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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「音もなく」(滝沢朱音)

2018.06.29 更新

「あなたは、どの音をあきらめますか?」
 闇医者はそう言って、僕の前にタッチパネルを出す。そこには、この世界のあらゆる音が一覧となり、表示されていた。
 違法な手術で、ピアノの音に対する耳の感度を上げるかわりに、別の音への感度をシャットダウンする。それが、ピアニストになる夢をあきらめられない僕が出した結論だった。
 だが、才能のない僕が一流ピアニスト並みの耳になるには、500ポイントは必要だという。
「迷うなあ……」
 聞こえなくても生活に支障のない音を選びたいところだが、そういう音は軒並みポイントが低い。
「先生、低いポイントの音を複数選んで、合算で500ポイントにするのではダメですか?」
「うーん、できないことはないんですが……」
 闇医者は、しぶい顔をした。
「五感の中でも聴覚、すなわち、耳の機能は繊細でしてね。手術を何度も繰り返すと、壊れる可能性が高いんですよ」
「壊れる……」
「特に、一流のピアニストをめざすあなた様の場合は、手術が1度で済むよう、500ポイントの価値がある音を選ばれたほうがいいかと」
 それを聞いた僕はため息をつき、パネルをスライドした。
 そして、500ポイントの一覧には、5つの音が表示された。

『拍手喝采の音』
『歪(ひず)んだギターの音』
『赤ちゃんの泣き声(産声含む)』
『クラクションの音』
『雨音』

(この中から、1つをあきらめなくてはいけないってことか……)
 リストを見ながら、僕は考え込む。
 ピアニストにとって、演奏意欲を高めてくれる『拍手喝采』は、必要不可欠だ。
『歪んだギターの音』は、通常クラシックで使われることはないが、ロック音楽を楽しめなくなる。将来ピアニストとして、コラボレーションする仕事がないともかぎらない。
『赤ちゃんの泣き声』にした場合、いつか子どもが生まれたとき、うれしいはずの産声も聞こえないうえに、気づかないと危険にさらす恐れがある。
『クラクションの音』は、自分自身の生命にかかわる音だ。
 それらに比べると、最後の『雨音』は、はるかに無難で、無くても特に困らない音だろう。
 考え抜いた僕が「『雨音』にします」と言うと、闇医者は深くうなずいた。
 ――そうして、僕の世界から雨音は消えた。

 ピアノの音への感度が研ぎ澄まされた僕は、ピアニストとして一気に名を上げた。
 なにせ鍵盤1つの音でさえ、幾千、幾万ものレベルを聞き分けることができるのだ。それに応じてタッチを繊細に変え、自由自在に弾いてみせる曲は、表情が豊かだと大絶賛されるようになった。
(そうそう、こんな耳がほしかったんだ)
 もう、あの頃の僕じゃない。自分の耳の感じるがままに従っていれば、どんな曲も天才的に弾きこなすことができる。
 やがて、世界的なコンクールで優勝した僕は、プロのピアニストとして華々しくデビューしたのだった。

「あのね、言いにくいんだけど……」
 僕のマネージャーであり、ひそかな恋人でもある香音が重い口を開いたのは、デビューして半年ほどたった頃だった。
「今度のコンサートの曲目、考え直したほうがいいんじゃない?」
「えっ……どうして?」
 問い返した僕に、香音は口ごもりつつ答えた。
「練習を聴いていて、どうも、あなたのピアノにそぐわない気がして……」
「そぐわないって、どういうことだよ。曲を弾きこなせてない、下手くそだって言いたいのか!」
 怒りでカッとなる僕をなだめるように、香音は。
「ち、違うわ、あなたの技術は完璧よ。でもね、うまく説明できないんだけど……どの曲も、いつもの演奏と違うの。どこか違和感があるのよ」
 香音は優秀なマネージャーだ。彼女の判断はいつも確かで、僕も絶対的な信頼を置いている。それだけに、一気に不安になった僕は、練習中の曲の譜面を取り出した。
「ショパンにドビュッシー、メラルティン……どれも、昔からよく弾いている曲だよ。得意曲と言ってもいい」
「……ええ」
「それに、今回のコンサートの曲目は主催者が選んだんだろ、テーマに沿ってということで……今さら変えられないよ」
「そうだったわね。そうなんだけど……どれも今の季節にぴったりの曲なのに、どうして不自然に感じるのかしら」
 彼女はうなずきながらも、困り顔で譜面を受け取ると、1つ1つ読み上げ始めた。
「ショパンの『雨だれ』、ドビュッシーの『雨の庭』、『巷に雨の降るごとく』、『朝の雨に感謝のため』、メラルティンの『雨』……」
 (……雨?)
 愕然とした僕は、あわてて記憶の中の雨音を耳によみがえらせようと試みた。だが、ぼんやりとしていて、どうしても思い出せない。
 窓の外に咲く紫陽花の上には、音もなく雨が降っていた。

(了)

滝沢朱音さんの前作「ノイズキャンセリング」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory59.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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