに手が届くんじゃない?」
「おまえの方が私より若い」
 あ、あ、あり得ないー。こんな返しは、あり得ないー。
 でも、あたしはしょうがないから、こたつから出て、立ち上がって、蜜柑のはいっているダンボール箱へと進む。
「孫と年を競うおばあちゃんって、あり得ないでしょうがよーっ!」
 うん、別に、なんか思い出深いシーンって訳でもないよな、おばあちゃんが死ぬ前の、病気になる前の、ごく普通の生活。当たり前の生活。
 でも。
 なんか、懐かしくって、涙、出た。

          ☆

 祐介の夢をみた。
 あたしと夫が歩いている先を、走っている祐介。
 ここで、あたしの心は、二つに割れる。
 “走るな、祐介、絶対道を走っちゃいけない!”
 そう思っているあたしと、祐介が走っているのを、楽しく見ているあたしに。
「あいつ、思いの外(ほか)、足、速いんじゃねーの?」
 どんどん視界から遠ざかってゆく祐介を見て、夫が言う。
「運動会とか、得意なんじゃね?」
「あたしの血だね」
 えっへん。ここで、あたし、かなり自慢気にこう言ってみせる。そして夫は、こんなあたしの台詞を、すべて肯定して。
「確かに、俺の血じゃねーよなー。俺、本当に、体育とか苦手だったもん。運動会のリレーとか、最悪だったよなあ」
 そしてそれは、あたしの最大の見せ場だったんだ。あたし、いつだって、運動会のリレーではアンカーで、とにかくひとを抜きまくっていた。
 そして、走ってゆく祐介を、あたしの子供を……とても、楽しい目で、見ていたことが……あったんだ、そういえば。
 この時のあたしは、祐介が走ってゆくのを見るのが、本当に楽しかった。それを見られるのが幸せだった。
 そんなこと……もう、忘れていたのに。
 でも、この時のあたしは、あの時の“幸せ”気分を、満喫していた。
 走り出した祐介が、この三年後、走っていて、車にはねられて、死んだこと……この時のあたしは、まだ、知らない。
 だから。本当に、あの時は、走っている祐介を見るのが、楽しかったのだ。
 祐介が死んだ時。あたしの心も死んで、もう二度と生き返れないって思っていた。うん、あれから二十年もたった今だって、祐介の死を、あたしの心は消化できていない。
 でも。あの時は、確かに、走っている祐介を見るのが、それだけで、本当に本当に、幸せだったんだよね。
 そんなこと……思い出せて、よかった。

         ☆

 初夢で。何だってうちの旦那のことを見なきゃいけないんだろう。
 自分が眠っている、これは夢だって判る(明晰夢(めいせきむ)っていうんだっけか、こういうの)夢の中で。
 私、最初にこんなこと、思っちゃった。
 旦那。連れ添ってすでに三十年を超す、恋愛結婚だっただなんて噓だろー、もう、家庭内捨てられない生ゴミとしか思えない、私の夫。定年になってからは、すでに生ゴミのレベルを超えて、産業廃棄物にしか思えない私の夫。(まあ、放射性廃棄物でないだけましかい。)
 その旦那と、まだ、三十代初めの私が、何故か一緒に歩いている。もう暮れてしまった道で、前にある街灯の灯に、紅葉のいろが透けている。あんまり赤い紅葉じゃないんだ、ちょっとオレンジに見える、綺麗な、オレンジの雲みたいな、紅葉の影。
 ああ、これは、結婚前、私が住んでいたアパートへと続く道だわ。あ、これ、ひょっとして、結婚前、旦那が私をアパートへと送ってきてくれた時の、記憶?
 だとすると。私、ちょっと、どきっとする。いや、だって、これって……これって……。
 街灯の下に、私達が達する。私達を覆う、オレンジの紅葉。そして、街灯から離れるにつれ、前方に、影ができる。オレンジの紅葉の中に浮かぶ、二つの影。並んで歩いている、私と旦那の影。その影は、長くなって……。
「千夏さん」
 そして、旦那は、いきなり立ち止まるのだ。二つの影が、地面に伸びる。彼が立ち止まったものだから、しょうがない、私も立ち止まって。それに、“千夏さん”って、なんだ、“千夏さん”って。私、もう、旦那からそういう風に呼ばれたことって、二十年くらい、なかったような気がする。けど……確かに昔は、付き合い始めた頃は、彼、私のことをそう呼んでいたような覚えが……。
 それから、彼は、そっと、私の手を握る。まるで宝物を握っているかのように、そっと。まるで壊れ物を握っているかのように、優しく。
「僕と……」
 しばらく続く間。この瞬間、まだ若かった私は、彼が何を言い出すのか判ってしまって、で、どきどきして、わくわくして……だから、私も、何も言えない。ううん、何も、言いたくない。これは、これだけは、彼の方から言ってもらわなきゃいけない。
「千夏さん。……僕と……僕と……」
 もどかしいくらい、逡巡する彼。その彼の逡巡が愛しい私。私の右手を握っていた彼の左手に、彼の右手が参加してくる。両手で私の手を握った彼は……。
「僕と、結婚してもらえないでしょうか」
 次の瞬間。私は、思わず、自分の右手に力を込める。いや、勝手に力がはいってしまったのだ。すると、彼、なんかわたわたして……。
「あ、嫌、ですか、駄目、ですか」
「莫迦」
 違うのに。何でそんなことが判らないの。莫迦。違うのに。
 でも、私も、他に何も言えずに。
 ただ、ただ、頷いていた。首をこくんって曲げて、頷いていた。言葉にしての返事なんか、できなかった。

 明晰夢だって判っていたのに。夢だって判っていたのに。
 この瞬間、私、なんだか涙ぐんでいた。
 産業廃棄物の旦那。定年になったっていうのに、家事なんかまったく手伝ってくれず、いつだって偉そうなうちの旦那。でも、この、旦那の芯には……きっと、この時の、もう会えなくなった純情青年が、潜んでいる筈、なんだよね。うん、旦那のことを産業廃棄物なんていう、酷い妻の私の中にも……あの時、言葉にして返事ができなかった、そんな乙女が、隠れている筈。
 もう会えないと思っていた、昔の彼。そんな彼に、夢の中とはいえ、はからずも会ってしまって……。
 明日。起きたら、ちょっとだけ、旦那に優しくしてみようかな。お正月だし。年が改まったんだし。新年だし。
 そんなことを、私、ちょっと、思った。

          ☆

 と、まあ。
 こんな、八百万の神様の活躍によって、日本のお正月は、とても素敵なシーズンになっております。
 うん、神様達が、手分けして夢をみせてくれるおかげで、新年に参拝したひと達はみんな、覚えていなくても、なんだかちょっと、ほっこりした気分になれるんですよ。

 あけましておめでとうございます。

                    〈FIN〉

バックナンバー  1...89101112...14 

著者プロフィール

新井素子(あらい・もとこ)

1960年東京都生まれ。立教大学ドイツ文学科卒業。77年、高校在学中に「あたしの中の……」が第1回奇想天外SF新人賞佳作に入選し、デビュー。少女作家として注目を集める。「あたし」という女性一人称を用い、口語体で語る独特の文体で、以後多くのSFの傑作を世に送り出している。
81年「グリーン・レクイエム」で第12回星雲賞、82年「ネプチューン」で第13回星雲賞受賞。99年『チグリスとユーフラテス』で第20回日本SF大賞をそれぞれ受賞。
『未来へ……』(角川春樹事務所)、『もいちどあなたにあいたいな』(新潮文庫)、『ダイエット物語……ただし猫』(中央公論新社)、「星へ行く船シリーズ」全5巻(出版芸術社)など、著書多数。

ページトップへ