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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
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「ノイズキャンセリング」(滝沢朱音)

2018.06.15 更新

 遅刻寸前で校門にたどり着いたそのとき、両耳のイヤホンから音楽が流れ始めた。
(ラッキー! これで教室まで走らなくてすむわ)
 私はほくそ笑み、校門脇にある礼拝ボックスへと飛び込んだ。
 あとからもう1人、男子も入ってきた。彼と目が合ったが、礼拝中は会話禁止だ。急いでひざまずき、床に額をつけて頭をかかえ、礼拝の体勢をとると、目を閉じた。
『♪共に紡いだ 絆を忘れずにいたい この身が朽ちたとしても』
 ――感傷的で美しいバラードに、心が安らぐ。
 やがて音楽がフェードアウトして、「お送りした曲は、響(ひびき)の新曲で、『絆』でした」という声を合図に、私たちはようやく頭を上げた。
 男子が話しかけてくる。
「君も、響チャンネル?」
「うん、もちろん。私、彼の歌が一番好き。聴くとなんだかホッとする」
「俺もだよ。さあ、行こっか」
 臨時礼拝のおかげで遅刻をまぬがれた私たちは、立ち上がり制服をはらうと、教室へと向かった。
 
 物心ついたときから、私たちは常にイヤホンを装着している。
 朝晩の礼拝以外にも、当局が必要と判断したときには、いつでも臨時礼拝ができるようにするためだ。
 イヤホンは年々進化し、今では完全ワイヤレスになり、音楽が流れるときには、周囲の騒音を自動でカットする『ノイズ・キャンセリング』機能もついている。
 そしてイヤホンには、好みの礼拝用音楽のチャンネルを設定できるのだ。
 私が聴いているのは、若者に絶大な人気を誇る『響チャンネル』。
 T大学の医学部を卒業しながらも、音楽家の道を選んだという響。彼の紡ぐ音楽は、確かな科学に基づき、緻密に作り上げられているらしい。
 響は私たち10代にとって、文字通り、カリスマ・ミュージシャンなのだった。

 3限目の終わりに、またイヤホンから音楽が流れ始めた。
(最近、臨時礼拝が多いなあ)
 教室では、そのままの席で礼拝することになっている。私たちはいっせいに椅子を横にどけ、床に頭を伏せて礼拝体勢に入った。
『♪君とつないだ この手を離さないでいたい 永遠の眠りについても』 
 新曲の歌詞を再度かみしめていたそのとき、肩に触れる隣席の椅子から、カタカタと振動が伝わってきた。
 気になってそっと目を開けると、隣の女の子――彼女は先週転校してきたばかりだ――が、膝をかかえて座り、震えていた。
(どうして、礼拝の体勢を取らないんだろう?)
 よく見ると、なぜか口元が動いている。
(……歌ってる?)
 イヤホンのノイズ・キャンセリング機能のせいで、何を口ずさんでいるのかはわからない。
 やがて音楽が終わり、みんなが立ち上がっても、彼女はまだ座り込んだままだった。
「ねえ、礼拝終わったよ」
 私が話しかけると、彼女は青ざめた顔を上げた。
「どうかした?」
「……ううん。平気」
 彼女が、乱れた髪を直そうとして横髪を耳にかけたとき、私は違和感を覚えた。
 その耳には、イヤホンが装着されていなかったのだ。
「あれ? イヤホンはどうしたの?」
 私にたずねられると、彼女はあわてて髪を戻しながら、小声で答えた。
「……つけたくないの。お願い、先生には黙ってて」

 私はそれからというもの、その転校生のことがやたらと気になった。
(どうして、イヤホンをつけないんだろう?)
 礼拝は、国で定められた規則だけれど、私はその時間が好きだ。普段は禁じられている音楽を、礼拝の間だけは楽しむことができるからだ。
(臨時礼拝のとき、彼女は歌ってたみたいだった)
 音楽を楽しめる唯一の時間なのに、それを拒絶し、自分で歌う彼女。
(もしかして、響チャンネルを聴いたことがないのかも!)
 響の曲の良さを知ったら、誰だってもっと聴きたくなるはずだ。
 先生に見つかり罰せられる前に、心変わりをさせたいと思った私は、彼女を屋上へ呼び出し、そっと話してみることにした。

「ねえ、どうして、イヤホンをつけたくないの?」
 単刀直入に私がたずねると、彼女は困った顔で口をつぐんだ。
「もしかして、失くしちゃった? すぐに再発行してもらえるから大丈夫。最新のイヤホンは、耳の型取りもちゃんとしてくれるし、マジで装着感ないんだよ」
「……」
「響って知ってる? 彼の曲、最高なの。これぞ礼拝曲って感じで癒やされるから、聴いてみて。おすすめだよ!」
 意気込む私から視線を外し、彼女は寂しげに笑うと、フェンスの外に目を向けた。風に髪があおられ、何もつけていない綺麗な耳朶(じだ)があらわになる。
「……響の曲なら知ってる。前はよく聴いてた」
 ぽつりと答える彼女に、私は顔をほころばせた。
「そうなんだ! 響、いいよねえ。どうして今は聴かないの?」
「……」
「そういえば、臨時礼拝のときに歌ってたよね。もしかして、響の曲?」
 彼女はこちらに向き直ると、頭(かぶり)を振った。
「……あれはね、子守歌」
「子守歌?」
「うん。昔……おばあちゃんがよく歌ってくれてたの」
 そう言ったとたん、彼女の瞳から涙があふれた。
「あたしがこの街に転校してきたのって、家族や友達を全員亡くしたからなんだ」
「えっ……」
「おばあちゃんも、もういない。あたしには、癒やしの音楽なんていらない。恐怖心をまぎらわしたくない」
「恐怖心って……?」
 意味がわからず問い返す私に、彼女は涙をぬぐおうともせず、きっぱりと言った。
「だから、自分自身で歌うことにしたの。最後の瞬間くらい、本当に好きな音楽を耳にしていたいから」

(〝本当に好きな音楽〟って、いったいなんなんだろう……?)
 そのあと私の脳裏からは、彼女に言われた言葉がなかなか消えなかった。
(そう言えば、前におじいちゃんが言ってたっけ)
 大昔、音楽は丸いシートに入っていて、それはとても高価で、好きな曲を1シートずつ買い、大切に再生していたということを。
 『歌は世につれ、世は歌につれ』と言って、音楽はそれぞれの人生に寄り添うものだったことを。
 今、私たちにとっての音楽とは、あくまで礼拝専用のものだ。
 毎日のように礼拝曲が作られて、どれも聴けば心が安らぐ。私は、自分を癒やしてくれる音楽が大好きだ、そう思っていた。だけど――

 何度も考えているうちに、晩の礼拝時間になった。
「みなさん、こんばんは。礼拝の時間です」
 いつものように、イヤホンから響の挨拶が流れ始める。私は部屋の中で頭を伏せ、礼拝体勢をとった。
「響チャンネルを聴いていただきありがとうございます。今夜はライブでお届けします」
 珍しく生放送のためか、響は緊張気味のようだ。
「そして当チャンネルは、おそらく……今夜が最終回です」
(えっ?)
 響の思いがけない宣言に、心臓がドクンと音を立てた。
「実は……僕の曲には、聴くと心が落ち着くように、精神安定剤を配合しています。僕の曲だけじゃない。どのチャンネルで流れている曲も、同様です」
 切羽詰まった声で、彼は一気にそう言った。
「いつしか配合の割合は増え、今では強烈な麻薬成分さえも、大量に含ませるようになりました。みなさんの、日々の恐怖心を麻痺させるために。そうしないと、当局の効力審査にパスできなくなっているんです」
 イヤホンの向こう側で、「やめろ!」と制止する声が聞こえる。
「ずっと騙しててごめんなさい。でも、この恐怖の時代に生きるみなさんの心を、少しでも安らかにしてあげたかったんです。最後に、僕が本当に歌いたかった曲を歌います。タイトルは『未来』です」
 しきりにもみ合う気配の中、響はアカペラで歌いだした。
『♪本当は死にたくなんかない 生き抜きたい 僕らは未来を見たいんだ この目で』
 ――震える音程は、彼の動揺のあらわれだろうか。
 そのワンフレーズが終わらないうち、銃声のような音とともに、ライブは途絶えた。

 翌朝の礼拝のとき、イヤホンから自動音声が流れた。
「チャンネルが設定されていません。そのため、チャンネルが自動選択されます」
 礼拝のあと、あらためて設定をしようとしたが、一覧に響の名前は見当たらなかった。
 仕方なく私は、10代の人気ランキング2位から繰り上がったアーティストのチャンネルを選んだ。
 だけど、響の『未来を見たいんだ』という絶叫のようなフレーズが、耳から離れない。あの続きが、無性に聴きたくてたまらない。
(もしかしてこれが、〝本当に好きな音楽〟ってことなのかな……?)
 
 1度聴いただけのフレーズを口ずさみながら学校へ向かう途中、イヤホンから音楽が流れ始めた。また臨時礼拝だ。
 響以外の曲を今は聴く気になれず、そっとイヤホンを外したとき。
 ――あたりで妙な音が鳴っていることに、私は気がついた。
(何の音?)
 初めて聞く不気味な音に、なぜか全身が粟立つ。
 私は思わず耳を押さえ、通学路に立ち尽くした。
「あら、あなた、大丈夫?」
 そばを通りかかった年配の女性が、話しかけてきた。
「あの、これは……この音は……?」
「ああ……初めて聞いたのね。落ち着いて。さあ、こっちよ」
 女性は私の手を引き、近くの礼拝ボックスへと導いてくれた。
 その間も、サイレンのような不協和音は、音程を上下させながら鳴り響いている。
(ノイズ・キャンセリングのせいで、今まで聞こえてなかったの?)
「さあ、早く中へ。頭を伏せて!」
 私がボックスに入ったのを見届け、女性は外から扉を閉めようとした。
「あの、おばさんは入らないんですか?」
「……私はもういいのよ。退避ボックスに入ってまで、助からなくても」
 彼女の瞳から、涙があふれた。
「息子たちが住む街も、昨日のミサイルで壊滅したわ。これ以上、生き延びる意味もないから」

(了)

滝沢朱音さんの前作「アタタメマスカ?」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory52.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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