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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「ごゆっくり、おやすみなさい」(長野良映)

2018.09.28 更新

「おかえりなさい」
 電子的な音声を発したロボットの後ろで、作業服を着た男がその背中の蓋をあけ、中の盤をいじくっている。
「これじゃない……客の要望に合わせると、この台詞だな」
 それから男は盤を閉め、スイッチをオンにした。
「おかえりなさいませ、ご主人様」とロボットが言った。それは人型で百五十センチ程度の身長だった。躯体は銀色で、流れるようなフォルムをしている。
「うん、これでいい」
 男は満足げに周りを見渡した。広い玄関に、磨き上げられたフローリング。
「……すごい家だ。それにしてもこのロボット、料金高いのに意外と申し込みがあるよな。世の中金持ちはたくさんいるもんだ」
 男は実用化されたばかりのロボットをリースする会社に勤めている。家事や介護の手伝いなど用途は幅広いが、まだまだ高価なので顧客は企業や富裕層のみだ。ここに住む一家が旅行中の間にロボットをセットしておくのがこの日の朝一の仕事だった。彼らは朝早く出発したらしい。事前に借り受けていた鍵を使ってお邪魔し、誰もいない邸宅で作業をしていたのだ。 
「ロボットなんて必須には思えないが、金が有り余ると欲しくなるのかね……そうだ、今日はたくさん訪問先があるからもう行かなきゃ。お前もしっかりやれよ。ご主人様がくるのは何日か後だけど」
 男が出ていこうとしてドアを開けると、ロボットがそれに反応した。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 昼前。かちゃりと鍵の音がしてドアが開き、誰かがそろりと覗きこんだ。さっきの業者とは違う若い男だ。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
 彼は雷に打たれたように動きを止めた。だが声の主がロボットだとわかり、強張った表情を緩めながら中に入った。ロボットに顔認証システムがあれば家族以外の人間には声を発しないのだが、そのタイプのロボットは予約でいっぱいだったのだ。
「なんだ、ロボットか」
「まずお茶になさいますか?」
 ロボットは簡単な問答ならできるように作られている。
「家にロボットまでいるなんて。金持ちのボンボンは違うってわけか……くそ」
 彼は拳をきつく握った。が、その動作から感情を読み取る能力は、このロボットにはない。彼はロボットの目を見て、
「じゃあ、もらおうか」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
 ロボットは足の部分に仕込まれた車輪を使ってスムーズにリビングへ移動し、冷たい茶の入ったグラスを差し出した。彼は黙って飲み干した。
 ふと彼は我に返る。そもそもここへ忍びこんだのは、この家の一人息子を恨んでのことだ。同じ大学に通っていながら、自分は二浪して苦労しての入学。一方奴は小学校からのエスカレーター。それに加えて、同じサークルの女子とうまくいきそうだったのに、奴が奪い取り、さらに根も葉もない噂を流されたために彼は大学にも居づらくなってしまった。
 金だけはあって頭がすっからかんの、奴への恨みを晴らしたかった。彼は手先が器用だったので、家に侵入するための情報をネットでかき集めて計画していたところ、この旅行の情報を掴んだ。しかしこんなに立派な家とはいえ、鍵がこんなに簡単に開くとは思いもしなかった。手荒なことをするつもりはなかった。何か大事なものを頂戴し、奴がうろたえる姿を見てみたかった。
 当初の目的を思い出した彼は、憎らしい奴の名前を口にして部屋の場所を尋ねた。
「2階の奥になります」
 ロボットは律儀に答えた。
「集中して勉強するから、話しかけないでくれ。頼むよ」
「かしこまりました、ご主人様。ごゆっくりお過ごしください」

 昼過ぎ。またドアが開き、今度は中年の女が顔を出した。さきほどの男と同じく、対応したロボットに肝を冷やした。
「このロボット、なに?」
「まずお茶になさいますか?」
 思わず「はい」と答えると、ロボットは踵を返し、リビングへ向かった。
 差し出されたお茶を一息に飲み干した彼女は、気持ちが落ち着いてきたと同時に、これまでに嘗めた苦汁をも思い出していた。
 高校ではずっといじめを受けた。いや、周りは「いじめ」と軽く表現するが、現金を盗まれたり、上履きをプールに投げ入れられたり、教科書を八つ裂きにされたりということが、犯罪でなくて何だろうか。受けた傷は深く、引きこもりがちになった。ついこの前、ネットの記事で目が合った顔は間違いなくあのときの主犯のそれだった。急成長を遂げた企業の社長の妻として、夫を支える心構えを語っていた。成功者としての充実した表情がそこにあった。
 彼女は心臓が握りつぶされる心地がした。卑劣な犯罪者のくせに。
 家の場所を調べあげ、熱に浮かされるままナイフをバッグに忍ばせて奴の家へやってきた。まさか鍵が開いているとは思わなかった。中は静まり返っていて、ロボットのほか誰もいないようだ。この際だ、部屋をめちゃめちゃにしてやろう。どうせ失うものはないし、高価なものを盗んでやればいい。
「2階の真ん中になります」
 憎らしい奴の名前を出して部屋を尋ねると、ロボットは答えた。
「休んでいるから話しかけないでね。よろしく」
「かしこまりました、ご主人様。ごゆっくりお過ごしください」

 1時間後。またドアが開き、中年の男が姿を現した。だが様子は先ほどの2人とは違う。鍵がかけられていなかったことに意外そうな表情をしてはいるが、目を血走らせながら、堂々と玄関に踏み入ってくる。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
 ロボットの出迎えに対しても、まったく動じることはない。
「まずお茶になさいますか?」
 ロボットは殺気立った雰囲気など読み取れない。定型文を繰り返すしかないのだ。
「いらない」男は低く答えた。「ここの主人の予定は?」
 こう質問される時点で目の前の男が家主でないのは明らかだが、ロボットは前後関係を類推できない。
「本日よりご旅行です。五日後に戻られます」
 事前に入力されたデータに基づき、ロボットが発声した。
 唇を噛みながら、男は磨き抜いた包丁が家主の腹をえぐる場面を想像した。何度も繰り返したことだ。奴は企業で同じテーマを研究していた。だが奴は急に仕事を辞め、独立した。どうしてなのか疑問に思っていたが、奴の会社の記事を見て、愕然とした。奴は明らかに男の研究成果を何の許可もなく利用していたのだ。直談判もしたが、はねつけられた。「誰がお前を信用するんだ」と鼻で笑って。それからは荒れた。妻と子供はずいぶん前に出て行った。
 ついに仕事をリストラされ、人生を清算しようと考えはじめた男の脳裏に、奴の顔が浮かんだのだった。死ぬのはそれからでも遅くない。
「主人の部屋は?」
「2階のいちばん手前です」
予定が狂ったが、せっかくだ。この豪華な家でゆっくりするのもいいだろう。
「用はないからそこにいてくれ。頼んだ」
「かしこまりました、ご主人様。ごゆっくりお過ごしください」

 夜。家の前にタクシーが止まり、中から3人の男女が出てきた。顔には濃い疲労が浮かんでいる。
「まさか悪天候で飛行機が引き返すなんて」
「ああ疲れた」
「ふざけんなよ」
 3人ともが好き勝手に文句を口にしている。
 ドアを開けると、目の前にはロボットがいた。かろうじて頭のすみに浮かびかかっていた、鍵がかかっていないという事実もそのおかげで消し飛んだ。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
 ロボットはこれまでどおり出迎えた。
「ああ、もう届いてたのか」と一家の主が言った。「おもしろそうだから内緒で頼んでおいたんだ」
「ふうん」息子が関心がなさそうに言い、「こんなつまらないものにお金かけて」と妻が口をとがらせたが、ロボットは特に反応しなかった。このような言葉に対するプログラムは搭載されてない。
「まずお茶になさいますか?」
 少し間があいたところでロボットが問いかけたが、主人は急に飽き飽きした表情で手をひらひらさせて、「ああいいよもう。疲れてるから。この荷物片づけといて。部屋で休むから話しかけないで」
 また間を置いてからロボットは答えた。
「かしこまりました」
 3人は とぼとぼと階段を上って行く。
「ごゆっくりお休みなさいませ、ご主人様。ごゆっくり」
 ロボットは無機質な声とともにご主人たちを見送った。

(了)

長野良映さんの前作「私の家庭」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory83.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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