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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
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「純愛症」(恵誕)

2018.08.01 更新

 朝目覚めたら、包丁になっていた。
 肉も魚も野菜もいけちゃう万能包丁で、キッチンの包丁スタンドに収まっていた。

 幾何学模様のマット、黒い冷蔵庫、動物の変な置物……この微妙なセンスのキッチンは、コウヘイの部屋だ。
 会いたい、声が聞きたいと思ってたら、魂が飛んできちゃった? でも、なんで包丁なのよ。

 コウヘイと付き合いはじめたのは一年前。だけど、私たちは幼なじみなのでよくわかる。
 コウヘイは飽きっぽい。コウヘイは調子いい。コウヘイは女の子にモテる。
 それだけで続かない条件はじゅうぶんなのに私は東京、彼は地元、と遠距離恋愛だ。
 さらに実家の母からも「コウヘイくん、街で楽しそうに女のコと歩いてたわよ」という目撃情報も入っている。
 私の思いが空間を超えたのかもしれない。なんて……。
 
 暗く生温かいキッチン。もう午前3時だもの、寝てるよね。
 早く明日の朝にならないかな。コウヘイの顔がみたい、彼に触れたい。
 その瞬間、ガチャリと奥の扉が開いた。コウヘイだ!
 彼は何かに引き寄せられるように私の近くまできて、そして、コップに水をくみ、ゴクゴクと飲み干した。私は包丁スタンドから動くこともできず、ただドキドキしながら、彼の喉ぼとけが上下するのを見つめていた。
 ああ。やっぱり、好きだ。
「おやすみなさい」。私は幸せな気持ちで、寝室へ戻る彼の背中を見送った。

 翌朝から私とコウヘイの同棲生活がはじまった。
 リンゴをむく時そっと触れる親指のやさしさ、玉ねぎを刻む時に目をぎゅっとつぶるしぐさ、ニンニクを潰す時の荒々しい呼吸……私はそのすべてを愛した。
 一緒にいられればもうなんだっていい。それに、包丁でいた方が肌でしっかりコウヘイを感じられるのだ。
 けれど、蜜月は一瞬。
 包丁になってはじめての週末、はんなりとした美人が現れたのだ。
 彼女は“マイさん”といい、年はコウヘイより四〜五才くらい上。
 買い物袋から骨つきラム肉、ローズマリー、タイム、ひよこ豆……決して私が選ぶことのない食材を次々取り出し、見事な包丁さばきで手際よく下ごしらえをはじめた。
 それだけじゃない。
 マイさんは当たり前のように、引き出しからル・クルーゼの鍋を取り出したのだ。
 オレンジ色のル・クルーゼ。それは、女子に人気のフランスのホーロー鍋。
 コウヘイ、こんなのいつ買ったの? それともマイさんが勝手に持ってきた? そうよね?
 コウヘイはうまい、うまい、と言ってマイさんの手料理をたいらげた。子供みたいな笑顔。
 ダメだ。涙でそう。
 でも、泣いたら錆びちゃう。錆びたら捨てられちゃう。

 だけど神様は残酷で、マイさんの出現に傷ついているヒマはなかった。
 この家に出入りしている女は、もう一人いたのだ。
“ありみ”はイレギュラーに平日の夜やってくる。
 年はコウヘイよりかなり若そうで、もしかすると、十代かもしれない。
 この女はとにかくザツ。
 私を使って、魚肉ソーセージをぶつ切りにし、そのまま洗いもせずに化粧品のパッケージをあける。それだけじゃない。この前なんて、つけまつげの長さを整えるのに包丁を使うもんだから、私はヘトヘト、いやベトベトになってボロボロになる。
 この女のどこがいいの? 若さ? おっぱい? むかつく。
 包丁の私は、ただイライラすることしかできなかった。

 ある日曜の午後、事件はおきた。
 マイさんとありみが鉢合わせたのだ。
 キッチンでマイさんが肉じゃがをつくっているところへ、ありみがやってきた。
 エプロン姿で左手にじゃがいも、右手に包丁をにぎるマイさんを見つけ、ありみの表情が曇る。
「え、誰? この人。コウヘイのお母さん?」
 若い女の悪意にみちたセリフ。コウヘイは知らんぷりしている。
 ありみはマイさんに一歩近づくと、手元から私を取り上げようとした。
 マイさんは危険を感じ、包丁は渡すまいと抵抗する。私もありみには奪われたくないので、必死にマイさんにしがみつく。コウヘイも飛んできて仲裁しようとする———————かと思ったら、いきなりスマホで動画を撮りはじめた。
 無邪気にカメラを操作している。まさかSNSとかにあげる気? この状況わかってる? バカなの?

 そう。私はコウヘイのバカで自由なところが好きだった。
 だけど、包丁となり、生身の女じゃなくなって見つめると、この男はダメだ。
 ダメだけど、生身の女に戻って相対したら、きっとまた許してしまう。
 現に私はこの二人の女にどうすれば勝てるのだろう、なんて心の端っこで考えている。
 どうすればコウヘイを私だけのものにできるの?
 小さな決意を胸に、私はジリジリと身体の向きを変え、刃先に意識を集中した。
 そして、彼の胸めがけて、思いきり飛び込んだ。
 
 皮膚を破く感覚と彼のあたたかさにとろりと包まれる。
 その感覚と重なるように、心臓の鼓動が響く。マイさんとありみがコウヘイを呼ぶ声が聞こえる。そして、電話の呼出音も聞こえる。電話の音は何度も何度もしつこく聞こえる———————

      ☆

 久しぶりに鳴った固定電話の音に驚いて、私は目を覚ました。ソファで寝てしまったようで、身体が痛い。
 イヤな夢を見た。よりによって包丁になってコウヘイを刺すなんて。
 さいきん彼と全然話せてないから。コウヘイ不足のせいだ。
 ぼうっとした頭でそんなことを考えながら鳴り続ける電話をとると、実家の母だった。
「あんた、携帯の充電きれてるの? どうして出ないのよ!」
「あ、ごめん。えっと……」
 私の言葉を待たずに、母が言葉をかぶせた。

「コウヘイくん、刺されて重体だって!」

(了)

恵誕さんの前作「わたし、したわ」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory68.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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