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世にも小さな ものがたり工場

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「第三水曜日」(梨子田歩未)

2018.08.01 更新

 第三水曜日の朝、軽い頭痛と共に目を覚ました。すっかり日は昇り、額にはもう汗がにじんでいる。
 いつもなら会社で会議が行われている時間だが、月に一度、この日だけはどの会社も、学校も休みだ。
 せっかくの休みを寝て過ごすのはもったいない。布団への未練を残しつつ、シャワーを浴びて外に出た。
 ドアを開け、鍵を閉めたところで、隣の部屋のドアが開き、岩原みさとが出てきた。国民的女優だが、ぼくはそれほど驚かない。きめ細やかな肌とか輝いている目、艶やかな唇。今まで町に出て散々目に焼き付けたので、最初の頃はどきどきもしたが、今はもうすっかり慣れてしまった。
 ショートパンツに、ノースリーブ、ラフなまとめ髪のみさとは、人目を気にするように周りを見渡してから、ゴミ袋を両手に持ってゴミ捨て場に小走りにかけていった。
 ぼくには全く気が付かず、ゴミを捨てるとまた小走りで家に戻り、ばたんとドアを閉じた。ぼくはじっくりその一部始終を見届けた後、駅前に向けてゆっくりと歩を進めた。

 人はあまりいない。第三水曜日がはじまった最初の頃は町に人が溢れ、お祭り騒ぎだったのが嘘のようだ。
 そこら中に、女優の岩原みさとや岩瀬はるな、ナツがいて、俳優の須藤まさと、大栗じゅんもいた。自分のなりたい姿になれる日、それが第三水曜日だ。
 理想の姿になった人はこぞって、街に繰り出し、写真に収め、ネットにアップした。
 岩原みさと大集合、とか、岩瀬はるな五つ子コーデ、とタイトルをつけ、同じ姿に変身した者同士で集まることも流行った。
 翌日の木曜日に、実はホンモノだったよ、というタイトルつきで、自分の姿が大集合した写真をあるアイドルが発表し、大きな話題を呼んだ。確かに有名人や芸能人からしたら、第三水曜日は人目を気にせず、歩ける日。
 かくいうぼくも、有名人ではないけれど、こうして人目を気にせず歩く快感を知っている。
 もしかして集まりにいけば、本物に会えるかもという期待感から、同じ姿に変視した集まりがより盛んになった。
 コメント欄には、「目の保養」「何人いてもめちゃかっこいい」という肯定的なコメントが並んでいたが、関心を持つ人が多くなるだけ違う視点を持った人が出てくるわけで。
「ってか、第三水曜日に自分のままでいられるってかっこよくない?」
 このたった一言に、一気にみなが同調した。
「確かにそうだ」
「自分をしっかり持っている証拠」
 初期のいわばハロウィーンのような仮装祭りの盛り上がりが一気に別方向に転換していった。
「わたし美人じゃないけど、ありのままでいられてよかった」
「俺は俺らしく」
「これが私」
 前向きな言葉と自撮り画像が並んだ。自分のなりたいものになれる第三水曜日に、今は自分のままであることがステイタスなのだ。
 だが、一体どういうわけか第三水曜日に町に出る人がどんどん減っていった。
 自分ではない何者かになったことを人に見られることが逆に恥ずかしいと感じるようになってしまったのだ。隣に住んでいるOLも、せっかく岩原みさとになったのに今日は一歩も外に出ないつもりだろう。
 せっかくのいい天気なのにもったいないとぼくは空を仰ぎ見た。
 
 一日中町を歩きまわったせいか、全身が日焼けで少しひりひりする。日差しがそろそろきついかもしれない。何か対策を考えないといけないな、と独り言を言いながら、ぼくは携帯を手に取った。
 前日撮っておいた写真をネットにアップした。他の多くの人がそうしているように。
 第三水曜日に自分のままでいることの方がかっこいい、そういう風潮に乗りたい人々は、こぞって写真を偽造した。別の日に取った写真をあたかも水曜日に行ったこととしてアップするのだ。だから、水曜日は引きこもるしかない。
 水曜日にアップされた写真が本当かどうか検証する集団なんかも出てきて、「端に映っているお店、水曜日はやっていません」「鏡に反射しているカレンダー、別日です」と偽装した人々をつるし上げた。
 ぼくはそんなヘマはしないが、偽装する人たちを馬鹿にしているわけではない。むしろ、そうして偽装する人たちをかわいいものだと思う。それに、何かになりたい、と思う気持ちがあることをうらやましくも思う。
「町を散歩。休み最高!」
 べたな言葉とともに、空をバックに自撮りした写真をアップした。すぐにコメントが付く。
「いいですね」
「わたしは部屋の掃除で一日終わっちゃいました」
「同じく寝休日です」
「外、気持ちよさそう」
 好意的に並ぶコメントにひと先ずほっとする。
「ありがとうございます」
 返信を打つ指が透明から、肌色に色づいていく。時計を見ると、深夜零時を過ぎていた。電源をオフにした携帯の黒い画面には、一日ぶりに姿を見る自分の姿が写っていた。
 自分にも自信がない、かといってなりたいものもない、そんなぼくは透明になるしかなかった。翌月の第三水曜日、ぼくは本物のぼくをアップできるだろうか。

(了)

梨子田歩未さんの前作「おもいやり教育」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory66.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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