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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「夢叶う」(恵誕)

2018.08.15 更新

 ひぉーう、ひぉーう、ひぉーう……
 漁師のかけ声とともに大きな水しぶきが上がる。
 どんどんどん、と舟べりをたたく音。炎のはぜる音。鳥たちの羽音。水音。
 さまざまな音が混ざり合い、私はその音の上に浮かんでいるような気持ちになった。

 私が生まれた村には毎年、夏になると「夢鵜飼(ゆめうかい)」という行事がある。
 それは、鵜飼(うかい)と似て非なる伝統文化で、村の北側の波静かな海岸で行う。ただし、夢鵜飼に使う鵜は「夢鵜(ゆめう)」という、とくべつな鳥。
 黒い羽根、白いくちばし、そしてビー玉のようにまるくて青い瞳……。
 私は子どものころから夢鵜が好きだった。
 お使いの途中に、学校帰りに、叔父の夢鵜小屋へ寄りじっと見つめていると、鳥たちもまた私を見つめかえしてくれた。
 言葉こそ通じないものの、心は通じているような気持ちになった。
「そんなにそいつらが好きか」
 私がいつものように鳥を見ていると、背後から叔父に声をかけられた。
 そして、叔父は今夜自分の舟に乗るように告げた。

 ひぉーう、ひぉーう、ひぉーう……
 鳥たちを励ます漁師のかけ声が響く。
 勢いよく燃える篝火が真っ暗な海を照らすと、きらきらと何かが光った。
 鳥たちは勢いよく水の中へ飛び込み、ちょこんと得意げに顔を出す。
 首には細い紐が巻かれている。
 それは獲物を飲み込ませないためのもの。
 鳥たちの喉のふくらみを見て、すかさず漁師は紐をたぐりよせ舟に引き上げる。
 そして、喉をつまみ獲物を吐き出させた。
 ころん。
 金色に輝く小さな玉だった。叔父に尋ねると
「夢だよ」
 にやりとして、自分の口へ放りこんだ。
 ごくりと喉を鳴らしてしばし、叔父はうっとりと夢心地になり目を細めている。
 
 満月の夜、夢は玉となり村の海岸へ集まる。
 そのなかには、とくに強烈な力をもつ大きな「あたり玉」があり、それを口にしたものは夢に酔うだけでなく、夢が叶うと言われていた。
 夢鵜飼は満月の夜だけ、夏だけの大切な行事なんだ、と叔父は自分に言い聞かせるように言った。
 夢だろうが行事だろうが、私は鳥たちがせっかくつかまえた獲物を、首に紐をくくりつけ飲み込めないようにして、横取りするその行為が嫌だった。
 そして、その様子に歓声をあげている大人たちが、鞭打たれる罪人の姿に喝采を送る見物人たちのようで、なんだかとても残酷に思えた。
 
 今夜はいつもより月が大きい。
 きっと叔父は喜び勇んで舟を出し、また、大人たちは夢鵜が獲った夢玉を奪いあうのだろう。
 私はもう舟には乗りたくなかった。
 野蛮だ、と軽蔑していた。
 しかし、おまえもこの村の男として生きるのだからしっかり見とけ、とまた舟に乗せられてしまう。

 ひぉーう、ひぉーう、ひぉーう……
 漁師たちのかけ声が響く。
 大きな水しぶきが上がり、鳥たちは夢を探して水中を泳ぎまわる。
 獲物を獲っては吐き出され、そして再び水の中へかえされる。そのくりかえしだった。
 大きく喉をふくらませた夢鵜が、叔父の舟に引き上げられた。
 喉に巻かれた紐が見えないくらい、くい込んでいる。
 叔父が鳥の口を開けようとしたその時のこと。
 首に巻かれていた紐がぷつりと切れた。
 その鳥は、まるで解放されたように息を吸い込むと、ごくりと飲みこむ。そして羽根を大きく広げると頭上の月を見上げた。

 夢鵜たちは、飛んでいかないように羽根を短く切られている。
 しかしその鳥の羽根はぐんぐん伸び、ばさばさと風をきっていた。
 今にも飛び立ちそうだ。
「あたり玉だ!」
 叔父がとっさに捕まえ、片手で首を持ち、もう片方の手で鳥の腹をおさえつけた。
 そして、下から上へ、腹、胸、喉、と絞り出すように鳥の体に体重をかけた。
 私は自分が締め付けられたような、たまらない気持ちになる。
 鳥は苦しそうに羽根をぱたつかせ、そして、口から大きな玉を吐き出した。
「俺のものだ」
 額の汗もふかず、叔父はそのまま自分の口へ放り込んだ。
 恍惚の表情を浮かべ、しゃぶるように口内で転がす。ふぅ、と言葉にならぬ充足の声を漏らす。
 そして、太い喉仏を揺らして飲み込んだ少しあとのこと。とつぜん咳き込み、そして苦しみだしたのだ。
「おじさん!」
 叔父はがくりと膝をつき、血の泡をふいてもがく。首筋には、夢鵜に巻いたものと同じくらいの紐のあとが浮き上がっている。
 私は足がすくみ、動けない。
 誰か……まわりを見渡したが、大人たちはそれぞれの夢鵜に夢をとらせるのに夢中で、叔父が息絶えたことに気付く気配がなかった。
 ふと、視線を感じる。
 鳥たちだ。
 さきほど大きな夢玉を吐き出した夢鵜を真ん中に、静かに叔父を見つめていた。
 そして一羽ずつ、重ねるように声を発した。
「ひぉーう、ひぉーう、ひぉーう」
 その口もとは、笑っているようでもあり……。

「あたり」の夢玉で叶えた叔父の夢は、死ぬことだったのか。
 死んで、借金からもこの絶海の孤島からも自由になることだったのか。

 私には、叔父の夢が「悪夢」としか思えなかった。

(了)

恵誕さんの前作「純愛症」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory69.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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