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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「サン・センター」(梨子田歩未)

2018.09.28 更新

「おかえりなさい」
 この言葉を口にすると、美保はどうしても顔が強ばってしまう。そんな美保の思いを知ってか知らずか息子のユウジは優しげな笑顔を浮かべ、「ただいま」と言った。
 それからソファでユウイチが寝ているのを見つけると、「兄さん、寝てたんだね。うるさかったかな、ごめんね」と小声で美保に謝った。
 美保は首を横に振るが、その後言葉が続かない。会話のない中、ユウジは自分の部屋に行き、制服を脱ぎ、ハンガーにかけるのだ。部屋もいつも整っていて、美保が掃除をしてやる必要もない。ユウジが手を洗い、うがいをしてリビングに戻ってきた。
 自分が中学生の時とは大違いだ。いつまでも制服を脱ぎっぱなしにしてしわになると母からいつも小言を言われていた。
 寝かせていたユウイチの泣き声がした。昼寝から目が覚めたようだ。美保は静寂の中にユウイチの声がして、ユウジと二人きりでなくなったことにほっとした。
 美保はユウイチを抱き、左右にゆっくり揺らす。その確かな重みとあたたかさに、愛おしさが込み上げてくる。
 ソファに腰かけたユウジの横顔をそっと盗み見る。
 どこかしら自分に似ているところを見つけようとしたが、つんと尖った鼻、滑らかな曲線を描く眉、まるで見知らぬ他人か作り物を見ているような気になってくる。
 ユウジがぱっと顔を横に向け、美保と目があった。美保は自分の考えていることが見透かされたようで、すぐに目を背けた。
 ユウイチが機嫌よくきゃっきゃっという声を出した。ユウジがいないいないばあをしていた。ユウジはしばらくユウイチをあやすと、立ち上がり、ベランダに出たままの洗濯物を取り込んだ。
 手慣れた様子で洗濯物をたたむユウジを見ながら、美保はユウイチの頭を撫でた。
 明日にはサン・センターの迎えがきてしまう。そう思うと、ユウイチを何度撫でても、撫で足りない思いに駆られた。
 サン・センター、子どもの育てにくい時代の救世主といわれる施設だ。少子化、育児放棄、待機児童、騒音による幼稚園の建設反対問題、あらゆる面で子供が産み育てにくいとされた時代に、ある一つの考えが生まれた。
 子どもが子どもであるから、育てにくい。子ども時代を早送りしてしまえばいいのではないか。
 もともと食料の分野で、野菜や家畜に人口太陽を浴びせ、人口太陽による一日を徐々に短くすることで一日を誤認させ、成長を著しく早めるという技術が生まれた。作物は一年で何度も実り、家畜はすぐ育つ。
 その技術を人に使おう、という考えが生まれるのにそう時間はかからなかった。生まれたての赤ん坊をたった半年預けるだけで、教育を受けた十三歳の少年、少女になって戻ってくる。聞き分けのよい理想の子どもたちとなって。
 ユウイチが生まれ、ユウジがお腹にいる時に、サン・センターができた。
 ユウジを出産して、体力も奪われた中、その年に生まれた子供から優先的にサン・センターに入ることができた。
 美保は当たり前のようにユウジをサン・センターに預けた。そうすると国で決められていたし、周りもそうしていたからだ。
 戸惑いと迷いが生じたのは、サン・センターからユウジが帰ってきてからだ。
 ユウジを自分の子どもと思えない。ユウイチもユウジも、まぎれもなく自分の子どもなのに。
 サン・センターに預けることはいいことずくめというような、うそか本当かも分からない噂がたくさんある。人口太陽で育てた方が頭がよくなる、病気になりにくい。預けることの方が子どものためだという風潮だったが、美保はユウイチを預けたくないという思いが生まれていた。
 預けた方が子どものため、というのなら、預けないのは自分のエゴだと美保は分かっていた。美保は怖いのだ。サン・センターに預けて帰ってきたユウイチを同じユウイチとして今と同じようには愛せないのではないかと。

 翌朝、よく眠れず思い頭のまま目を覚ますと、隣に寝かせていたはずのユウイチがいなくて、美保は慌てて飛び起きた。
 台所に行くと、ユウイチを背負ったユウジが顔を覗かせた。テーブルには、スクランブルエッグとトーストが置いてある。
「具合が悪いのかと思って、朝ごはん作ってたんだ」
 ユウジは、いい子、わたしが育てなかったから、こんなにいい子なのかしらと胸がちりちりと痛み、美保はため息をついた。
「学校に遅れちゃう。早く行きなさい」
 ユウジから、寝ぼけまなこのユウイチを受け取って、両手でぎゅうと抱きしめ、ユウイチに頬づりした。
 柔らかく、温かい。離したくない。でも、預けないと、と一方で思っていた。兄弟を平等に扱ってあげないといけないと美保は心の底では思っているのだ。今でさえ、ユウジに自然に接することができていない。
 もしユウイチをサン・センターに預けなければ、ユウジはきっと傷つくだろう。どうして、自分だけサン・センターに入れられたのかと。
 
 決心がつかないまま、その日の夕方になり、サン・センターの職員がやってきた。美保はユウイチを抱く手に力を込めた。
 職員は、手元の紙を広げて、事務的にユウイチの名前を読み上げた。
「ヒノ・ユウイチくんですね。半年後には、立派な少年になって戻ってきますからね」
 職員が手を広げ、ユウイチに手を伸ばす。美保は降伏した気持ちで、諦めて鉛のように重い腕を前にと差し出した。
「いやだ!」
 一瞬頬を叩かれるような鋭い叫び声に、美保はユウイチを胸元に抱き直し、声の主を見た。ユウジが顔を真っ赤にして、もう一度叫んだ。
「ユウイチをどこかにやっちゃうなんて、ぼくは嫌だ」
 断言した言葉に、周りは沈黙した。ユウジの声が途端に小さくなった。その声は少し震えていた。
「そんな我がまま言ったら、ぼくのこと嫌いになる?」
 ユウジはまっすぐに美保を見た。美保も目をそらさない。  
 ユウジの色素の薄い茶色い瞳。美保とそっくりな瞳。最初に生まれた時、目を合わせた小さな赤ちゃんは、今目の前にいる少年と同じだとやっと重なった気がした。
 どうして、悩んでいるのが自分だけだと思ったのだろう。しっかりしているといっても、ユウジは、まだまだ弱々しく、小さな子どもだった。
「わたしも、ユウジと同じ気持ちだよ」
 美保はユウイチとユウジを両手に抱きしめて、穏やかな気持ちで言った。
「おかえり」

(了)

梨子田歩未さんの前作「視線」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory80.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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