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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
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「金縛(かなしば)の目」(行方行)

2018.08.31 更新

 ──あいつは、いまなにを。
 駅前のスクランブル交差点で躓いたとき、唐突に金縛のことを思い出した。
 大学時代の友人のあだ名だ。
 金縛は、大きな横断歩道の中央で、よく金縛りに遭った。みんなで歩いているとひとりだけ足を止め、押しても引いても、まるで足に根が生えたかのようにびくともしない。信号が変わり、乗用車やトラックが警笛を鳴らしながら金縛のそばを通り抜けていく。
 ──危ない。
 歩道にいる多くのひとが心配そうに見守っている。金縛は強張った表情のまま立ち尽くし、青信号になるとやっと自由になって白線を渡りきった。
 それは呼び名になるほど頻発し、決まって交通量の多い大通りで起こる。
 交通事故に遭った幽霊にでも好かれているのか。
 そうなら、最後には車に轢かれて死んでしまうかもしれない。
 心配したがそうはならず、大学を卒業すると住む街が離れて疎遠になった。
 もう十年は声を聞いていない。
 ──連絡してみるか。
 電話をかけてみるとすぐに繋がって、昔話のあと、
「卒業アルバムをくれないか」
 と頼まれた。
「親から写真屋を継いで、近隣の学校の卒業アルバム制作の資料として使いたいから、古いものでもカラーコピーでも落丁していてもいいので、家族や友達や知り合いやできるだけ多くのひとのものが、欲しい」
 そう一気にまくしたてられ、不気味なので断ろうとしたら、甘い囁きが付け足された。
「一ページ五百円で買い取るよ」
 一冊が三十ページとして一万五千円か。それも幼小中高大とあるし、妻や両親、親戚や友人から集めたら、ちょっとしたお小遣いになる。非常にそそられたが、久しく会っていない友人に卒業アルバムを渡していいものかどうか。
「学校や生徒の名前、住所や文集のたぐいはマジックで塗り潰していいから」
 写真だけなら、そこから個人情報を辿られる心配は少ない。
 まずは自分のもので試してみようか。
 というわけで、次の休みに金縛の家まで届けることになった。

 住所を聞いたら、かなり田舎だ。

 来るなら日暮れがいい。とのことだったので夕方に車で向かうと、田園地帯を抜けた山の中腹に火葬場と墓地があった。その裏手に、昔はお坊さんか墓守が住んでいたのか、木造の平屋が建っている。そうとうに古く、壁の色はあせ、雨樋は落ち、屋根は歪んで、隣の電柱が曲がっているのか全体が傾いて見えた。
 働いている店舗は町中だろうに、なぜこんな辺鄙なところに家を借りたのか。
 金縛は、庭先で枯れ葉を燃やしていた。
 白い煙が茜色の空にのぼっている。
 車のそばからしばらく見ていたが、向こうはいっこうに気づかない。焚き火に歩み寄り、よう、と声をかけてやっと目を瞬かせた。
「いつからいた?」
「さっきから、そこに」
 金縛は目をこすり、こめかみを揉んだ。
「老眼の歳でもないが、この一年でかなり視力を落として視線に気づけないんだ」
 裏口から台所に通され、そこでアルバムの複製を入れた紙袋を渡した。
 金縛は分厚いレンズの眼鏡をかけると、さらに目を細めて袋のなかを確かめていく。台所はもちろん、隣接する茶の間や仏間には一冊のアルバムも置かれていない。廊下へのドアがわずかに開いている。つい覗こうとしたら、
「どうアルバムを使うか、見たいのか」
 金縛が私を凝視していた。
 ひどく挑発的な目だ。
「見せたいのか」
「いや、おれが見たいんだ」
 金縛は紙袋を持ち、廊下に出ると奥に進んでいった。立ち止まり、暗がりで振り返って私を見つめる。──アルバム代はおれの部屋で払うよ。そう誘う金縛の目は、よく見えていないのかひどく平静だ。
 金なら欲しい。
 廊下にいくと、壁に手のひらサイズの写真が貼ってあった。
 金縛によく似た男性が、赤ん坊を抱いた女性と病院の前でこちらを向いている。──両親から始まるんだ。そういって金縛が先にいく。写真は、子供の手を引く保母、八百屋と魚屋、落ち込んだような老人、おめかしをした女の子、レジを打つ商店主と一列に続いていた。並びから、幼少期の金縛の身近なひとたちなのだろう。
 トイレのドアでいったん途切れた。
 なかを覗くと、床に、小学校と中学校と高校の卒業アルバムが開いてある。用を足すときに何度も見返しているのだろう。ぎこちなく微笑む生徒たちの顔はどれも手垢で薄汚れ、ページの端はぼろぼろに毛羽立っていた。
 廊下の写真は隣室に続いている。
 ──おれの部屋だ。
 金縛がドアノブに手をかけたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。
「お届け物です」
 金縛は廊下を引き返し、重そうなダンボールを抱えて帰ってきた。──ドアを頼む。開けると、部屋は薄暗くがらんとしていて、どこもかしこも白黒に塗られていた。金縛が無造作になかに入る。私もあとに続いて、躓いた。尖ったものを踏んだようで親指の付け根が血で滲んでいる。
 視線に気づいて顔をあげると、ひとつやふたつではない。
 四方の壁にも床にも天井にも、大量の顔写真が貼られていた。
 幾重にも重ねられ顔や身体は隠れてしまっているのに、目だけが、徹底して被さられずに露出している。部屋の模様だと思っていたのは敷き詰められた瞳の白目と黒目だった。その視線が、一点、部屋の中央にいる私に向けられている。
 膨大な目にさらされて平衡感覚を失い、手をついたのは廊下とは反対側にあるベニア板のドアだった。そこだけは一枚の写真もなく、五百円玉大の穴が全体に数十ほど開いている。裏庭にでも通じているのか。
 金縛がダンボールを開けた。
 びっしりと入っていた画鋲を一摑みする。
「すぐなくなるから、業者からまとめて買うんだ」
 金縛は、ひとりふたりさんにんよにん、と数えながら、アルバムの個人写真を画鋲で床に留めていく。さっき私の足裏を傷つけたのは、その針先か。三冊分を持ってきたから、床一面、私の旧友の顔ばかりになった。
「なんでこんな」
 訊くと、唐突にさ、と金縛は肩をすぼめた。

 ──十六歳のころ、急にたくさんの視線を浴びたくなったんだ。
 それは熱病のようで、寝ても覚めてもだれかの目を求め、こちらに向かせたくてしょうがない。演劇をはじめ、生徒会役員になったりしたけれど、苦労の割には見られるのは一瞬だ。
 ずっと悶々としていたおれは、大学でいい方法を思いついた。
 憶えているだろう、スクランブル交差点だ。そのなかほどで足を止めたら、みんなが瞬きもせずに息を飲み、事故に遭いそうなおれに注目する。やってみたら、車をかわす危うさも加わって震えるほど興奮して収まらない。年間で百回はやったろうか。混み合う時間を狙って、いくつもの横断歩道を渡り歩いたもんさ。
 しかし大学を卒業したら、こんな田舎に逆戻りだ。
 教師になって壇上に立つか、通勤列車で奇声をあげるか、選挙に出るか、火事場で踊るかぐらいしか、あんなに見つめられることはない。
 どれもできそうにない小心者は、写真屋を受け継いだ。家族写真、卒業アルバム、証明写真、イベントや観光地でのスナップショット、そこには膨大な顔写真が山をなしている。うまく盗んで、数十枚を部屋の壁に貼ってみた。
 雑踏のなかで見つめられている。
 たしかな高ぶりを感じたおれは、毎日のように壁の写真を貼り替えた。いつも新鮮な何人かがおれを注視している。それに喜んでいられたのは数年だけだ。しょせん画像でしかない。物足りなくなって狂おしいほど生の視線を欲した。
 人を雇った。
 倉庫に十人を集めて、おれを囲ませる。
 あとはただ、九時から五時まで見てもらうんだ。仕事なのだと最初は渋々だった十人が、じき、ほかにやることがないのでおれを見入るようになる。その憂鬱さの混じった視線が、痺れるほどたまらない。ときどきおれは見返し、だからといってお互いに表情を変えない。
 しかし、数回もやるとおれの金銭が続かなくなった。
 ひとりだけを呼び、鏡の反射を利用して複数の視線のように偽ってみたが、やはり自分は謀れない。あまりにつまらなくて腹立たしかった。どこかにたくさんの目はないか。おれは考え、そうして──。

「あなた、夕食はどうしますか」
 廊下から、女性の声がした。
 金縛は結婚していたのか。よくこんな部屋を許してもらえているな。金縛が部屋を出ていくと、その振動に合わせて、こここ、と硬質なものがぶつかる音がベニヤの戸ごしに聞こえてきた。
 つい耳を澄まし、引き寄せられるようにそのドアの前に立つ。
 穴から隣室を覗いた。
 真っ暗でなにも見えない。
 ノブを捻って、ドアを開けた。
 窓のない狭い部屋だ。
 床や天井や壁の板は不揃いなうえ、硬貨ほどの穴が無数に開いていた。
 足を降ろすと、そのたびに部屋全体がぎいぎいと傾ぐ。
 月が出たのか、いくつもの穴から光が差し込んできて部屋全体がほのかに明るくなった。
 部屋の中央にダンボールが、奥に作業机がある。
 かかか、とまたなにかが鳴った。
 音に引かれて作業机のうえを見ると、筆とパレットがあって白と黒とわずかな赤が出されている。さっきまでなにかを塗っていたのか、筆先の黒は乾いていない。上段の引き出しが開いていた。
 数百の目が詰め込まれている。
 後ずさりすると、その振動でかちかちかちと目はぶつかり合った。取ると、白黒に色づけされたビー玉だ。どれも白目の濁りや黒目の鮮やかさに違いがあって、きっとそれぞれ想定している人物がいるのだろう。
 見られている。
 いくつかのビー玉の目が、ちょうど私を捉えていた。落ち着かない気持ちになって黒目を下に向けたが、まだ視線を感じる。天井を仰ぐと屋根のうえにひとがいた。複数の穴から、瞳を赤く充血させた老人が、憎々しげに歯を剝いて見下ろしているのがぼんやりと浮びあがっている。
 壁や床下にも何人かいた。かりかりかりという板を掻く音に目を向けると、浅黒い女が穴に目をねじ込ませてこちらを睨んでおり、その隣では悲観にくれた少年が私への歯ぎしりをいつまでも止めない。無表情の年配女性が私に念仏を唱えながら手を合わせ、床下ではトラ猫が毛を逆立てて唸り、痩身の青年が両手足の指を壁の穴に入れながら、
 ──けえせ、けえせ。
 と泣いている。
 きっとだれも入ってはこられない。そう察しながらも私は狼狽え、ダンボールに足を引っかけて尻もちをついた。そっとダンボールを開けてみる。
 なにかの骨や和紙に包まれた髪や骨壷が入っていた。
 墓から持ってきたものなのか。
 ひときわ強い視線を感じてドアを見ると、人間の両目が、穴からこちらを見つめている。金縛はドアを開けて嬉しそうに室内に入ってくると、私の横であぐらをかいた。周囲を見回し、しかしその表情はどんどんと不愉快なものに変わっていく。
「見えないと、やはり視線を感じない」
 そうして、羨ましそうに私の顔へ手を持っていった。金縛りに遭ったように私は身じろぎひとつできない。金縛の指が私のまぶたに触れ、こじ開けて眼球を摘み取ろうとした。かつかつかつと近くで目玉が鳴っている。耳鳴りのようにいつまでも、うるさい。

 呪縛を振り払ってドアを破り、私は家を飛び出した。
 真っ暗ななか、猫背の女性が焚き火の側で俯いている。金縛の奥さんか。長い前髪が顔を隠し、私の足音に見向きもしない。
 車に急ぎながら横目で覗くと、焼べられているのは枯れ葉ばかりではなかった。
 金縛を捉えた写真がたっぷりと燃えている。
 その目のすべてに、画鋲が突き立っていた。

(了)

行方行さんの前作「先生は忘れない」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory70.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
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