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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「空気を読む」(恵誕)

2019.03.29 更新

 食後のコーヒーが待たされることなく出てくる、本を読みはじめるとさりげなくライトが灯る、誰かと話したい時と一人になりたい時を察してくれる……。
 僕のお気に入りのカフェは、まるで僕の心が読めるように、何もかもちょうどいい。
 会社でいつも「空気を読め」と上司に叱られ、気のきいた行動をしたはずが「え?」と取引先から不穏な表情をされる身としては、うらやましい限りだ。

 新社会人として新たな生活をスタートした春、何より僕を悩ませたのは「空気を読む」ことだった。
 言葉を発しない中で行われるそのやりとりが、会社の利益や個人の存続に大きく影響する。それはまるで見えない契約書のようでもあり、僕からすると謎以外の何者でもなかった。
 日曜日、いつものお気に入りのカフェで英気を養っていると、いつもと同じように絶妙の間合いでコーヒーが運ばれてくる。
 僕は物事のタイミングについて、思いきってマスターに尋ねた。そして、自分の間の悪さも告白した。
 マスターは僕の顔をじっと見つめ、「ちょっと失礼します」というとキッチンの奥へ行き、何かを手にして戻ってきた。
「これでコツをつかんでは、いかがでしょう」
 それはよくある小型のラジオだった。
「ラジオにはFM局とAM局があるのはご存知かと思いますが、こちらにはKM局もあるんです」
「KM局?」
「ええ。KMはKu-ki Modulationの略。つまり空気中に浮かぶ『心の言葉』をキャッチして、読み込んで、音声として出力できる局なんです」
「それってつまり……」
「人の思いを聞くことができます。たとえ、相手が一言もしゃべらなくとも」
 
 そのラジオは、マスターの学生時代の友人が開発したものだった。その人はコミュニケーションテクノロジーとやらを研究していて、人と人がもっとスムーズに付き合うためにこの機械をつくったそうだ。
 いろいろクリアしなければならない問題はあるが、とりあえず客商売であるマスターにプレゼントしてくれたらしいのだが……
「私が試したのは数回だけです。お客さんを丁寧に見つめ、話をした方が真意はわかります」
 そういうとマスターは恥ずかしそうに微笑んだ。
 もしよろしければ、と僕の前に置き、そして、真面目な顔でこう言った。
「空気を読みすぎては、いけませんよ」

 次の日、僕はラジオと共に出社した。手の平におさまるコンパクトなデザインなのでデスクの上に置いていても不自然さはない。
 さっそくFMとAMの間の「KM」にスイッチをきりかえ、ワイヤレスのイヤホンを耳に納めた。
 アンテナをそっと上司へ向ける。ザラザラと砂嵐のようなノイズ音がやんだあと、情報をキャッチしたことを意味するランプが点滅した。
「4月……レポート……今日……有給とれ……浅井……」
 KM局から音声が流れてきたことより、「浅井」という自分の名前に、びくりとした。
 4月は毎日忙しいから、今日中にみんなの報告レポートがほしい。しかし、浅井はいつもギリギリだ。浅井は有給申請をしていて、上長判断で許可できるがいつまでもレポートを出さないやつには与えたくない。
 とぎれとぎれ聞こえた単語をつなげると、上司の思いはそんなところだろう。
 その通りだ。
 僕は提出書類はギリギリに出した方が粘っている、がんばっている、というアピールになると思いこんでいた。ネットニュースにそう書いてあったから。
 手早くレポートを仕上げ提出すると、上司は上機嫌で受け取り、すんなり有給休暇のOKをもらえた。なんだ、そんなことか。

 その日から僕はラジオのKM局を使い、空気を読みまくった。
 そして、わかった。
 人には気分がある。人には体調がある。人には事情がある。
 落ち込んでいるときに下手な冗談を言われても笑えないし、疲れている時に難しい議論をふっかけられても迷惑だ。そこを無視して行動すると、通る書類も通らないし、実る恋も実らない。
 そのことを知り、空気を読んで行動するようになってから、人と無駄にぶつかることも、嫌な思いをすることも極端に減った。
 はっきりいって、生きやすい。 
 空気を読むことは、相手の心の地図を読むこと。
 それは、幸せの近道だと大きな声で言いたい。

 もしかすると僕は、このラジオなしでは何もできない人間になるのではと心配したが、やがて身体にうれしい変化が起きた。
 KM局を使いすぎたためか、スイッチを切っても心が聞こえる機能が身に染み付いたのだ。
 なんとなく、じゃない。KM局を通じた時より相手の思いがはっきり「言葉」で聞こえる。
 朝も夜も、僕はあちこちに耳を傾けた。
 優秀な営業マンのまわりに浮かぶアイディアを頂戴したり、上司の考え通りに動いて「おまえはよくわかっている」と褒められたり、この能力を使って自分のポジションをどんどんあげた。

 素晴らしく天気のいい午後、僕は役員とともに会議室にいた。
「相手の懐に入るがうまい」という理由から、外資系企業との大切な交渉の席に呼ばれたのだ。
「こいつは新人なのに、場の空気をわきまえて応対する営業センスは抜群だからな」
 役員からうれしい心の声が聞こえる。気分がいい。
 現れた相手の担当者は、マネージャーの肩書を持つ外国人の女性だった。
 にこりともせず、流暢な日本語で我が社の弱点をグイグイ突いてくるので、役員たちは顔をひきつらせている。
 このマネージャーは、いったい何を考えているんだろう。
 僕は彼女の空気を読んだ。
「○×△■α◉〓△☆α●×△■α🎵」
 え? 
 それは、聞いたこともない外国語だった。すこし巻き舌で、早口で、怒っているようにも聞こえる。
 なにか気のきいたことを、と口を開くがなにを言っていいのかわからない。マネージャーの心の声はますます早く、語気は鋭くなり、それがまた僕を焦らせる。
 そうか。
 この能力は相手の心がわかるものと思っていたけど、そうじゃない。
 単純にその人の「心に浮かんだ言葉」がそのまま聞こえるだけ。Good byeはグッドバイであって、さようなら、と変換してくれるわけじゃないんだ。
 冗談のような盲点だった。
 交渉は決裂。
 もちろん僕のせいではない。しかし心の責任論は容赦なく僕に降り注ぐ。
「使えないどころか、会社の恥さらしだよ。この役ただず!」
「あ、ザンネンな男の浅井さんだ」
「あいつ、空気読みすぎなんだよ」
「調子よすぎて、薄っぺらいんだよ」……
 あの日以来、僕は、僕に関する周りの声だけが大きく聞こえるようになった。
 それは頭の中でこだまし、増殖していく。

「空気を読みすぎては、いけませんよ」

 マスターの言葉を思い出す。僕は会社帰りカフェへ寄り、これまでの経緯を話した。
 これ以上、自分の悪口は聞きたくない。
 この能力をコントロールする方法はないのか、この状況をなんとかする新しいマシンは開発されていないのか……解決策を求めた。
 マスターは僕の話に一つひとつ黙って頷いた。そして、いつものようにやわらかな声で言った。

「こんどの週末、空気のいいところで休んではいかがでしょう?」

(了)

恵誕さんの前作「恋のアンテナ」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory94.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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