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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
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「ただいまを言う前に」(髙山幸大)

2018.09.28 更新

 「おかえりなさい。こんな遅い時間まで塾かい? 暗いから気をつけて帰るんだよ」
 娘夫婦の家へ孫に会いに行った帰り道、薄明かりの中を一人で歩いていた少年とすれ違い、何気なく声をかけた。孫がこの子くらいの年齢になった時、どのような成長をしているのだろうと微笑ましく思いながら。
 その瞬間、頭上から男の声が。
 『人物検証開始。あなたの顔をスキャンします。そのまま動かないでください』
 突然のことに驚き足がすくむ。少年はため息をつきながらその場でじっとしている。
 声がした方向を見上げるとカメラがこちらを向いている。その一台だけではない。四方八方のカメラが私を向いている。
 「これは一体なんだい?」
 私が問いかけるも少年は無言のままだ。
 『データ照会中。しばらくお待ちください。データ照会中。しばらくお待ちください』
 抑揚の無い男の声が響く。
 『検証終了。身元確認済み。町に親族居住。犯罪歴無し。その他登録データを診断、異常なし。危険人物である可能性は低いと判定されました。挨拶許可』
 すると冷たい印象だった男の声が子ども向けアニメキャラクターのような楽しげな声に切り替わる。
 『さぁ! 元気に挨拶しよう!』
 少年は私に向かって背筋を伸ばして立ち、そして頭を下げる。
 「ただいま。気をつけて帰ります」
 そのまま立ち去ろうとする少年を思わず呼び止めた。
 「ちょ、ちょっと待って。今のはどういうことだい?」
 「おじいちゃん、この町の人じゃないですよね?」
 「ああ、そうだよ」
 「この町の人じゃなければ知らないかもしれませんが、ここでは子どもが大人に対して自由に挨拶できない規則があるんです」
 「なんで? どういうことだい?」
 「知らない大人に声をかけられたら気をつけなくてはいけない、その大人が悪い人ではないと自分で勝手に判断して言葉を交わしてはいけないって規則があるんです。だから町の検証システムから許可が出るまで挨拶できませんでした」
 娘が言っていた治安強化に力を入れた子育てしやすい町とはこういうことか? それに以前、全国で義務化されたからとよくわからないまま役所で顔登録したけど、あれ、こういうのに使われているのか……。
 「確かにどこに悪いやつが潜んでいるのかわからないご時世だ。言っていることはわからなくもない。でもあのカメラが危険人物を取り締まるのはいいとして、君は私のことを無視して立ち去ればよかったじゃないか。わざわざこんなことまでして心ない挨拶をされるなら、そうしてもらった方がまだマシだった」
 「それができないんです。挨拶を返さないのも規則違反です。元々は知らない大人に声をかけられたら黙って逃げていた。親や先生にそうしろと言われていたから。でも、せっかく思いやりの心で声をかけているのに子どもたちがそんな態度を取るのはおかしいんじゃないか、挨拶は大切なことだって大人たちの間で話し合いが行われて、それで……」
 「そうだったのか。ここの子どもたちは大変だな」
 「僕が知っている大人が挨拶する時もいちいち人物検証されているから、子どもだけじゃなく大人も大変なはずです。町にはおかえりなさい運動というものがあって、子どもが安全に帰れるようにとたくさんの大人たちが見回りしながら声かけをしています。だから大人に出会う度に……。僕は塾に行ってたんじゃない。小学校からここまでたどり着くまでに時間がかかっただけなんだ」
 「本末転倒じゃないか。いっそそんな面倒な規則は破ってしまえばいい」
 「カメラに監視されています。規則に従わなければ𠮟られる」
 「でも、もし人物検証している間に君が襲われるようなことがあったらどうするんだい?」
 「そのための護身術を授業で習っています。スタンガンも持っていますし」
 「この規則はいびつだよ。子どものことを考えているとは思えない。やめたほうがいい!」
 「それを僕に言われても困ります。だいたい子どもの意見も聞かずに規則をつくったのは大人たちです。何よりもそもそも悪い大人がいるからこんなことになっているんだ。僕だって気軽に挨拶したいよ」
 そう言われて私は何も言えなくなった。
 その時、カメラから再び声が。
 『同じ場所から動かない子どもを検知。監視モード発動』
 『おうちの人が待っているよ! 早く帰ろう!』
 「ヤバい。急いで家に帰らないと大変なことになる。それでは失礼します」
 「ああ。引き止めてすまん。気をつけて」
 私の孫もこの子と同じような環境で育っていくのだろうか。やるせない気持ちを押し込めるようにズボンのポケットに手をつっこんだ。
 カサッとした手触り。そうだ……。
 「少年、これを持って行きな。おじいちゃんの町のお菓子だ。おいしいぞ」
 「えっ、いいんですか? ありがとう!」
 ずっと曇った表情だった少年の目が輝く。
 最後に笑顔を見ることができて良かった……。うれしく思ったのもつかの間、少年はカバンからタブレットを取り出して操作を始める。
 「知らない人にものをもらう前には申請をしないといけない」 

(了)

髙山幸大さんの前作「以心伝心」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory61.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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