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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「身代わりのエリー」(滝沢朱音)

2019.01.31 更新

 手紙の代筆屋をしていると言うと、たいてい怪訝な顔をされます。
 まあ当然ですよね。Eメールですら廃れつつある今、あえて手紙で思いを伝える必要など、あまりないでしょうから。
 バレンタイン前のこの時期なら、あなたのように「ラブレターを代筆してほしい」と言ってくる人もいますが、ふだんは「それで生活できるんですか?」なんて、気遣われることのほうがほとんどです。
 でもね、心配ご無用。ちょっとした特殊能力のおかげで、けっこう繁盛していましてね。
 ――実は僕、人形の心を読むことができるんですよ。
 物言えぬ人形にかわり、その思いを持ち主に伝える。そう、人形の代筆屋なんです。
 あ、コーヒーがきましたね。彼女が淹れたコーヒーは絶品ですよ。さめないうちに、さあ、どうぞ。

 ええ、今までたくさんの依頼を受けてきました。たいていは、人形の持ち主からの依頼です。
「ずっと一緒にいるこの人形が、私のことをどう思っているのか教えて」とか、「入手したアンティークドールが、代々どんな人に可愛がられてきたのか知りたい」とか。
 中には、「古い人形を処分したいが、呪われないだろうか。人形の意思を確認しておきたい」なんて依頼もあったっけ。ひどいもんですよ。
 人形の念から読み取ったメッセージは、口頭ではなく必ず文章にして、持ち主に渡すことにしています。
 なぜって、僕は感情移入しやすいたちで。手紙のほうが、客観的に仕事をこなせますからね。
 とはいえ、「呪わないか」と聞いた持ち主に対して、『とんでもないわ。今まで可愛がってくれてありがとう。さようなら』と、人形が悲しみをこらえてメッセージを託してくれた時には、ペンを持つ手がさすがに震えました。
 その人形っていうのが、ほら、その棚にある日本人形なんです。あまりにもかわいそうで、うちで引き取らせてもらいました。
 よほど居心地がいいのか、当時より髪が伸びているのが不思議なんですけどね。

 たまに人形自身からも、かつての持ち主へのメッセージを託されることがあります。
 そういうときは、もちろん金にはなりませんが、人形のかわりにそっと手紙を書いてやります。
 たいていの人は驚きつつも、人形からの思いがけない言葉に喜んでくれたものでした。

 ――ただ、あのときは別でしたね。
 街はずれのごみ捨て場で、声もなく雨に濡れていたエリー。
 青灰色(ブルーグレイ)の瞳をした、美しい彼女の心の叫びを、偶然通りがかった僕は聞き取ったのです。
 持ち主である中年女性が、かつて自らの過失で、幼い娘マリアを死なせたこと。エリーは、その身代わりとされたこと。
 はじめはエリーを可愛がっていたその女性が、いつしか冷たい顔でエリーを邪険に扱い、放置するようになったということを。
 おそらくその女性は、時間の経過とともにマリアを亡くした事実を受け入れ、身代わりのエリーに執着しなくなり、捨てたのだろう。僕はそう推測しました。
 それなのにエリーは、けなげなメッセージを僕に託すのです。
『ママ、私のことを愛して。昔のように抱きしめて。私はいつだって、ママのそばにいたいの』と。
 僕は、エリーの望みどおりに手紙をしたためると、三番街にあるアパートへ手渡しにいきました。

 その女性――エリーのママは、すでに立ち直っているのだろうという僕の予想とは違い、顔はやつれ、髪もぼさぼさ。とにかく、ひどいありさまでした。
「突然、なんだっていうのよ?」
 酒くさい息を吐きながらそう言う彼女に、『いとしいママへ』と書かれた封筒を渡すと、彼女は叫びました。
「マリア、これはマリアからの手紙ね! なんてこと! マリアはやっぱり生きていたのね!」
 もどかしげに封をあける彼女に、僕は告げました。
「いいえ、この手紙は、エリーからです」
「エリー? エリーって、出来の悪い、ただの人形よ? 可愛いマリアとは、似ても似つかない……」
「この手紙は、エリーに頼まれて、僕が代筆したものなんです」
 僕がそう言うと、彼女は憎悪に満ちた目で僕をにらみつけたあと、メッセージに目を通し、泣き出しました。
「ああ、神様。これがマリアからなら、どんなによかったか。お願いです、早く私にマリアを返して!」
 残念ながら彼女は、かつて自分でかけた呪いから抜け出すことを、今も望んではいないようでした。
 それほどまでに、亡くなったマリアを溺愛していたのでしょう。

 手紙を渡したときの様子について話すと、エリーの懊悩(おうのう)がひしひしと伝わってきました。
『……私、マリアにそっくりだったらよかったのに』
「……」
『鈴のような、かわいい声をしていたマリア。もし私が彼女のような声を持っていたら、マリアの代わりになれた。そうすれば、ママだって元気になれたのに』
 動かない端整な顔の裏で、エリーの心はもがき苦しんでいるようでした。
『いったいどうしたら、ママを救ってあげられるのかしら?』
「……ママを救えるのは、ママ自身しかいないよ」
 僕がそう言うと、エリーの念がふっと止まりました。
「それに君は、ママの愛を求めるあまり、大切なことを忘れている」
 エリーのとまどいが伝わってきます。自分が何を忘れているのか、全く思い当たらないのでしょう。
 僕は、いよいよ核心に触れることにしました。
「君は必死で、ママの願いに応えようとした。マリアを亡くしたママが、君にその身代わりを求めたから、そうなろうとした。本当にえらかったね。でも……もういい。もういいんだよ」
 無表情なはずのエリーの顔が、なぜだか、かすかに震え始めました。
「……本当は、君は人形なんかじゃない。そうだろう?」
 青灰色の瞳に、透明なしずくが、ぷくりと浮かび上がりました。
「姉のマリアが亡くなったとき、幼い君もどんなに悲しかったことだろう。なのに、その悲しみを……声を封じ込めてまで、愛するママに寄り添おうとしたんだね」
 そのとき、まるで呪いが解けたかのように、エリーの頬をしずくがつたい落ちました。
 僕はその涙を指でぬぐうと、彼女を抱きしめました。
 陶器のように冷えていた彼女の身体に、少しずつ温もりがよみがえってきます。
「そう、君は人間だ。そして、もう幼い子どもじゃない」
『……』
「大丈夫だ。たとえママに愛されなくても、1人で生きていけるんだよ」
 彼女の唇から、嗚咽とともに、かすかな声が漏れ出ました。
「マ……マ……」
 ――姉を失って以来、封じ込めていた声を、妹のエリーはようやく取り戻したのです。

 え? それから彼女はどうなったのか、ですって?
 ――さっきコーヒーを出してくれた女性、彼女がエリーですよ。僕の助手として、この仕事を手伝ってくれています。
 長いこと人形を演じてきたせいか、僕よりも人形の気持ちがよくわかるようで、クライアントにも好評でしてね。
 ここだけの話、実は……僕はエリーのことを愛しているのですが、彼女が僕をどう思っているかはわかりません。
 声を失い、人形になりきっていたあのときなら、心を読むことができたんですが……。僕は人間の心、特に、女心にはうとくって。
 えっ、思い切って、バレンタインデーに告白してみろって? うーん……たしかに、いい機会かもしれませんね。
 代筆屋にラブレターを書いてもらおうかな。もちろん、人間のね。

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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