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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「背中」(山岐信)

2019.02.28 更新

 放課後、木野軒高校の三年生に、望月友子(もちづきともこ)と持田(もちだ)ニナの居場所を尋ねるなど馬鹿げている。三年二組の教室で、頭を突き合わせてテスト勉強をしているに決まっているからだ。
 座高の高い持田は、長い髪を耳の後ろにかけつつノートから顔を上げ、
「一日一個いいことをすると決めてるようですが」鉛筆をマイクに見立ててインタビュアーの真似をした。「今日も何かしましたか」
 鉛筆を友子にすっと向ける。
「はい」と友子もインタビューを受ける人らしく改まった。「今日は教室の後ろの棚に、花を飾りました。きれいな黄色のガーベラです」
「偉いですね」持田は鉛筆の尻を再び自分に向けた。「私がちゃんと覚えていてあげます」
「じゃあ」友子は持田の持っている鉛筆をぐいと自分の方に傾けた。「省音権をゲットするために、学年十位以内に入れるよう、引き続き猛勉強しましょう」
 持田は「えー」と渋る顔でのけぞって、
「一年の時から勉強しかしてないじゃん」
「卒業式で記憶を消されないためには、三年間の五教科の合計点で十位以内に入――」
「わかってるって。中学の卒業式のあの嫌な音! 未だに覚えてるもんね」
「世界中の楽器をいっぺんに鳴らしたみたいだったよね」
「それで、あの音を聞き終わったら、頭ん中からっぽ。授業の内容とかは覚えてるけど、隣の席が誰だったとか、どの子と一緒に帰ったとか、さっぱり」
「今どき、高校卒業までのお互いの記憶も、個人情報として保護される時代だからね……。でも、救済措置として、高校では誰か一人のことなら覚えておいてもオーケー、成績さえよければ、ね。さ、勉強しよ」
 友子がにやりと笑うと、持田は椅子に座ったまま身をくねらせて、
「えー、やだよお。――あ、ねえフォルテって記号あるじゃん、楽譜に書いてあるやつ」
「わっ、そうやって話をそらす」
「一個だとフォルテで、二個だとフォルテッシモじゃん? 三個だとなんて読むの?」
 友子は目を細めて、
「どうしてそんなことが気になるの?」
「ノンちゃんっているじゃん、吹部の」
「ホルン吹いてる?」
「そうそう。で、そのノンちゃんの楽譜に、さっき落書きさせてもらったんだけど」
「なにしてん」
「その時に書いてあって、読めねー、なにこれウケるんですけどー、と思ったわけよ。友子なら知ってるかなって」
「ノンちゃんに訊けばよかったじゃん」
「そのあとすぐ部活に行っちゃったんだもん」持田は腕を組んだ。「ぬー、友子でも知らないことがあるとは……」
「普通にあるわ」
「うーん、なんて読むんだ……」と持田は顎に手を当てる。「フォルテッシモシモ?」
「は?」
「二個でフォルテッシモだから、三個でフォルテッシモシモ?」
「シモシモ?」
 友子と持田はまともに顔を見合わせた。と、ぷっと吹き出す。友子は笑いながら、
「絶対ちがうわ」
「わっかんないじゃんか、あってるかも」
「いや、ない。絶対ない。百万かける」
「そんなに言うなら、元吹部の笠原くんに正解訊いてきてよ」
「はあ? な、なんで、今、か、笠原くんが出てくるわけ?」
「友子ったらわっかりやっすー」

 事件が起きたのは後期の中間試験後だった。
 友子も持田も、AOや指定校推薦で志望する大学への進学が決まっていた。二人とも肩に力を入れ続けてきたぶん、学力試験も残すところ一回となったこのタイミングで、気が緩んだのかもしれない。
「やばいよ、プリクラなんて。見つかったら今までの点数から二百点減点されちゃう」
 町内会館裏の、木造一戸建ての一階でおばあさんが細々と営んでいるたい焼き屋の地下に、女子高生を相手どった闇プリクラ店があると誰に想像できようか。
 友子は、降りてきたばかりのはしごを登ろうと、手をかけた。と、持田にもう一方の手を摑まれた。
「一回だけでいいから。ね? お願いっ。せっかく十位以内に入ってお互いのことを覚えていても、肝心の思い出が放課後の居残り勉強だけじゃ寂しいじゃん」
「そうだけどさ」
「私だって、他の人とだったらこんな危険冒さないよ? 友子だから一緒に撮りたいの」
「なにそれ、ずるくない?」
 と言いながら、ここまで来てしまったことだし、見回せば制服姿の客は他にもいるし、まあ一回だけなら、と持田の誘いに乗って近くのプリクラ機に入る。
 プリクラだけでなく、互いの写真を撮影し、保存することは校則違反だった。卒業式でわざわざ記憶を消すのに、教室内での関係性を示すそういった記録が残っていては、本末転倒というわけだ。だから卒業アルバムもない。その分、闇プリクラ店というのは、高校生にとって魅力的なのだった。びくびくしながらプリクラを撮った友子でさえ、カメラ目線でメンチを切る二人の写真に、「我等友情永久不滅」というカラフルな文字を見出した時には、胸が熱くなったものだ。
「省音権はな、単に試験の点数が高いやつに与えられるわけじゃないんだ」
 数時間後、友子は高校の校長室のソファに座らされていた。ガラス張りのローテーブルを挟んだ向かいには、病弱ゴリラと呼ばれている学年主任の体育教師が、眉間にしわを寄せて腰を下ろしている。
「三年間、己れを律することができた生徒に、――いや、その信用に対して国が与えるものなんだ。なのに、なんであんなところにいた」
 プリクラを撮った直後、たい焼き屋の地下空間に取締官が押し入ってきた。制服を着た客たちは「裏口」と呼ばれる通気口に殺到。全員逃げ切るには時間が足りず、友子は持田を逃がすために囮役を買って出た。二百点減点されても、次のテストで全教科満点さえ出せば、現時点で学年トップの友子はランキングに残れる。が、九位の持田は絶望的だ。
 友子だけが二百点を引かれて校長室から出ると、目の周りの赤い持田が寒々しい廊下に佇んでいた。
「誘った私が悪いのに、どうして囮に……」
 友子はにこりと笑い、
「だって、私がニナを覚えていても、ニナが私のこと忘れちゃったら悲しいもの」
「三組の阿部くんが満点出せば、友子は一点落としただけで十一位になって、記憶を――」
「家で猛勉強する。だから、しばらく会えない。でも、必ず満点出して、ニナとの思い出守ってみせるから、信じて待ってて」

 そうして挑んだ学年末試験が終わり、三年生の階に得点ランキングが掲示された日の放課後のことだ。
 三階の廊下から、笠原秋樹(かさはらしゅうじゅ)が中庭を見下ろしていた。二年生以下の吹奏楽部が、定期演奏会に向けてマーチングの練習をしている。
 友子が、後ろを通り過ぎようとすると、笠原の方から声をかけてきた。
「望月さんって、まだ一日一個いいことするの続けてる?」
 友子ははたと立ち止まり、
「どうしたの、急に」
「続けてたらいいなと思って」
「続けてるよ。今日も黒板きれいにしたし」
 で、沈黙。会話が終わってしまったと思い、友子は慌てて、
「五位だよね、おめでとう」
「ありがとう」
 で、沈黙パート・ツー。友子は帰ると伝えようと思い、口を開きかけたが――
「フォルテッシッシモ」
「え?」
 彼女は目をまん丸にした。
「フォルテ三つは、フォルテッシッシモだよ。……持田さんがね、望月さんにも教えてあげてって。自分で言えばいいのにね」

 卒業式当日、閉会の挨拶が終わり、在校生が教室に戻った後で、記憶消去式が始まった。
 まず学力試験の成績上位十名が校長に呼ばれ、壇上に進み出る。五位で笠原が呼ばれた。七位で持田が呼ばれた。九位が呼ばれ、残すはあと一名だった。
「十位――二組、望月友子!」
 壇上で一列に並んだ十人は、校長から補聴器のような見た目の省音器を受け取った。一部の音を遮断することで、忘れては困る記憶を保持する装置だ。十人は、忘れたくない一人の名前を書類に書き、事前に提出していた。
 十人が省音器を耳に押し込み、拍手を受けながら元の位置に戻ると、特定の年齢だけに作用する、記憶を消す音が流された。
 音が鳴り止んだあと、友子の胸が熱くなった。――忘れてない。安堵した瞬間、フォルテッシモシモを思い出してニヤニヤした。
 出席番号順で目の前にいる持田に、友子は、
「フォルテ三つで、フォルテッシモシモ」
「えっと」と持田は戸惑った顔をした。「それ、フォルテッシッシモじゃないですか?」
「持田さん! ちゃんと覚えてるよ!」
 前方で、列から飛び出した男子が手を振っている。持田は嬉しそうに手を振り返し、
「笠原くん! 学年末前、楽しかったね!」
 見覚えのない男子の元に駆けていく親友の背中を、友子はただ見送っていた。

(了)

山岐信さんの前作「ハルマメドン」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory95.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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