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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「ミニベロに乗って」(滝沢朱音)

2018.07.18 更新

 ある朝、目が覚めたら、わたしはミニベロになっていた。
 ちっちゃなタイヤ、こげ茶色のフレーム、銀のボタンステッチがついたレトロなサドル、大きな籐の前カゴ。お兄ちゃんお気に入りの自転車に、わたしはいつのまにか変身しちゃったみたい。
 ちなみにミニベロって、フランス語で〝小さな自転車〟っていう意味なんだって。
 変身したと気づいたとたん、わたしは叫んだの。
「これで、お兄ちゃんを探しにいける!」って。
 叫んだっていっても、ベルを鳴らすリンリンって音しか出せなかったけどね。

 10歳も年の離れたわたしを、お兄ちゃんはとても可愛がってくれた。
 髪をとかしたり、リボンをつけたり、毎日のお洋服選びまで。「凜の髪はきれいだなあ」「ピンクがよく似合うなあ」なんて褒めながら。
 そして、小さなわたしをミニベロの前カゴに乗せて、いろんな公園に連れていってくれた。
 最初は乗るのがこわかったんだけど、風を切る感覚がとても気持ちよくて、公園でたくさんお友達もできたから、すぐに楽しみになったんだ。
 そんな、やさしくて大好きなお兄ちゃんが、突然いなくなったの。
 淋しいのか、お母さんは部屋にこもりがち。わたしもずっとおうちの中にいる。
 今、ミニベロになって、やっとお外に出られた。さあ、お兄ちゃんを探しにいこう!

 東公園に行くと、陸くんに会った。
 変身したわたしに気づかなかった陸くんは、わたしがベルの音で話しかけると、ビビりながらも近づいてきて、フンッと鼻を鳴らして言った。
「なんだ、凜ちゃんだったのか。ずいぶん久しぶりだね」
「あのね、お兄ちゃんがいなくなったの。だから、探してるの」
「ふーん」
 陸くんは、少し顔をくもらせた。
「昔、オレも探してたなあ……」
「誰を?」
「……ばあちゃん」
 陸くんはうつむき、口ごもりながら答えた。
「オレんとこのばあちゃんさ、病気になって入院して……そのまますぐに死んじゃったんだよ」
「えっ……」
「小さいオレに、そのことを誰も教えてくれなくて。だからオレは家を抜け出して、ずっと探してたんだ。この公園とか、ばあちゃん行きつけのパン屋とか、あちこち。
 でもある日、ようやく気がついたんだ。ばあちゃんは、もうこの世にいないんだなって」
 おばあちゃんのことを思い出したのか、陸くんは泣き出しそうになっている。
「じゃあ、もしかして……わたしのお兄ちゃんも……?」
「……かもしれないね」
 恐ろしい予感に、わたしは体を震わせた。ペダルががたがたと揺れる。
 陸くんに背を向け、変速をカチャリと切り替えると、わたしは全速力で走り出した。
(お兄ちゃんが、わたしのお兄ちゃんが……?)
 もしそうだとしたら、お母さんがあんなに家にとじこもり、ふさいでいる理由もわかる。
(……そんなの、やだ!)
 道行く人が、驚いた顔をしながらわたしを避ける。そりゃそうだよね、誰も乗ってない自転車が爆走してるんだから。
 わたしは嫌な予感を振り払うように、街じゅうをかけずり回り、ひたすらお兄ちゃんを探し続けた。

 駅前のロータリーにさまよいこんだ頃には、あたりはすっかり薄暗くなっていた。
 ライトで重たいペダルを回しながら、駅の階段下で停まったとき、上から聞き覚えのある足音がした。
 そして。
「あれ……僕のミニベロ……? どうしてここに?」
 ――大好きな声。
(まちがいない、お兄ちゃんだ!)
 どうしても、会いたかった人。
 うれしさのあまり、わたしは倒れ込みそうになったけれど、駆け下りてきたお兄ちゃんがとっさに受け止め、スタンドを立ててくれた。
「……お兄ちゃん、よかった……会いたかったよ、お兄ちゃん!」
 そう言ってベルを鳴らしてみたけれど、お兄ちゃんはわたしだと気づかないらしい。
 以前と違い、お兄ちゃんは大人っぽいスーツを着て、首にはネクタイも締めている。
 突然、駅前に出現したミニベロに首をかしげながらも、防犯シールの番号を確かめたお兄ちゃんは、決心したようにわたしに乗り、家の方向へとこぎだした。
「ねえ、お兄ちゃん、いったいどこにいってたの? わたし、すっごく心配したんだからね!」
 キィキィとブレーキをきしませて文句を言ったけど、お兄ちゃんはとても急いでいるようで、息を切らせてペダルをこぎ続ける。
(昔は、お兄ちゃんがわたしをミニベロに乗せてくれてたけれど、今はわたしがお兄ちゃんを乗せてあげてるみたい!)
 風を切る感覚が、たまらなく懐かしい。
 家につくと、お兄ちゃんは荒っぽくスタンドを立て、玄関のドアを開けるなり叫んだ。
「母さん! 凜は……凛は?」
「……おかえり」
 お母さんが奥から出てきた、そのとき。
 まるで魔法がとけたかのように、わたしはミニベロから、元の姿へと戻ったの。

 ――気がつけば、いつものスクエアベッドの上。
 お母さんは泣きはらした目で、わたしを見つめている。
 お兄ちゃんは口をへの字にして、わたしの頭をなでてくれている。
「……髪、みすぼらしくなっちゃったでしょ。もうリボン、つけられないね……」
 息を切らせつつも笑ってみたけど、お兄ちゃんはさらに口元をぎゅっと結び、わたしの背中を何度もなでる。
「もうピンクのお洋服も似合わないね……いつのまにかわたし、お兄ちゃんより年上になっちゃったから……」
 そう言って、一生懸命しっぽを振ってみた。大好きなお兄ちゃんに笑ってほしくて。
 お兄ちゃんは何も言わず、わたしを抱きしめる。
 その懐かしい匂いにつつまれながら、わたしはそっと目を閉じた。

(了)

滝沢朱音さんの前作「音もなく」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory62.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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