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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「音守」(梨子田歩未)

2018.06.15 更新

 出社してデスクから、いい天気だなとぼんやり空を眺めていると、ぱっと視界が赤く染まった。
 立ち上がり、赤く染まった窓を開けると、ギターを背負った男が見えた。窓にべっとり付いた赤いインク。カラーボールを投げつけてきたのは、あの男だろう。
 警備員に連絡しようとデスクの電話に手をかけると、上司が資料から目を離さずに言った。
「やめなさい。いつものことです」
「でも」
「慣れることです。窓口に何度も訴えに来た例の青年でしょう? 注意はわたしから行っておきます」
 そう言って上司は立ち上がり、外に向かった。
 注意は上司に任せることにした。わたしも電話や窓口でクレーム対応をすることがあるが、正直苦手だった。上司はその点優秀で、上司が対応すると、クレームをつけに来ていた人はぴたりと来なくなるのだ。
 台所に雑巾を取りに行った。赤いインクがこびりついてなかなか落ちない窓を拭きながら、わたしは苛立ちながら呟いた。
「あの情熱を別のことに使えばいいのに」
 価値のある音を保護し、後世に向けて適性に音を残すことが音守の仕事だ。音守の許可が出ない音は消音され、世界は正しい音のみで構成されている。
 許可が出ない音を奏でることは取り締まりの対象になるため、自分の音楽が演奏できなくなった音楽家やミュージシャンから恨まれることは日常茶飯事だ。
 音守は感情に流されない、分かりやすく言えば音に鈍感な者だけがなれる。確かに周りの人間がイヤフォンをして絶えず音楽を聞いているようななかでも、わたしは耳にまとわりつく音が苦手だったし、音楽に感動したということもなかった。
 掃除を済ませると、音の選別室に向かった。保護に値するかどうか審査待ちの音源がここにはたくさんある。音源はレコード会社から一般まで広く受け付けているため、常に山積みで、審査待ちが五年越しなんていうこともざらにある。
 それほどにこの世の中は音であふれかえっているのだ。
 審査は『希少性・芸術性・公共の利益』といったいくつもの項目があるのだが、すべて機械的に行われる。
 人間の審査では主観が入ってしまうため、ひたすら審査基準をプログラムされた機械に音源を入れていくのだ。
 この過程で、たまたま音楽を耳にした音守の職員が私的な感情にとらわれ、本来保護に値しない音を保護リストに載せてしまったことがあるという。音に鈍感なことが音守の条件になったのもこの事件がきっかけだという噂もある。
 余計なことは考えずに、淡々と作業をこなす。レコード会社からの依頼、新人歌手の歌、個人的な恋人にあてた歌、学校の校歌、ジャンルも違うがどれも審査基準を満たさない。すべての項目が8割以上という厳しい基準だ。
『希少性 41/99・芸術性 25/99・公共の利益 32/99・・・・・・・・』
 機械の故障か、いつもは100とでる母数が99になっている。
「あとで機械のメンテナンスを頼まないと」
 わたしは次の音守職員の申し送り書に機械の故障を書きとめた。音楽を機械にセットし、選別が終わった音源をカートに入れ、プリントアウトした結果表をつづった。これが大体の作業の流れだ。
 基準を満たさない音源は、まとめて地下倉庫に入れ、月に一回廃棄する決まりとなっている。夕方になり、作業をひと段落させ、基準を満たさなかった音源を地下倉庫に持って行くためにエレベーターに乗った。
 エレベーターのドアを閉めようとすると、男が一人飛び乗ってきた。男はその勢いのまま、わたしに体当たりした。エレベーターの床に倒れながら、男の背中にギターをあるのを見た。今朝、カラーボールを窓に投げつけた青年だった。
「あんたが悪いんだ。あんたたちが演奏禁止した歌を取り戻しに来たんだ」
「こんなことをしても意味はありません。審査は機械が平等、公平に行っており、覆るものではありません」
 窓口、電話越しに文句を言ってくる申請者たちに幾度となく言ってきたことだ。わたしは痛みをこらえ立ち上がり、わたしたちは間違っていないと青年をにらみつける。その態度が癇に障ったのか青年は顔を赤くし、手を振り上げた。
 目をつぶったが、青年の手が降り下ろされる前にエレベーターは地下についた。エレベーターの扉が開くと、上司が待っていた。
「これは一体どういうことでしょうか」
 わたしが答える前に、さきほどまで興奮していた青年がうろたえた様子で謝った。
「すみません、俺、俺」
 状況を把握できず、上司の顔をじっと見た。
「私が来るまでエレベーターに乗るのは待っていただくようお願いしたはずですが」
 青年はすっかりおとなしくなって上司の後ろについた。状況が分からないまま、わたしも狭い通路を男の後ろから歩いた。青年が歩きながら、上司に言った。
「俺の歌、特別に再審査してくれるんですよね?」
 上司は、保管場所の倉庫の入口を通り過ぎると、通路の突き当りの床にしゃがみこみ、マンホールのような丸い蓋を開けた。はじめて見る場所だ。人一人分が通れる穴には梯子がかかっている。梯子を降りていくと、時折笑い声やすすり泣く声が耳に届く。
 足が床につき、しばらくすると薄暗い部屋にも目が慣れてきた。
 広い部屋の中央には、大きな円柱がある。円柱のつるりとした黒い表面には音の波長が動いていた。円柱の上部からはイヤフォンが何百本と伸びており、しだれ柳の枝のように広がり、音楽の大樹のようだった。
 そのイヤフォンの先には、人がいて音楽を聞いているようだ。
 数十人、いや奥の方の人も合わせると百人近くいるだろうか。人の熱気とイヤフォンから漏れる低音が混ざり合っている。
 イヤフォンを付けた人々は顔に微笑みを浮かべたり、涙を流したりしている。みな思い思いに音楽を楽しんでいるように見えた。ここは、基準を満たさなかった無数の音楽を秘密裏に楽しむ場所なのだろうか。
 上司は青年に席を進め、耳にイヤフォンをつけさせた。それからわたしの方に向いて言った。
「ここは音森。音守の、もうひとつの形です」
「ここは、破棄された音楽を楽しむ場所なんですね。……本来保護に値しない音を保護リストに載せてしまったことがある音守の職員ってあなたなんですね」
 上司はふっと寂しげに笑い、淡々とした口調でいた。
「音楽は人の心の叫び。感じ方も、人によって違う。機械によって公正な審査ができる、と君は本当に思っていますか? 人こそ音楽を正しく判断できるのだよ」
 薄暗い部屋に急にまばゆい明かりが灯った。
 音楽の大樹のてっぺんが光り、いつも見慣れた数字が電光掲示板に映し出されていた。
『希少性 24/100・芸術性 60/100・公共の利益 11/100・・・・・・・・』
 99だった母数がまた100に戻っている。と、同時にこの地下はちょうど選別室の真下だということに気が付いた。
 明るく照らされ、人々の顔がよく見えるようになると、青年以外にも何人も見覚えのある人がいた。  
 何度も窓口に来た少年、音楽の自由を訴えに来た男性、施設の前で座り込みをした老人、自分の歌を持ち込みに来た少女。
 どの人も上司が対応した人だった。上司は言った。
「私は事件後、音守の本当の姿を知った。そして、自分が審査側に行かないように審査員の補充を担当しているんだよ」

(了)

梨子田歩未さんの前作「魔法のタクシー」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory42.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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