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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「ある部屋」(髙山幸大)

2018.08.31 更新

 誰もいない部屋をじっと眺めている。
 「本当に現れるのか?」
 もう何時間待っただろうか。このライブ配信から目を離すことができず、僕はただただパソコンのモニターを見続けている。
 カーテンから透ける街灯りでテーブルとイスのシルエットがわかる程度の薄暗い部屋。
 どこかのレンタルルームだということだけはわかっている。
 世界中の人々が注目しているのだろう。視聴者数は時間を追うごとに伸び、信じられない数字をカウントしていた。
 ただ、これだけの視聴者がいるのにもかかわらず、コメントをする者はいない。
 時折画面を流れたとしても『この緊張感に耐えきれない』、『一体どんな感情で見ればいいのか』など、困惑する気持ちを抑えきれずについ吐き出したようなものばかりで、茶化す者はいなかった。
 パソコンやスマホ越しに皆が息をのんで見守っていることが伝わってくるようだ。僕と同じように。
 深夜二時を過ぎた頃だった。
 画面の右端に突然黒い影が現れる。
 「ついに来た」
 僕の手のひらはぐっしょりと濡れ、額から出る汗は止まらない。
 滑るようにすーっと動くそれを瞬きせずに追う。
 瘦せた女の影。
 力なくうつむき、長い髪が顔を覆い隠すように垂れているその姿からは生気が感じられない。
 僕の体は震え、そして不意に涙があふれてくる。
 部屋中を動き回ってちょうど画面の中央に来た時、影の動きがぴたりと止まった。
 こちらに向かってゆっくりと回る頭。
 「気がついた……」
 少しずつ少しずつ近づいて来る。
 徐々にはっきり見えてきた、真っ黒な服を着た黒髪の女。
 真正面に立ち、ライブカメラに向かって顔を寄せたのか、画面の全てが髪の毛で覆い尽くされる。
 真っ暗闇。
 次の瞬間、髪の間からのぞく血走った目が大きく映り、それがガッと見開かれる。
 ガザガザ! という音とともに画面が激しく揺れ、真っ白な顔がこちらを覗き込んでくる。これまでに見たことのない形容しがたい表情、小刻みに揺れる黒目。
 僕は必死に手を合わせた。
 画面の揺れが収まると女はストンと落ちるように消え、白い紙を手にして再び浮かび上がってくる。
 僕、いや、視聴者は皆知っている。カメラの下に予め置いてある手紙だ。
 償いがしたくてこのライブ配信をしている男。
 『自殺した後、霊になって現れてみた』
 男は自殺する前、自分の葬儀の日にそれを配信すると予告していた。
 注目されるように仕向けて視聴数を伸ばし、大変な苦労をかけてきた家族にその収益を残すため。
 そして彼は現れた。
 霊としてその姿を見せなくても、彼の思惑通りすでに莫大な視聴数を稼げていたのだが……。しかし宣言していた通り妻の元に現れた。
 遺書の中でここに来るようにお願いしたわけやこの企画のこと、そしてその想いを綴(つづ)った手紙を読んで泣き崩れる画面の中の女は彼の妻。それを見下ろすように彼は立っていた。青白く光りながら……。
 不思議と怖くはなかった。
 何かを伝えようとしているその表情を、僕は複雑な感情を抱きながらずっと眺めていたのだった。

 本当の恐怖を感じたのはその数年後。
 『夫のいない世界で生きていくのは辛すぎる』
 後を追ったらしい妻が同じように動画配信をしたのだ。
 夫の時以上の視聴数となった中、ライブカメラの前で号泣している青年は彼らの息子だ。その後ろに母である女が現れたのだが、その視線は息子ではなくこちらを向いている。何かを訴えかけているような表情をして……。
 うずくまる青年の腕の隙間から、にやりとした口元が一瞬だけのぞいた。

(了)

髙山幸大さんの前作「以心伝心」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory61.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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