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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
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「ともだち」(恵誕)

2018.08.31 更新

 ぽとり、ぽとり。抱えた膝に涙が落ちる。
 ふと、頬に「何か」があたるのを感じ目をあけた。
 見ると、妖怪が口をとがらせ、ふー、ふー、とあたしの頬に息を吹きかけていた。
 心臓がぎゅっと固くなる。
 そしてまたひと粒、涙が目からこぼれると、妖怪たちはふーっと息を吐いた。
 まるであたしの頬を乾かそうとしているように。

 あたしはかなりのおじいちゃん子で、家にいるほとんどの時間を一緒に過ごした。
 お母さんも、お父さんも、そしてお兄ちゃんもあたしのことは見てみぬふりをしていた。
 おじいちゃんの病が悪化し、寝たきりになった時も、あたしはずっとベッドの横で過ごした。
 ふるくから伝わる不思議な物語、日本の美しい自然や文化、想像することの大きさ……。
 おじいちゃんはあたしにいろんなお話をしてくれた。
 そんなある日、メモ用紙に黒いペンで書いてくれたのが、この二匹の妖怪だった。
 顔の半分近くまで裂けた口、鹿のように小さく上を向いた耳、小太りの体型、なぞのキメポーズ。はじめて見る生き物だった。
「こっちが風神様、こっちが雷神様」
「フウジンサマ? ライジンサマ?」
 あたしはくわしく聞こうと耳をかたむけたけど、おじいちゃんはすうっと息を吐いて眠りについた。そして、二度と目をあけることはなかった。
 メモ紙の妖怪たちが動き出したのは、おじいちゃんが死んだその夜からだった。

 数日後お兄ちゃんの部屋をのぞいたあたしは、思わぬ発見をする。
 机の上には教科書やノートがぐちゃぐちゃに放り投げられていて、だらしないなぁと思いながら手前にあった一冊をパラパラとめくった。
 すると、おじいちゃんが描いてくれた妖怪とよく似た写真がのっていたのだ。
『風神雷神図屏風』。
 とても有名なものらしく、妖怪だと思っていたあの二匹は神と呼ばれている。
 神様なの? 
 風神が手に持っている白いタオルのようなものは風を、雷神の持つフラフープのような輪は雷を自由にコントロールできると書かれてある。
 そうなの?
 ポケットの中に畳んで入れていたメモ紙を開いて尋ねると、二匹はにかっと笑って頷いた。

 それから妖怪たちは絶妙のタイミングでメモ紙から抜け出しては、あたしをたすけてくれた。
 寂しくて眠れない夜は、小さな光でぴかっと照らしてくれた。追い風でやさしく背中を押してくれた。ピンチになると、雷を落として悪者から守ってくれた……。
 おじいちゃんが死んだ日、あたしはこの世の終わりだと思っていたけど、この世は終わらなかった。
 ふしぎなともだちが、風と光であたしを応援してくれた。

 おじいちゃんのいない長い夏が過ぎ、静かな風吹く秋の夜。
 あたしはメモ紙を開いて、そっと彼らに呼びかけた。
「ねぇ……聞いてくれる?
 あたしはアンティークのフランス人形で、おじいちゃんが蚤の市で見つけてくれたの。
 服はボロボロだし、顔や手足に傷があるし、それに左目はつむったままで開かないせいか、この家の人たちは“気味悪い”って言ってるの、知ってるわ。
 おじいちゃんが死んだあとは、何度も捨てられそうになったしね。
 でも、いろいろあったけど、ここでの暮らしはあたしの宝物よ。
 あなたたちには感謝してる。
 だけど、宝箱はもういっぱい。じゅうぶんだわ。
 最後にあたしも誰かの心にキラリと残っていきたいの。
 だから、お願い」

 二匹はちょっと困った顔をした。
 けれどあたしが小さく頷くと呼吸をあわせ、そしていつものキメポーズをとった。
 雷神の天鼓がとどろき風神の風袋が大きくふくらむ。
 大きな大きな光があたしの身体を包むと、ビリリと瞬時に焼き尽くし、粉々になった破片を今度は風がぐんぐん空へと運んだ。

「あ、流れ星!」
 その夜、眠れぬ多くの子供たちが夜空を見上げて叫んだ。

(了)

恵誕さんの前作「夢叶う」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory75.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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