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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「死瞬記」(滝沢朱音)

2018.09.28 更新

「おかえりなさい」と出迎えてくれたのは、ニセモノのママだった。
「おなかすいたでしょ。さっき、パンケーキ焼いたのよ」
 そのほほえみをスルーして、あたしは自分の部屋に入り、鍵をかけた。
 ニセモノは、見た目はママにそっくりで、声も同じ。そのせいか、あたし以外の誰も――パパでさえ、ニセモノだと気づいていないみたい。
 どうしてあたしだけがわかるのか、言葉にするのは難しいけど、とにかく違うの。
「ねえ、ランドセル置いたら、こっちに来て一緒に食べない?」
 ニセモノは機嫌よくしゃべりながら、ドアレバーをがちゃがちゃと鳴らす。あたしはゾッとして、ベッドに突っぷした。
 しばらくすると、ニセモノのため息と、ぐちが聞こえてきた。
「もう、鍵なんか閉めたりして……。思春期の娘って、本当に難しいものね……」
 ――そもそも、パンケーキの焼けた匂いなんて、どこにもしていない。

「ママがニセモノだって? そんなこと、ありえないよ」
 思い切って打ち明けたのに、パパはあたしの言葉を笑い飛ばした。
「どうして、そう言い切れるの?」
「そりゃ、いちおう夫婦だからさ」
 ママとパパは、ふつうの恋愛結婚ではなかったらしい
 ママは、社長のパパのお金と地位が目当てで、パパは、女優のママがきれいで有名なところがよかったんだって、前に2人で冗談ぽく話してたっけ。
「でもね、ママ、前はあんな風じゃなかったでしょ」
「あんな風って?」
「仕事に夢中で、あたしのことなんか放ったらかし。ぜんぜん興味なかったもん」
 ママにとっては、女優の自分が何よりも大切で。そして、そんな自分を甘やかしてくれるパパも大切で。
 だけどあたしは、ママがかつて出産をがんばったという、〝成果〟の1つにすぎなかったんだと思う。ちょうど、ママが昔出た映画のようなものだ。
「それなのに、今頃になって、育児に専念したいから女優やめるとか言い出してさ。意味わかんない」
「はは……まあ、たしかにそうだな。人騒がせだよ」
 ママの突然の引退宣言のせいで、このところマスコミに追いかけられっぱなしのパパは、うんざりした表情で笑った。
「でもまあ……おまえもずっと寂しい思いをしてきたんだから、ニセモノ呼ばわりなんてせずに、思う存分ママに甘えればいいじゃないか」
「甘えるって、あたし、もう小6だよ!」
 口をとがらせたあたしに、パパは大まじめな顔で言った。
「人は皆、いくつになっても甘えたがりさ。パパだって、今もそうだ」

 それでもあたしは、ママがニセモノだと思う気持ちをおさえられなかった。
 だって、まるでママにそっくりの人形が、一生けんめいに『いいママ』の役を演じてるみたいなんだもん。
 学校から帰れば、いつだって家にいて、「おかえりなさい」と言ってくれる。手作りのおやつを作ってくれる。あたしの話をしきりに聞きたがろうとする。
 それは、ずっとずっとあたしが欲しかった、女優じゃないママ。理想のママ像そのものだ。
 そういう意味では、人形は完ぺきに役をこなしてる。それでも、このもやもやの正体は、いったい何なんだろう。
「ねえ、今日のおやつはプリンよ。こっちに来て、一緒に食べない?」
 こりもせずニセモノは、おやつであたしを部屋から釣り出そうとする。
「トロトロのふわふわに出来たの。カラメルソースだって、絶妙の甘さに……」
「……あのさあ」
 ずっとニセモノを無視してきたあたしは、ドア越しに叫んだ。
「パンケーキ作った、プリン作った、ってさあ。そんな匂い、どこにもしてないじゃない! どうせ、お店で買ってきたものなんでしょ!」
「えっ……」
「バレバレの嘘ついてまで、あたしの気を引こうとして。あんたいったい、何をたくらんでんの?」
 ニセモノは絶句して、廊下に立ち尽くしているようだ。
「あたしのママはね、悪いけど、ホンモノの女優なの! 
 料理なんて大キライなくせに、役だと画面ごしに匂いが届くような気がするほど、おいしそうに扱ってみせるんだから。
 あんた、ママをどこにやったの? まさか、ひどい目にあわせてなんかないでしょうね。そんなことしたら、あたし……あたし……」
 あたしの両目から、ぽろぽろと涙がこぼれおちた。
 ――ああ、あたしはママが大好きだ。
 女優という仕事に夢中で、娘のことなどまるで眼中にないママなのに。
 それにしても、どうしてだろう。ずいぶんと長いこと、ホンモノのママに会っていない気がする――

「はい、カット!」
 男の声がして、向こうからドアが開けられた。
「ここまでだね、お疲れさん」
 白ひげをたくわえたハンチング帽の男は、カチンコと呼ばれる撮影用の道具をカチリと鳴らした。
「あの……えっと……」
「どうでしたか、小学6年生の日々は?」
 尋ねられて呆然とする私に、男は続ける。
「女優ではなく、いつも自分を可愛がってくれるお母さん。そして、大切な思春期に、突然いなくなったりしないお母さん。あなたが欲しかったのは、そういうお母さんとの記憶でしたね」
「……」
「そんな生活を追体験してみて、少しは後悔が無くなりましたか?」
 ハンチング帽の男の隣には、あのニセモノ――亡き母にそっくりな女性が立っている。
(ああ、そうだった――)
 若手女優として人気絶頂期に、突然命を奪われた母。あのとき私は、まだ小学6年生だった。
 私の記憶の中に残るのは、私のことは父やシッターに任せきりで、女優の仕事しか眼中にない母の姿だ。
 あの手は、あのほほえみは、いつだって画面の向こうの子どもたちのものだった。
「後悔が……無くなったとは……」
 言いよどむ私に、女性は申し訳なさそうに頭を下げた。
「お役に立てず、すみません。あなたのお母様の演技力には、とてもかなわなくて」
 横から、男も口をそえる。
「さすが名女優のお嬢さんだ。小学6年生当時まで退行催眠していたのに、ニセモノだと見抜くなんて。これでも物質的には、お母さんの完全コピーだったんですがね」
 男の指がニセモノの女の首すじに触れると、女はたちまち空間に溶け、すっと消えた。
「それにしても、『あたしのママはホンモノの女優なの』とは、いいセリフでした。70年前のあなたも、お母さんをさぞ誇りに思っていたんでしょう」
 カチンコをもう一度、カチリと鳴らす男。ボード部分には白いチョークで、『死瞬記』と書いてある。
「人間はこの映画のことを、『走馬灯』と呼ぶそうですな」
「……ええ」
 私がうなずくのと同時に、あたりが明るくなった。そろそろエンドロールも終わる時間らしい。男がうながす。
「では、そろそろ……」
 ――ようやく、70年ぶりに、ホンモノの母に会える。
 まばゆい光の中で、私は男に別れを告げた。
「いってきます」

(了)

滝沢朱音さんの前作「愛人パスポート」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory82.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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