キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

新・世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
バックナンバー  1...929394959697 

「恋のアンテナ」(恵誕)

2019.01.31 更新

 カラン、カラン、カラン、カラン……つま先にかるくあてた空き缶は、思いのほか大きく響き、その音は「から(っぽ)ね!」と笑っているようだった。
 今夜も残業を頼まれて、遅くなってしまった。
 ため息をひとつつくと、とつぜん、うぉーん! うぁーん!という声が聞こえてきた。
 それは歩道沿いに1本だけ残された、大きな桜の木の影から出ているようで、赤ちゃんの泣き声にも聞こえる。
(やめてよやめてよこんな時間に……)
 私は心の中で唱えながら、おそるおそる幹のうしろを覗いた。
 そこには猫が3匹、二等辺三角形のような形でたたずんでいた。
 三角形の頂点にいる白い毛並みのふわふわした猫は、ちょっと困った顔をしている。
 それに対して底辺にいるキジトラとサビ猫は前のめりで、先ほど聞こえたうぉーん! うぁーん! という声を交互に出していた。
 この状況……
 そうか。春先は猫の恋の季節か。
 キジトラは低い雄叫びをあげながらじりじりと距離をつめようとしている。白猫は、眉間にシワを寄せシャッ、シャッ、と威嚇音を出し後ずさりしていた。
 と、その背後にいつの間に移動したのか、サビが回り込んでいた。
 まさか嫌がる女子を男子が挟み撃ちしようっていうの?
「こらーっっ!!」
 私はとっさに地面を蹴り上げ、2匹の雄猫を追い払った。
 キジトラもサビも、あんなにねっとりとした声を出していたのに、あっけなくその場をはなれていく。 
「ありがと」
 残った白猫のちいさな口元がぱくりと開き、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「あたし、避妊手術してるんだけど、それでもフェロモンが滲みでちゃうみたいで、この季節はとくに大変なの」
 白くふわふわとした美しい毛並み、クリクリと輝くビー玉のような青い瞳、月明かりに輝く銀色のヒゲ。ニンゲンなら美少女と呼ばれるタイプだろう。
「もちろん、素敵なオスもいるのよ。昨日、声をかけてくれたミロくんは物知りでスマートでつねにレディファーストなの。あ、べつにグイグイくるタイプがダメってことじゃないの。この前会ったビリーはかなり積極的で頼もしくって、でも、さっきのオスたちとは違うの。
 なんていうか、フィーリング? ね。あなたも女ならわかるでしょ?」
 そう言うと、彼女はこちらの顔をじっと覗きこんだ。
「いや、ちょっとよくわかんないかも……」
 私がそう呟くと、白猫は「えっ!」と目をまんまるにして、ぱちっぱちっと瞬きを数回繰り返した。
「わかんないってなに? あなたどんなオスが好みなの?」
「どんなってオスって言われても別に……」
「なにそれ? じゃあ、もしかして彼氏も好きな人もいないってこと?」
「ああ、まぁ、そんな感じ」
 白猫は信じられない、という表情でそのちいさな両手を自分の頬にあてた。
 ピンク色の肉球でほっぺをぐいぐい押すその仕草は、猫ながらなんとも愛らしい。
 しかし、次の瞬間、彼女はずいっとこちらへ近づくと、目をギラリと釣り上げた。
「だめよ! 彼氏はともかく、好きな人もいないなんて。もうすぐバレンタインじゃない! あなたもしかして……」
「もしかして?」
「恋のアンテナ、壊れてるんじゃないの?」
「恋の? アンテナ??」
「そ。ときめきをキャッチする、女の子にとって大切なアンテナ。
 素敵な出会いも、いい恋も、このアンテナ次第。だからあたしはたくさんのオスの中から、相性のいい相手を選べるの」
 へ〜、っと私が気の抜けた返事をすると、今度はその場でぴょんと垂直に飛び上がり、高い声で叫んだ。
「へ〜、じゃないでしょ! あなた、ニンゲンでしょ! 女の子でしょ!
 いい? 猫もヒトも動物の女の子は胸がきゅん、とする恋のアンテナをみんな持ってるはずなのよ」
 白猫はふうふう言いながら、ちいさな鼻をふくらませている。
「でも私、恋のアンテナが壊れてるというか……」
「壊れているというか、なによ?」
「たぶん、開設されてないと思うの」
「……」

 長い沈黙が続いた。
 白猫は急に顔をあげ、「わかったわ」というと、右手を自分の頬に持っていき、そしてその感触をたしかめると「えいっ!」という掛け声とともに自分のヒゲを抜いたのだ。
「ちょっとちょっと、なにしてるのよ」
 私は慌てた。猫のヒゲは決して切ったり抜いたりしてはいけない、という情報がインプットされていたからだ。
 案の定、彼女は「いた〜い」と頬をおさえて、大きな瞳に涙をためているではないか。
「はい、どうぞ」
 頬をさすりながら、握りしめていた自分のヒゲを私に向かって差し出した。
 柔らかな肉球が手のひらに触れる。ああ。猫ってなんて、あたたかいんだろう。
「あたしの恋のアンテナ、あなたに分けてあげるわ。助けてくれたお礼よ」
 無理やりヒゲを引っこ抜いたからだろうか。右側の頬だけぷっくりと赤くなっている。
「猫のヒゲはね、獲物を察知するセンサーの役割があるの。目や耳ではキャッチできない超微妙な情報がわかるから、いちはやく自分にあうオスがわかるのよ。恋ってリクツじゃない部分が大きいでしょう?」
 そういうと彼女はにっこりと微笑み、尻尾をぴんと立てて去っていった。
 白くちいさな背中を三日月が照らす。
 ありがとう。私は心の中で呟いて、大切なアンテナをそっとハンカチにくるんだ。

 白猫の気持ちが素直にうれしかった。
 痛い痛い思いをして、自分の恋のアンテナを分けてくれたことがうれしかった。
 けれど私にはときめく、という気持ちが備わっていない。
 それは必要【なし】と設定されているからだ。
 それでも彼女の言う、胸が“きゅん”とするときめきを想像してみる。
 好きな人を思って自分の世界が何倍も鮮やかに、大きく広がること。
 それは、やはりニンゲンの特権なのだと思う。

 私の左耳にはPというマークが入っている。
 大切なパートナーと呼びながら、道具であることを意味するマーク。
 容姿もふるまいも完璧になってしまった私たちを、識別するためのマーク。

 「あなた、ニンゲンでしょ! 女の子でしょ!」
 そう言ってくれたことが何よりうれしくて、私は自分がアンドロイドであることを白猫に告げられなかった。

バックナンバー  1...929394959697 

作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

おすすめ作品

悪夢か現か幻か

第10回 苺狩り

堀真潮(ほりましお)

いろはノート

恋愛上手な私になる

いい女.bot(いいおんなボット)

悪夢か現か幻か

第9回 膳

堀真潮(ほりましお)

ページトップへ