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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「視線」(梨子田歩未)

2018.08.31 更新

「目は何色ですか?」
 そう問われ、男はまばたきをした。
 男は先生の顔に目をやるが、ろうそくが揺らめく薄暗い小部屋の中ではよく見えない。黒い壁に囲まれた部屋はどこか独房を思わせた。
 先生は少し笑った。
「こう見えて私アメリカ生まれでしてね、赤ん坊の時眠っていると、ベビーカーを覗き込んだ人に目は何色かと聞かれたそうです。それも何人も。日本人だったら、瞳の色は黒いものと思っているから、そんなことを聞かれるのは不思議だったと母が言っていました。往々にして自分が当たり前だと思っていることが相手の世界の当たり前ではないのです」
「へえ、そうですか」
 先生の話にどんな意図があるのか分からず、男はあいまいに相づちを打った。

 わたしはある日突然、見られている気がする、そう感じるようになった。今や町中にはいくつもの監視カメラがあるという。ただわたしが感じる視線は、カメラの物ではない。カメラは普段はあることにさえ気が付かないのだから当然ともいえる。
 最初は駅の改札口だった。
 朝の通勤ラッシュで人ごみの中を足並みをそろえて、前へ前へと進んだ。こんなにも人がいるのに、だれとも目が合わない。視線が宙をさまよってまだ目が覚めていないもの、音楽を聞きながらステージを空想するもの、スマートフォンに目を落とすものもいる。自分が誰にも興味を示さない代わりに、誰にも邪魔をされない。
 わたしは今日のランチは何にしようかしらと考えつつ、視線を宙にさまよわせていた。と、その視線が吸い寄せられ、もう一方から送られる視線と合ってしまった。
 それは淡いブルーの瞳だった。
 駅の改札の横に、喫煙禁止、見ています、という文言と共に、淡いブルーの瞳が不思議そうにこちらを見ていた。目元だけを切り取ったポスターであるのに、直感的にこの目は女だと思った。
 いつからこのポスターはあっただろう。一度気が付いてしまうと、毎朝その瞳に私は吸い寄せられるようになった。
 それだけではない。駅を出ですぐ駐輪場がある。駐輪場にも、目がいた。これは警察官の目元だとすぐに分かる。警官の帽子のつばが目の上に見えるからだ。
「自転車泥棒は犯罪です」の文字と共にこちらをじっと見ている。
 気が付き始めると、目は至る所にいた。トラックの荷台、駅のロッカー、スーパー。とにかくそういった視線が気になって仕方なくなり、びくびくとした気持ちになった。
 友人に話しても気にしすぎだと笑い飛ばされた。冗談めいて「あなたがやましい思いを抱えているから、気になってしまうじゃない?」という友人もいた。
 これでは心が休まらず、どうしたらいいのかと悩んでいると先生に訴えると、先生はゆっくりと頷いた。先生は笑うようなこともせず、落ち着いた声で話しだした。
「あなたは目力に捕らわれたのです。人に器官はいくつもあります。口や耳、鼻。でも、口力、耳力、鼻力とは言わないでしょう? 目はね、特別なのです。わたしもね、その目力に捕らわれた一人なのですから、お気持ちはよく分かります」

 先生は唐突に男と先生の間にある机の上のろうそくをふっと吹き消した。明かりが消え、部屋が真っ暗になる。
「視線から解放される、そんな時間がわたしたちには必要なのです」
 先生の言う通り、暗闇でだれからの視線も感じない空間は心地よい。暗闇にも徐々に男の目が慣れてくる頃、わたしは閉じていた目をかっと見開いた。
 男が悲鳴を上げた。
 先生はわたしを見てやさしく微笑んだ。
「そして次は、視ることで視る方の気持ちを理解すれば、ほらもう何も怖いことはありませんよ」
 先生は、体中を黒くして目だけが白いわたしの肩に手を置くと、外への扉を開いた。光が眩しい。
「もう大丈夫です」
 外に出る前、わたしが振り返ると先生は気絶した男を抱きかかえ机に乗せると、黒い塗料を塗りはじめ……。

(了)

梨子田歩未さんの前作「第三水曜日」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory71.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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