キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
バックナンバー  1...6465666768...92 

「おもいやり教育」(梨子田歩未)

2018.07.18 更新

 朝起きたら、大橋ユウタになっていた。出席番号6番、ひょうきん者で、クラスのムードメーカー。久保ケンと東ショウヘイと連れ立って行動していることが多い。
 視線を下に動かし、メガネの内側に映る画面をスクロールし、大橋ユウタについて、復習した。
 教室に入る瞬間が一番緊張する。こればかりは毎朝慣れることがない。
 扉に手をかけ、勢いよく開ける。今日は大橋ユウタらしく遅刻ギリギリに学校についたからほとんどの生徒が教室にそろっていた。
 窓際で静かに本を読む田中リナ。おしゃべりに花を咲かせる井出ヒトミと岸ユリカのヒトユリコンビ。机に突っ伏して寝る本田ケイト。いじられキャラの鈴木ユタカが国本シンにからかわれて、顔を少し引きつらせながら笑っている。
 ユタカと目が合う。情けない奴。ぼくは昨日ユタカだった時の気持ちを思い出し、すぐに目をそらした。
 隣の席のケンが軽い腕パンをしながら言った。
「ユウ、今日もギリギリじゃないか」
 ユウタらしくおどけて白目をむき、変な顔をしてみせる。それを見たヒトユリコンビが笑い出す。
 ぼくだけに聞こえるピンポンという正解音と花丸印が目の端に映った。ぼくがほっとしたと同時に、チャイムが鳴った。

 中学校のスクールカーストやいじめ問題は年々悪化の一途をたどっていた。いじめ予防のためにいろいろな策がとられたが、効果は今ひとつだった。
 今、全国に先駆けてこの中学校で行われているがおもいやり教育。ぼくたちは毎日順繰りに入れ替わる。メガネ型のウェアラブル端末を通してみると、その日与えられた役割の生徒に見えるのだ。その生徒もこの教育のために作られたロールモデルで実在はしていない。
 いじめの予兆、いじりがあったとしても、それが行き過ぎることもない。明日、自分がその身になるかもしれないからだ。
 様々な特徴を持った人物を自己体験することで他己への理解を深め、人として成長するというのがおもいやり教育のコンセプトだ。
 もし、一生それが続くって言うのであれば、すこしは考えたかもしれない。それまでの期間限定。ぼくは案外楽しんでいた。中学を卒業したら、また同じ自分を生きていかないといけない。
 ゆとり教育、脱ゆとり教育しかり、もう決まったことに従うだけで、こっちの都合なんて関係ないんだから、流れに逆らわずなんとか毎日を快適に過ごすのが大切だ。

 田中リナになって、朝誰もいない教室で本を読んでいると、ドアが開いた。
 教室に入ってきたのは見覚えがない。ぼくより相手の方がびっくりしたようで、すぐに背中を向けた。
「ちょっと待ってよ」
 興味をかられ、立ち上がり声をかけると、振り返った。
 ショートカットの中性的な顔立ちの少女だった。少女は慌てたようにポケットに手を伸ばし、メガネをかけた。すると、ぼくの方が少女を認識し、大橋ユウタになった。
 少女もぼくのクラスメイトだったのだ。作られたクラスメイトの中にいる一員。非日常な出来事にぼくは少し緊張しながら聞いた。
「えっと、大橋くん、なんでこんな早い時間に教室に?」
 大橋ユウタは顔を下に向け、小声で何か言った。それを見て違う、と心の中で思った。大橋ユウタはそんな態度をしない。少女に聞こえるだけの音でブーブーという不正解音が鳴り響いていることだろう。
 ぼくは自分からメガネを外した。外したことを咎められたら、メガネの調子が悪いとかなんでも言い訳はできる。
 少女の方も安心したのか、メガネを外した。
「はじめまして、なのかな」
 メガネを取って誰かでない自分でクラスメイトに接するのは緊張する。少女ははにかみながら、ちいさく頷く。
「たぶん。わたし、学校来てないから」
「え、そうなの。全然」
 気が付かなったと言う前に、毎日クラスメイトのだれかしらが休んでいるのは、この少女だったのだと分かった。同じクラスメイトが長期間休んでいるわけでないから、不登校の事実にも全く気が付いていなかった。
「そうか、でも何で今日は?」
「違うの。今日も休むよ。でも、教室はなんだか恋しくて、朝早くだったら誰もいないかなと思ってたまに来てたんだ」
 空っぽの教室に一人座る少女を想像して、寂しい気持ちになった。
「田中リナは朝早いからさ、ちょっと張り切りすぎて早く来すぎちゃったよ。ごめん」
「なんで謝るの。君は全然悪くないのに、変なの」
 少女はくすっと笑った。
「私が悪いんだ。誰かを演じるのが苦手で」
 少女は時計を見て言った。
「もう行くね。他の人もそろそろ来るだろうし」
 悪いことなんてちっともないのに、隠れるように去っていく少女の後姿をぼくは見えなくなるまで見つめた。

 いつものように、クラスメイトが登校する。チャイムのなるギリギリになっても、大橋ユウタは来ず、休みだった。
 ユウタの休みを誰も気には留めない。友達の久保と東が「寝過ごしてんじゃねえの」「それありえるわ」と口にしたくらいだった。
 名前も知らない少女の言葉がぼくの頭からずっと離れなかった。

 給食の時間、鈴木ユタカが困ったような笑顔を浮かべている。国本シンがユタカのごはんにみそ汁をかけ、さらにはおかずのとんかつのソースを上からかけた。
 シンは、それらを箸でぐちゃぐちゃとかきまぜた。
「ほら、おいしそうだろう?」
 まったくおいしそうではない残飯とかした給食にユタカはただただ困ったように笑っている。
 悪ふざけの延長だ。いじめじゃない、とぼくは自分に言い聞かせる。国本の中に入っている奴だって好きでやってるわけじゃない。国本らしさを考え、演じているだけなんだ。自分だって、国本になった日にはユタカをいじったり、からかったり、やっていたことだ。
 言葉を紡ぐほど頭の一部分が熱くなって、ぼくは勢いよく立ち上がった。その反動で椅子が後ろに倒れる。
 普段真面目で物静かな田中リナの挙動に、みなが注目した。不正解音が大きくなり、耳がおかしくなりそうだ。少女がずっと聞いていた不正解音。
 どうして自分のしたいように行動しようとして不正解だと言われなければならないんだ。不正解音をかき消すようにぼくは「やめなよ」と言った。

「田中リナは真面目な生徒。だから、食べ物を粗末にすることが許せず、普段はしないような行動をしたんだね?」
 問題を大きくしたくない先生の都合のよいように解釈された問いかけに、ぼくは黙って頷いた。ぼくはすぐに解放されて、残りの四限と五限を過ごした。
 帰りのホームルームでぼくはまっすぐ手を上げた。
「今日休んだ大橋くんに日誌、届けに行っていいですか」
 耳元でピンポンと正解音が鳴った。

(了)

梨子田歩未さんの前作「音守」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory56.html

バックナンバー  1...6465666768...92 

作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

おすすめ作品

第3回 遭難

堀真潮(ほりましお)

世にも小さな ものがたり工場

「謝罪会見」(髙山幸大)

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場

「おもいでホイップ」(滝沢朱音)

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場

「わかれ」(長野良映)

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ページトップへ