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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「豆鬼」(霜月透子)

2019.01.31 更新

 二階のぼくの部屋に西日が差し込んでいる。光の帯は机の上まで延びて、大きな瓶を赤く輝かせている。両手で包みこんで持ち上げ、中身を見つめた。発芽しかかった豆らしきものがぎっしり詰まっている。捨てるに捨てられず、こんなに溜まってしまった。
 この芽のようなものは、みんなにも見えているのかとずっと思っていた。どうやらぼくだけだと知ったのはいつだっただろう。豆を集め始めたのは小学校高学年だったから、同じころかもしれない。
 この豆は、節分の豆まきに使ったものだ。鬼は外ー、福は内ー、と叫びながら投げる、あの豆だ。
 幼いころは鬼が見えていた。絵本に出てくるような赤や青の肌をした大きなやつではなく、ハムスターほどの大きさで、ぼくらと変わらない肌の色をした小鬼だ。体は小さいが姿は鬼そのもので、なにかの切れ端みたいな腰巻をして、頭に角を生やしていた。
 小鬼は大それた悪さをするわけでもなく、時おり人の食べ物をくすねたり、服や靴をかじったりする程度だった。ただ、彼らは増殖するようで、増えればやはり被害は大きくなる。食べ物は減ったり傷んだりが目立つようになり、服や靴、時には家具にまでも傷が増えた。そうなるとよくないことも起こる仕組みらしく、家族の誰かが寝込んだり、親戚の不幸があったりした。
 小さくても鬼は鬼。魔を滅するという豆を投げつければ、キーキー耳障りな声を上げて逃げていく。年に一度の豆まきが済むと、家の中に静けさが戻り、心なしか照明が明るくなった。

 『それ』に気付いたのは、ほんの偶然だった。ある年の――おそらく小学五年生の節分だったと思うのだが、例年通り家族で豆まきをする際、うっかり言い間違えた。
「鬼は内ー」と。
 父も母も笑った。けど、ぼくは笑えなかった。「鬼は内」と言いながら投げた豆に、一匹の鬼が吸い込まれたのだ。その豆を拾って、よくよく見ると、小さな突起があった。手のひらに乗せて両親に見せると、
「あら。芽が出てるわ」
「炒り豆なのに発芽するんだなあ」
 と面白そうに眺めたが、すぐに興味をなくして、再び「鬼は外ー」と声を上げ始めた。
 ぼくは、豆の突起に触れてみた。硬かった。これは芽なんかじゃない。角だ。豆の内に閉じ込められた小鬼の角が飛び出ているんだ。
 豆まきが終わり、両親が散らばった豆の片づけをしている間に、ぼくは豆を拾うふりをしてキッチンに向かった。母が手作りジャムを入れるのに使っている瓶を拝借するためだ。
 瓶を自室へ持ち帰ると、鬼を閉じ込めたばかりの豆を入れた。硬い豆は、からっぽの瓶底に当たって弾み、カツン、ツン、ツン……と澄んだ音を立てた。
 豆に入った鬼は、瓶を振っても、日向ぼっこさせても、なんの変化もなかった。意識がないのか、封印されて身動きがとれないだけなのかわからないが、一匹ぼっちでは気の毒に思えてきた。
 翌年の節分では、わざと言ってみた。
「鬼は内ー」
 投げた豆の正面にいた小鬼が一瞬で縮んで、豆の着地と同時にシュッと吸い込まれていった。
 瓶に入れると、新旧の豆は自然と寄り添った。
 毎年仲間を増やしてあげよう。そう思い立ったのは、この時だったかもしれない。
 翌年もそのまた翌年も、同じ手順で小鬼を豆に閉じ込めた。ただ、小鬼はなかなかすばしっこく、いくらでも閉じ込められるわけではなかった。鬼の豆は、一個の年もあれば、二個や三個の年もあった。

 そうして今日、ぼくは瓶いっぱいの鬼を外に放そうと思っている。瓶は見た目よりもずっと重かった。豆だけでなく鬼の体重もあるのだから当然だろう。
 蓋を開けようとした瞬間、パッと部屋の明かりがつき、背後から声をかけられた。
「おじいちゃん! 起きてて大丈夫なの?」
 この春で社会人になる孫娘が、ぼくをベッドへと連れ帰る。体のあちこちの関節が軋んで、机からほんの二、三歩の距離を何分もかけて移動する。
「どうしたの、こんな重いものを持って。机に戻しておくわね」
 取り上げられそうになった瓶を慌てて取り返す。
「おじいちゃん、持っていたいの?」
 ぼくはゆっくりうなずく。
「……ねえ、それ、いったいなんなの?」
「鬼だよ」
「おに? 昔話に出てくる、あれ?」
「もっと小さいやつだ。豆まきで追い出すだろう? ぼくにはもう見ることはできないけど、おまえならどうだ?」
 孫娘は眉尻を下げて泣きそうに笑った。ぼくが食事をぼろぼろ零した際にデイサービスの職員が見せる表情に似ている。
「うーん。わたしも見えないかなあ」
 孫娘が部屋を出て行くのを待って、ぼくはまた起き上がる。窓を開ける。空は暗く、風は凍てついている。
 冷たい風に乗って、どこかの家で豆まきをする声がかすかに聞こえる。
 左腕で瓶を抱きかかえ、右手で何度も握り直してようやく蓋を開けた。今のぼくには、発芽した豆にしか見えない。あの頃の父や母と同じように。
 本当はこのままにしておくべきなのかもしれない。鬼が増えれば碌なことにならない。けれども、追い出された鬼ならばどこか別の場所で暮らすこともあるだろうが、豆に閉じ込められた鬼は逃げ出すこともできない。ぼくがいなくなったら、この子たちはどうなるのだろう。
 ずっとぼくの部屋にいた鬼たちは、誰よりもぼくと共にいた。ただ共にいただけではあるけれど、言いようのない親しみを感じていた。
 今この時でなければ、鬼を放してやることは叶わないかもしれない。今日ならば、ほかの鬼たちと合流できるだろう。
 瓶を傾けると、豆はころころと音を立てて屋根を転がった。
「鬼はー、外ー」
 転がる豆にかける、ぼくの声はしわがれている。
 それでも豆はひとつずつ弾け、割れていった。次から次へと小鬼が躍り出る。でんぐり返しをしながらキーキー声をあげている。
 鬼の姿が見えることに驚いた。そしてすぐに、ああ、子供に還っているのかもしれないなあと思った。子供に還り、赤ん坊に還り、そして……。
 転がる小さな体は雨どいで止まり、みるみるうちに小鬼が並んでいく。
 一匹の小鬼が、屋根の傾斜をのぼってこようとしている。ほかの子も後に続く構えだ。
「だめだ」
 ぼくが言うと、揃って足を止めた。心なしか悲しそうに見えた。別れを惜しんでいるみたいに。
「おまえたちは自由だ。長い間、閉じ込めて悪かったな」
 小鬼たちはキュルキュル鳴いた。マタクル、と聞こえた。
 また来る、だと?
「いや、だめだ。また来ても、たぶん、ぼくはいない」
 小鬼たちは小さな頭を激しく振った。
 キュルキュル。キュルキュル。――来る、来る。絶対来る。
 鬼は外、と我が家の一階からも聞こえ始めた。小鬼たちは頭を抱えたり、胸を掻きむしったりして苦しそうだ。
「ほら、行きなさい」
 キュルキュル! キュルキュル! キュルキュル!
 苦しいに違いないのに、ぼくのもとに帰ってこようとする。ぼくは、たまらなくなって言った。
「わかった、わかった。また来ればいい。待っているから」
 キュル? ――ほんとうに?
「ああ。おまえたちに会うためにもう少し頑張ってみるさ」
 キュウ!
 小鬼たちは大きく弾んで道へと飛びおりて行く。
 キュルキュル、キュウ!
 ぼくは手を振る。
「ああ。また来年な!」
 小鬼たちは、おかしくてたまらないというように、大きな笑い声を上げ、夜の町を走り去っていった。

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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