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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
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「ずっとずっと」(長野良映)

2018.05.30 更新

 家から大学へ行く途中、おれはコンビニへ寄った。昼食を買うためでもあったが、それが一番の理由ではない。
 コンビニは混雑していた。人波をかき分けておにぎりとパンを手に取り、レジへの長い列に並ぶ。今日は当たってくれ。
「こちらのレジにどうぞ」
 喜びが顔に出ないよう気を張りながらカウンターへ行き、商品を差し出した。「高宮」と書かれたネームプレートに視線がいくばかりで、顔なんてまともに見れやしない。
「ありがとうございました。またお越しください」
 思い切って顔を上げると、美しい笑顔がそこにあった。
 授業のあと、村松との会話はそのコンビニ店員のことでもちきりだった。
「今日、高宮さんにあたったぞ」
「うらやましい」
 入学してからすぐに、かわいい店員が大学近くのコンビニにいるという噂を聞いた。ためしに見に行ってみたら、誰のことを指しているのか一目でわかった。ぱっちりした目が最も目立っていたが、どの部分をとっても品よく整っていた。笑うたび、きれいに並んだ白い歯がのぞいた。高宮さんに対応してもらったとき、手が震えて小銭を落としてしまったほどだ。接客の態度も非の打ち所がない。
「大学ではすごい評判だな。男たちはみんな買いに行ってるよ」と村松が言った。
「うちの学生なのかなあ」
「もしそうなら、どの学部の誰なのかっていうのはとっくにわかってるはずだ」
「とすると、他の大学なのか……そもそも大学生かどうかも不明だしな」
 彼女の年齢がいったいいくつなのか、まったく読めなかった。だが、その謎めいた感じも魅力だ。あれだけの女性なら放ってはおかれないだろう。おれみたいな普通の男なんかより、イケメンがお似合いなのはわかっていたが、これまで会ったどの女性よりも素敵で、ふとした瞬間、つい思い出してしまう。
「高宮さん、シフトがめっちゃ長いみたいだぞ」
 村松が新しい情報を仕入れてきた。
「どうしてわかった?」
「研究室に夜遅くまでいる友達から聞いたんだ。日付が変わってからも働いてたって」
 休憩が入るとしても、昼も夜もコンビニにいるなんて……他人事なのに体調が心配で、胸が締め付けられる。
 しかも平日だけでなく土日も働いているらしい。休みはないのだろうか。
「体が壊れちゃうだろ」
「なあ。心配だよな」と村松も眉をひそめた。
「まさか双子ってことはないよな? シフトを互い違いにしているとか」
「それはないよ。同じ高校に通ってた人から話を聞いたんだけど、そのときは母一人子一人でつつましく暮らしていたらしい」
 家計を助けるためにたくさん働く高宮さん。勝手なおれの想像だが、いじらしくて余計に放っておけない。
「高宮さんって彼氏いるのかな?」それが最も気がかりだった。
「今はいないらしい。過去に何人かいたみたいだけど……相手はどれもイケメンな優男かと思いきや、意外や意外、がっしりしてるのが好みなんだって」
 思わず心が浮き立った。おれは高校まで野球部で鍛えていたから、体格には自信がある。
「でもな」
 急に、村松が声をひそめた。
「付き合った男たちの誰もが長続きしなかったんだと。しかも男の方から去ったらしい。信じられるか?」
「嘘だろ。もったいねえな」
「さすがに周りも気になって、なぜなんだって男の方に尋ねたんだけど、口を濁すばかりで、詳しいことは決して教えてくれないんだそうだ」と村松は続けた。
 理由は気になるが、皆の前では愛想よく振る舞っていても、二人きりになれば要求が多かったり、性格に難があったりするのかもしれない。容姿が容姿なだけにあり得る話だが、万が一その立場になれたとすれば、一生懸命ついていくというのに。
 その日の夜も、またコンビニに立ち寄った。
 高宮さんはいた。だが、その横顔はひどく困惑していた。汚い中年の男が彼女に何か難癖をつけているらしい。怒鳴ってはいないが、ねちっこくて嫌らしい口調が聞こえてくる。
おれは彼女をなんとかして守ろうと思った。後先考えず早足で近づき、その勢いのまま男の肩に体をぶつけた。
「うるさいな。店員さんも困ってるだろ」と凄み、目を覗き込んだ。
 こんなことをするのははじめてで、震えを抑えるのに必死だったが、大きい体が役に立った。おれより頭ひとつ分小さい男は、もごもごと何かつぶやきながら、逃げるようにして店を後にした。
 ほっと息をついて彼女に向き直ると、安堵した表情に変わっていた。
「助かりました。おつりを間違えられたと言われてしまって。謝っても納得していただけなくて……ありがとうございました」
 高宮さんはいつもの笑顔に戻っていた。やっぱり、とびきりのかわいさだ。
 おれは今、あの高宮さんと話している。混乱しながらも「大丈夫でしたか」と返した。
「ええ。とっさに助けてくださるなんて、頼りになる方ですね」
 彼女はおれの頭から爪先まで、誘うような視線でなぞった。おれはすっかりいい気になった。
「もしお仕事がもうすぐ終わるのなら、家まで送りましょうか。さっきの男がまだいるかもしれないし、夜も遅いから危ないですよ」
 勢いに任せてとんでもないことを言ってしまったと後悔したが、彼女は戸惑う様子も見せず、「お願いします」と頭を下げた。
 彼女の仕事が終わるまで三十分待って、帰り道を一緒に歩いた。住んでいる所はそう遠くないらしい。
 天にも昇るような思いだった。何気ない会話のやり取りからこぼれる高宮さんの微笑みは、ただ一人、おれだけに向けられている。足が地面に着いている感触がまったくなかった。ちゃんと歩けているのだろうか。
 しばらくしてアパートに着いたとき、彼女がふいに口にした。
「よかったら上がっていってください」
「え……今からですか?」
「お礼もしたいですし……嫌ですか?」
 嫌だなんてことがあるものか。おれは、はやる気持ちを必死で抑えながら彼女の申し出を受け入れた。何というチャンスだろう。
 今はひとり暮らしをしているのか、部屋はワンルームの間取りだった。
 この状況についていくのが難しかったが、差し出されたお茶をすすっていると、徐々に落ち着いてきた。シンプルな家具でまとめられた室内は彼女の清楚なイメージにぴったりだ。すっぱさと甘さが絶妙に混ざった匂いがさわやかに感じる。
「来てもらってありがたいです。帰ってもこのとおり一人なので……ずいぶんがっしりしてるんですね」
 彼女はおれをまっすぐに見つめた。
「ずっと野球をやってたんです。体力だけですよ、自慢できるのは」
 おれは頭をかいた。するといきなり彼女は、おれの手をやさしく包んだ。細くてひんやりした指がしなやかに絡みつく。
「わたし、体力のある人が好きなんです」
 心臓が喉からせり出してきそうだった。射抜くような眼差しに、おれの体は自然と動いた。胸元に引き寄せても、彼女は全く抵抗しなかった。二人でベッドになだれ込み、夢中で何度も愛し合った。
 終わった後、荒れた息を整えながら、おれは呆然と天井を見上げた。壁掛け時計に目をやると、日付が変わってからずいぶん経っていた。おれは彼女の華奢な肩を抱き寄せた。
「私のこと、ずっと愛してくれる?」
「約束するよ」
「ずっとよ。二十四時間ずっと。約束ね」
「もちろん」
 本当に現実なのだろうか。もし夢ならこのまま覚めないでほしい。そんなことをきれぎれに思ううち、まぶたがゆっくりと重くなっていった。
 けれど気持ちよく眠りに入ろうとしたその瞬間、彼女に揺り起こされた。
「うん?」
「起きてったら。体力に自信あるんじゃないの?」
「それはそうだけど、眠いよね?」
「ううん。寝ないから」
 おれは目を丸くした。回らない頭で理解しようとして黙っていると、彼女はぽつりと言った。
「私、コンビニと同じで二十四時間営業なの」
「……どういうこと?」
 答える代わりに、彼女は何も身に着けないまま体を起こし、リモコンでテレビをつけた。画面が暗い室内にぼんやりと浮かび上がる。光を受けた彼女の背中の輪郭は緩やかな曲線を描いていた。青白くて、妖しかった。
「起きていても、一人だとこんなものばっかり見ちゃう。時間の無駄なのかもしれないけど、こんな使い方しかできなくて」
 彼女の肩越しに見える画面には、深夜の時間帯によくやっている通販番組が映っていた。
「……私、家計の足しにと思って高校からコンビニでバイトしてたんだけど、時給が高くないからなかなか貯まらなくて。コンビニで働くのは好きだったから、もっと働いて稼げないかなって思ってたの。そこで少しずつ働く時間を増やしていくと、いつの間にか私自身も二十四時間起きていられるようになったのよ。どういう原理かわからないけど、長くそこにいるうちに、コンビニにとりつかれてしまったのかも」
 彼女はそこでひと呼吸置いた。おれは口をぽかんと開けたまま、何も言い出せずにいた。彼女は淡々と続ける。
「さすがにずっと働いてたらおかしいから、適度に休んでるけど……人間って、三分の一は睡眠に費やしてるっていうでしょ。私はせっかく起きているんだから、その分あなたにも愛してほしいの」
 彼女の言葉は上滑りするばかりでまったく頭に入ってこなかったが、一方で、別れを告げた過去の彼氏たちが、理由を詳しく語らなかったことを思い出した。もし彼女が本当のことを言っているのなら、彼らは絶え間なく求められていたのだろう。体力が追い付かずに逃げたなんて、情けなくて言えなかったのではないか……。
 考えをぐるぐる巡らせていると、彼女がぱっと振り返っておれを見下ろした。
「それでね、明日、っていうかもう今日なんだけど、まるまる休みなんだ。だからあと二十四時間は一緒にいられるよ!」
 体力のある人が好きだと迫った彼女の真意がやっと理解できた。だが、さっきの彼女の求めようを思うと、もう応えられそうにない。限界だ。
 顔がひきつっていくおれに構わず、彼女は耳元で甘くささやく。
「さっき約束したこと、覚えてる?」

(了)

長野良映さんの前作「小さなお客さま」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory48.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

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