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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「たいせつなゴミの日」(恵誕)

2018.10.15 更新

 月は29日と12時間44分で、地球をひとめぐりする。
 人もまた、同じようなサイクルでチャンスとめぐり会えるのだろうか。

「やっぱり、イラストの仕事はやめようかな」
 皿の上のプチトマトをころがしながら、僕は呟いた。
 イラストの仕事は、というと他にもあるように聞こえるが、そんなものはない。
 麻理亜はトーストにマーガリンを塗る手をとめ、じっと僕を見た。
「その前に、あるんじゃない?《たいせつなゴミの日》に出せるもの」

 それは、ここに引っ越してきた数日後に、となりのSさんから聞いた話。
 Sさんと麻理亜は偶然にも同郷で意気投合。お茶に招かれた際にこっそり教えてくれたのだ。
《たいせつなゴミの日》は月に一度、満月の夜にあらわれる。
 それは『とてもたいせつだけど、心を邪魔しているもの』が捨てられる日。
 方法はカンタンで、満月の光と共鳴する『穴』に捨てる。それだけで過ぎ去った日の夢とお別れできる、そうだ。
「丘の上にある公園の古井戸が、それよ」
 Sさんは内緒話でもするように声を潜めた。
ベタな都市伝説だな、と僕は笑ったが、麻理亜の表情は真剣だった。それどころか、気持ちとかカタチのないものはどうやって捨てるのか、なんて聞いていた。
「中身が見える透明な器に、その気持ちを呟いて捨てればいいのよ」
 静かな声でSさんは言った。

 麻理亜とは学生結婚だ。僕は美大時代に油絵で大きな賞をとり、そのまま画家になった。
 若いということもあり、初めはそこそこ注目されていた。
 しかし、三年たつと賞の効力は消え、ただの人になってしまう。ただの人になっても、僕には描くという使命があるのだから、つまらない職につくわけにはいかない。
 そんな僕に麻理亜が持ってきたのが、イラストの仕事だった。
 広告のパンフレットやホームページの隅に使われるイラストは「誰からも愛されるような」とか「ちょっとゆるキャラ的に」とか、ばかばかしいオーダーばかりで魂がおそろしく消費される。
 麻理亜はどんな形でも描けることがたいせつ、と言うけど冗談じゃない。僕の夢は油絵だ。
 そのことで、僕たちはしばしば言い合いになった。
 彼女は僕に「変なプライドを捨てろ」と言いたいのだろう。

 満月の夜、僕は空の香水瓶を手に坂を登っていた。
 それは僕がフランスへ行った時にお土産で麻理亜に買ったもの。
 なめらかな曲線が美しく、香水を使い終わったあとはシェルフに飾っていた。
 彼女は今朝、「今日って満月だよね」と呟いてそれを差しだした。
 僕は、その瓶を持って家を出るそぶりを見せるのがパートナーへの思いやりだと思い、近所をぶらついて戻るつもりが、いつの間にか公園へと向かっていた。
 小高い丘の上にあるその公園は木々に囲まれ、ジャングルジムやブランコなどの遊具がほどよく配置されている。
 ベンチの奥に石の塊のようなものがあり、直感的にそれが井戸だとわかった。
 近づいてみると蓋は開いていて、膝の高さくらいまで砂が埋められている。
 「僕はプライドを捨てる」
 いったい自分は何をやっているのだろう? ばかばかしい、と思いながらも瓶にむかって呟き、井戸の中へ置いてみた。
 すると、まるでアリジゴクのように砂は瓶をズルズルと呑みこんでいった。

 それから数日後、イラストの発注がきた。
 またか、と思うような通俗的なオーダーだったが、不思議と受け入れることができた。
 僕は言われた以上のサービス精神を盛り込んで描き、それはたいそう喜ばれた。
 けれど、油絵は売れない。

 次の満月の夜、僕は空のワインボトルを手に再び坂を登った。
 そして、そのボトルとともに「理想」を捨てた。
 プライドにくわえ、理想を捨ててからイラストの仕事はどんどん増えた。
 たくさんの仕事に触れることで世の中の相場観が見えるようになり、二ヶ月前の自分がいかにダメだったかがわかる。そして、気付いた。
『ひとつ捨てると、ひとつ入る。何かを得るためには、何かを手放さなければならない』
 という宇宙の法則を。
 都市伝説だとバカにしていたはずが、僕はすっかり《たいせつなゴミの日》を信じ、立ち止まっていた時間を取り戻すべく、捨てた。
 弱気を捨てた。日記を捨てた。お人好しを捨てた。お守りを捨てた。満月がくるたびに形のあるモノも、ないモノもどんどん捨て、そのたびに新しい人生の扉を見つけた。
 けれど、油絵は売れない。

《たいせつなゴミの日》を利用してから半年以上が過ぎた。
 僕は次第に捨てるものがなくなり、焦りだした。
 間違いなく人生は好転しているのに、あと一歩というところなのに……。
 次の満月の夜、僕は学生時代に賞をとった絵をビニール袋に入れて捨てた。
 翌朝、満ち足りた気持ちでコーヒーを飲んでいると麻理亜がこわい顔で僕を睨む。
「なんで捨てちゃったの? たいせつなものなのに。シュンくんの原点なのに」
「たいせつなものだからだよ」
 おかしな会話だと思った。
 たいせつだけど心を邪魔するもの、つまり自分の「支え」のはずが気づけば「つっかえ棒」となり道をふさいでいるもの、それを手放すのが《たいせつなゴミの日》。そのことを教えてくれたのは麻理亜なのに、と。
 それからしばらく、僕と麻理亜は視線をあわせなかった。
 心の中でジリジリと何かが動いている。
 けれど、油絵は売れない。

 気づけば一ヶ月近くが過ぎ、今夜は小望月。明日は満月だ。
 僕は、麻理亜を捨てることにした。
 麻理亜は僕が持っているモノのなかで、おそらくいちばん《たいせつなゴミ》だ。
 今の僕があるのは彼女のおかげ、これは間違いない。でもこれから先はどうだろう?
 夜空に浮かぶ月を眺めながら考えた。
 夕飯には麻理亜が好きな鴨肉を買って、食事のあと映画を見ながら一緒にグラッパを飲もう。グラッパの中に僕が使っている精神安定剤と睡眠薬をたっぷり入れて……そうだ。麻理亜がいなくなったあと、彼女を油絵で描こう。行方不明の妻を描く悲劇の画家として話題になるかもしれない。うん、悪くない。
 計画がすんなりと決まり、しかもその夜は好物のハンバーグで、僕は上機嫌で眠りについた。

 翌朝、眩しさで目が覚めた。よく寝た。
 今日は僕にとって大きな一日。でも、そのまえにイラストの打ち合わせが、午後に入っていたはずだ。いま何時だろう。
 まばたきを二回して、視線を合わせた。
 あれ。太陽? ……いや、違う。月だ。まあるい月が僕を照らしている。
 木々のざわめき、風の匂い、ブランコのきしむ音。ここは、寝室じゃない。
 慌てて起き上がろうとしたが、カラダが言うことをきかない。頭がぼうっとする。
「シュンくんの夢、叶えてあげるね」
 聞き覚えのある、やさしい声が空から降ってきて、肩をぎゅうっと押された。
 ああ。話題になるのは、そっちの方法もあった、か。

 そして、僕の油絵は売れた。

(了)

恵誕さんの前作「ともだち」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory79.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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