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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
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「サイン」(恵誕)

2018.06.15 更新

 ある日、僕から音が消えた。
 でもそれは、声という名の『音』。
『機能性音声障害』。それが医者の見立て。
 声帯に異常はないから精神的なものじゃないかって。
 ストレス社会だからね、現代は。
 理由?
 うん……それはよくわかんないな。
 いつからこうなったか、覚えてないんだ。

 でも、僕から音が消えたかわりに、新しく現れたものがあってさ。
 まぁ、現れたっていうより、見えるようになったって感じかな。
『想いの矢印』。
 ほら、恋愛ドラマとか殺人事件の相関図であるよね。誰が誰と交際してるとか、どんな関係かとか。あれだよ、あれ。あんな感じで見えるようになったの。
 スキは赤、キライは青。
 相手への想いが矢印で見えるんだ。おもしろいでしょ。

 この二つの矢印をはじめて見たのは……うちのリビング。
 ある日父さんの会社の部下です、って地味な女の人が家に書類を届けにきてさ。ソファに座って何やら話していたわけ。それで、僕がお茶を持ってったら二人は端と端にぱっと離れて。
 なんか変だなと思って見てたら、父さんからはドロドロした真っ赤な矢が、女の人からはひょろひょろした細い矢が伸びて、絡み合ってるの。
 二人は静かにお茶をすすってるのに、二つの矢はお互いをむさぼるように探り合って。小動物みたいに震えてたのが、やがて鞭みたいにしなって。波うつように重なりながら一本の矢になったんだ。
 あーって思ったね。ほら僕って、意外とそういう勘がはたらくタイプの男子だから。

 それで、いろんな人を観察してみることにしたんだけどさ。
 『キライ』なのに『スキ』なフリしてる人、けっこういるんだよね。
 我が校人気ナンバー1美少女と名高い君島さんもその一人。
 どの男子にも『大スキ』って200%の笑顔をくれるのに、彼女から出ている真っ青な矢印の鋭さはハンパない。相手から向かってくるスキの赤い矢を、次々に叩き落とし、矢の先を直角にぶすぶす突き刺してる。こわいよー。まぁ、このパターンは美人に多いよね。
 
 そうそう。いつも、たくさんの赤い矢で上半身が見えなくなってるモテ男、知ってる? 
 担任の岡先生。
 おじいちゃん先生ばかりのうちの学校で唯一の三十代。細身、メガネ、温和、数学教師。
 爬虫類みたいな顔なんだけど、女子ってああいうのがいいんだ。
 挑発するような赤、キュンとするピンク、元気なオレンジ、セクシーなラベンダー、いろんな『スキ』が先生の胸に集まってさ、花束みたいなんだよね。
 恋、憧れ、母性、欲情……スキを表す赤にも色々あるんだなぁ、って。
 その岡先生はというと、学級委員の田中さんと隣のクラスの井上先生に、反対側が透けて見えるほど薄っぺらい赤い矢を出してる。ナンパ教師め。

 え? 僕に向かう矢はないのかって? 
 ふふ。実は、あるんだ。いい感じの赤い矢が。
 夕方、太陽が沈んだあとほんの一瞬、空が明るく染まるの知ってる? せつなくて、あたたかくて、たまらなくキレイな色。
 そんな矢印が僕のちょっと後ろを、いつも見守るようについてくるんだ。
 誰かって? わかんないよ。いいんだよ、知らなくて。
 どんな可愛い子が僕を『スキ』なのかなって。想像してる方が夢があるだろ?
 会ってがっかり、みたいなお約束パターン、勘弁だよ。
 まぁ、気になると言えば気になるけど。
 こんなにいつも想ってくれるのは誰なのかって。僕もそういう年頃だし。
 年……やだな。今日って誕生日だよ、僕の。すっかり忘れてた。ま、別に何もないけど。
 あー、ほんとヒマ。せっかく梅雨の晴れ間で、誕生日なのに!
 ん? 矢印をたどって、相手を見に行けって? いやいや、ないない。ないから、それ。
 でも……ひとつ大人になった日の思い出に、あり……かな。
 マズイ相手なら、顔を合わせなきゃいいんだし。どうせ父さんの帰りも遅いし、ね。

       ☆

 あれ? この道、知ってるような気がするよ。
 線路を渡って、商店街を抜けて、ひたすら街道沿いを歩いて、右に曲がって、紫陽花にじっと見つめられて、そして橋を……渡らなかった。
 そう。
 あの日も蒸し暑い夜で。
 橋の下には川が流れていて、川面が暗く光るたび生温かい風が頬を撫でた。
 誰かが僕の手をぎゅうっと握って、そして、ぱっと離した。
 おでこにはりついた前髪、大きな瞳。夜の闇が少しずつ滲み込もうとしていた。
 ごめんねと聞こえたかもしれない。気のせいかもしれない。
 白いブラウスが一枚のコピー用紙みたいに、闇にひるがえりながら落ちていった。
 水音がして、川面にぷかりと浮かぶように揺れると、やがて消えたんだ。 
 ちょうどいま、赤い矢が、サインみたいに飛び出ているあたりに。
 そして、僕は……

「お母さん、待って!」
 そう。あの日から、僕の声も消えたんだ。

(了)

恵誕さんの前作「脳転コピー」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory51.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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