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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「ハルマメドン」(山岐信)

2019.01.31 更新

   一

「鬼はー外、福はー内!」
 叫んでいるのは幼い兄妹です。庭にやってきた〈鬼〉に、〈豆〉を投げつけています。
 〈鬼〉は銀色です。〈豆〉も銀色です。
 〈鬼〉は人型のロボットで、装甲部分に当たった〈豆〉の個数を正確にカウントすることができます。〈豆〉以外のものが当たっても、ポイントに換算しません。
 〈豆〉はパチンコ玉のような見た目です。同一の〈豆〉の、二度目以降の接触はポイントに入れないよう、〈鬼〉に信号を飛ばします。
「鬼はー外、福はー内!」
 窓を開けて、お母さんが顔を出しました。
「大きな声を出すんじゃありません。ご近所さまにご迷惑でしょう。いい子にしないと、来年は〈豆〉をもらえませんよ」

   二

 節分庁から自治体を通して支給される〈豆〉には、一世帯に何個までという制限は設けられていません。けれど、国内に存在する〈豆〉の数には限りがあり、人生ゲームのおもちゃのお金がプレイヤー間を行き来するように、家々を隔てる道を流動しているのです。
「まったく。世の中にはずるいやつらが山ほどいるんだ。そいつらから〈豆〉を捲きあげて、真面目に頑張っている庶民にもっと回してほしいものだ」
「でも、あなた。今年は二人で二百個ももらえたのよ。全部当てれば二百ポイントよ」
「二百ポイントを換金すれば、念願の世界一周旅行ができるな」
「だから文句なんて言うもんじゃないわ。来年の〈豆〉の数にも響くわ」
 夫は急に青ざめて、きょろきょろとリビングを見回しました。
「口が滑った。愚痴なんか言うもんじゃない。文句一つ言わずに淡々と努力している奴らに、豆を回せと苦情を入れられるからな」
 ピンポーンとドアチャイムが鳴りました。
「〈鬼〉が来たんだわ」
「一年間、待ちに待った幸運の〈鬼〉だ」
 二人はそれぞれ、〈豆〉の詰まった枡を持ち、うきうきと玄関に向かいました。

   三

 節分の日の翌日、大学のゼミが始まる前の休み時間です。男子学生がノートパソコンを開いています。
「非福者の一覧なんか見てんのかよ」
 後ろから画面を覗き込んだゼミ仲間が、へらへら笑いながら言いました。画面には節分庁のホームページが表示され、たくさんのフルネームが、びっしりと掲載されています。
「今年もこれだけの人たちが、〈鬼〉に殺されたんだね。〈豆〉を一個も当てられずに」
「人たちだなんて、非福者に人権があると思ってんのか? 普通は投げりゃ当たるもんだぜ。一年で一個も〈豆〉を稼げない、嫌な奴らだったのさ。自業自得ってやつだな」

   四

 人々は、節分庁から支給されたツノを頭につけて生活しています。頭頂部に一本だけ、ミニチュアのコーンのようなツノをつけている人もいれば、二本つけている人もいます。
 駅前でハイヒールを履いた女性が転ぶと、たちまち黒山の人だかり。
「お怪我はありませんか」
「まあ、血が出てるわ。私のハンカチを使ってくださいな」
「いいえ、僕のを」
「いや、俺のを」
「いいえ、あたしのを」
 いいことをした人たちのツノは緑色に光り、節分庁に電波を飛ばします。国民は、専用の番号に電話をかけると、その時点での自分の〈豆〉の数を知ることができます。
 首都圏の駅構内には節分庁のポスターがでかでかと貼られています。
――〈豆〉を当てたポイントで家を買おう!
――福は内、福は内、福は内! 豆豆豆!
――情けは人のためならず。非福者は人に非ず。
――その〈豆〉、善い人に譲るべきじゃない?

  五

 ある青年が、服の繊維一本落ちていないクリーンな戸外を歩いている時のことです。ふとショーウィンドウに目をやると、瞬間、カタカタと顫え出しました。
 彼のツノが緑色ではなく、赤色に光っているのです。彼は自分の体のあちらこちらを確認し、それが済むと辺りをきょろきょろ見回しました。
「あっ、しまった」
 彼が歩いてきた方角に、コンビニのレシートが落ちています。
 キャンディーに群がるアリのように、人々が駆けつけて、ゴミ拾い合戦が始まりました。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 青年は号泣し、地面に額をこすりつけながら、笑顔の群衆に詫びます。
「街をわざと汚したんじゃないんです。気がつかずに落としてしまったんです」
 青年の前で、レシートがたくさんの指に引っ張られて、散り散りになっていきます。
「いいんですのよ!」
「ありがとう、ありがとう!」
「この頃は、いいことをしようにも手段が減っているのだ。もっと落としてくれ、頼む!」
「〈豆〉が増える! ゴミ万歳! ゴミ万歳!」

   六

 映画館やカフェの入り口では、「どうぞお先に」とやんややんやのドア開け合戦、電車のシートは尻預ける者なく一斉撤去、政治家はマニュフェストを守り、芸能人に不祥事はなく、パワハラセクハラといったあらゆるハラは、枯れた花びらのようにハラハラと散り、喫煙者はココアシガレットで満足し、酔っ払いは厄介払いされ、いじめでじめじめしていた学校はカラカラに干からびて廃校、ブラック企業は経営方針を改め、社会のオセロ盤はホワイト一色、部下の手柄を横取りする上司と、同僚の足を引っ張る嫉妬深い輩は地の果てへ異動、接客業者はネームプレートと誇りを胸に一流の仕事をし、客は客としての品位を失わず、弱いものいじめのクレーマーたちは、血の上った自らの頭にセルフ・クレームをつけ、嫁姑は仲良く、犯罪者は非福者として〈鬼〉に排除され、刑務所と裁判所と警察署は取り壊され、その土地に緑豊かな公園ができ、虐待されていた子供たちには親を虐待する権利が与えられ、人々の募金に次ぐ募金のために、レジ横の箱では間に合わず、コンビニの隣には必ず募金所が建つようになり、自己紹介の趣味欄にボランティアと書くのが流行、辞書からは差別という言葉が削除され、誰もが動物愛護の立場を表明し、環境問題に熱心だと表明し、なんやかんやと表明し、食べ物は美味しく、水はきれいで夜は静か、この頃みなさん肌ツヤもよく、この世に天国が実現しました。

   七

 いくつもの節分の日を経験した、地上の天国の住人たちは、ある年にふと気がつきました。
「〈豆〉が増えないぞ」
 札束の入ったバッグを、交番の跡地に建った落し物センターに届けても、横断歩道を渡りきれないおばあさんを助けても、風邪っぴきにマスクを差し出しても、ツノが光らないのです。
 世間のざわつきが高まると、節分庁がテレビを通して新たな方針を発表しました。
「自分の利益のための善行は、いいことにカウントせず、悪いこととして減点対象になります」
 常に笑顔を振りまき、怒ることのない国民も、笑顔で遺憾の意を表明せずにおれません。
「遺憾である、遺憾である」
 老若男女のデモ隊が節分庁の前に結集し、〈鬼は外、福は内、偽善は善の内!〉と書かれた横断幕を掲げ、衝動の丘でなく理性の都の住人であることを強調するために大笑いしつつ、
「遺憾である、遺憾である」
 節分庁はこれを受けて陳謝しました。
「〈豆〉の数を過度に気にさせてしまう仕組みがいけなかったと反省致しました。保有数を確認するための専用ダイヤルを閉鎖致します」
 善いことと悪いことの区別が容易につかないなか、自分の〈豆〉の数を確認できなくなった人々は、パニックに陥りました。
 〈豆〉を一個でも所有していた人々は、発表を受けて、自宅に引きこもり、
「うかつに行動したら死ぬ。間違えたら死ぬ」
 と病的に呟きながら布団の中で顫えました。
 酒を煽る人やヘビー・スモーカーが現れ、怪しげな豆神様を祀る宗教が大流行しました。
 人身事故が急増したため、鉄道各社は専用の零番線を設け、駅にポスターを掲示しました。
――電車へのお飛び込みは零番線へ。
 国民の大半が非福者として処分されるであろう節分の日、ある駅の零番線ホームです。早朝にも関わらず混雑しています。線路に降りて、スタンバイしている気の早い人もいます。
ひとりの男が、ホームから見える街に向かって、〈豆〉を投げつける仕草をしています。彼は半狂乱で怒ったように叫んでいます。
「福はー外、福はー外、福はー外!」
 轢死待機者たちは、互いの頭に生えている滑稽なツノを見上げました。と、自分たちこそ社会の外に締め出された鬼である気がしました。
「見ろ、福が来る! 俺らを殺しに来るぞ!」
 と男が指差す先には、明け始めた紺色の空を背景に、塵一つない街並みが広がっています。

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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