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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「白黒つけろ」(行方行)

2018.05.30 更新

「白黒なら、いつでもつけてやるよ」
 それが白石の口癖だった。
 囲碁でなら、同年代に負けない。
 生まれてすぐに碁石を持たされて祖父にしごかれ、碁会所に通いつめて高い段位をもらっていた白石は、実際、小学校で敵なしだった。勝てなければだれも相手をしたがらない。
 もっぱら相手は黒岩だけだった。
 一人っ子同士で、どちらも親が個人商店を経営している。そんな似た境遇のせいか自然と仲良くなったふたりは、いつも学校帰りにどちらかの家で囲碁に没頭した。
 何千局、膝を突き合わせただろうか。
 黒岩は一度として勝つことができなかった。
 対局にはひとつの決まりがある。
 必ずなにかを賭け、それがどれほど大切なものでも負ければ引き渡さなければならない。ガムから始まって、ビー玉やミニカー、竹馬や映画のポスター、野球帽や戦闘機のおもちゃなど、黒岩はさまざまなものを白石に奪われた。それでも囲碁を止めなかったのは約束があったからだ。
 ──もしおれが負けたら、いままでもらったものは全て返してやるよ。
 野球帽なんて破れてしまって手元にはない。
 それでも取り決められるほど、白石は自分の実力に自信を持っていた。
 中学に入ると、隣町に住む灰谷も仲間に加わった。
 灰谷も両親が商店を営んでいて兄弟はおらず、石を持たせると白石に匹敵するほどの棋力がある。力が互角であればこそ勝負事は面白く、すぐに黒岩を除いたふたりで囲碁を打つようになった。
 もちろん賭ける。
 黒岩が相手のときとは違い、マンガやレコード、ジーンズや釣り竿、オーディオアンプやテレビなど、年齢があがるにつれて高額になっていき、大学を卒業するころには現金百万円を白石が払うことになった。
 勝敗は絶対だ。
 白石は親類縁者や友達や金融会社に借金をし、耳を揃えてその金額を用意した。
 三人が家業を継いで商店主になっても、争いは終わらない。
 とくに白石と灰谷はお互いを強く意識し、雑誌の立ち読みを推奨したり店内で弁当や軽食を調理したり商品管理用のパソコンを導入したりと、多くのアイディアを打ち出して売上と来客数を競い合った。
 そうなってくると一軒では足りない。
 先見の明があったふたりは、当時まだ少なかったコンビニエンスストアとして店舗を増やしていくことに決めた。
 白石が挑発的に顎を突き出す。
「チェーン店化を囲碁でやろう。負ければ、すべての店を相手にくれてやる」
「いいさ、どうせ勝つのはおれだ」
 碁のルールに則って、どちらが多く陣地を取るか競うのだ。
 しかし、ふたりが暮らすのは人口数十万の地方都市で、交互に何店か加盟店を増やしても番地が離れすぎていて店──石が拮抗しない。ふたりは時間をつくって碁会所で盤を挟み、遠い目をした。
「まだまだ序盤だ。先は長い」
 それからふたりは顔を合わせることがなくなった。
 バブル景気に入ってどちらも五店舗十店舗と拡大を推し進め、輸送の効率化や新人教育などやることが山積みで、好敵手に会うどころか寝る間も足りない。
 上下左右を囲めば、相手の石を取って自陣にできるのが囲碁だ。現実的には厳密に四点を押さえるのは難しく、そうなったからと閉店して空き地にするわけにもいかない。
 ──これは囲まれたな。
 そう認めたら、潔く相手のものに看板を替えるよう話しがついていた。
 さらに店が増え、ついに石が隣接するようになった。二点を握られて多少割高でも囲みを避けるように出店したり、部下の反対を押し切って他店の近くに店を並べたりと、あちこちで鍔迫り合いが起こる。
 まず優位に立ったのは白石だった。
 駅周辺や交差点など来客が見込める場所に先手を打ち、大通り沿いに注力して運転手からの認知を高める。灰谷はしばらく地元を離れ、大都市に数店舗を展開したことで後手に回った。戻ってみると、好条件の場所は軒並み白石に取られているうえに詰め寄られていて、先がない。
「ここで守っては駄目だ」
 灰谷は本格的に大都市へ飛び込む決断をした。
 碁は中盤に入っていて、もう地方都市で小競り合いをしている場合ではない。
 覚悟を決めて打って出ると、事前に出店していた数店の布石が効いた。街のことを把握できているので人の流れや要所がよくわかって、攻め手に迷いがない。
 今度は地元の土台作りをしていた白石のほうが、数手、遅れた。たったそれだけの差だったが、灰谷は出店攻勢をかけて百万都市を手中に収め、白石が何度となく挑んでも軽々と跳ね返してしまう。
 それから十年が経った。
 灰谷は日本中に店舗を持つコンビニ界の風雲児にまで成長し、白石は一地方のチェーン店として西日本の港町や山間部の農村に地道な出店を続けていた。田舎のひとには感謝されたが、人口が少なければ売上は伸びない。閉店をよぎなくされた店も多かったが、白石は田舎への出店を頑なに止めようとしなかった。
 頑迷さが経営を悪化させる。
 多くの社員が去った。転職先はもちろん灰谷の会社だ。
 バブル崩壊が起こると、それを機とみて灰谷は一気に都心へ切り込んだ。碁盤でいえば中央での攻防がはじまったといえる。待ち望まれていたチェーン店だったので、どこも大盛況で都心にどんどんと根ざしていく。勝利を確信した灰谷は自分の石ばかりに意識がいって、そこに隙が生まれた。
 気づいたときには、もう遅い。
 海岸線を端として使われ、九州から四国、中国地方までを一気に囲まれてしまったのだ。白石は人目につかない田舎で出店と閉店を繰り返していた。そのため石の配置を灰谷が見誤ったのだ。焦った灰谷が悪手を打つ。オイオトシといって、それでは必ず追い詰められてしまう。
 ──待った。
 進退窮まった灰谷が、どれほどそう言いたかったか。
 しかしぐっと飲み込む。それを口にするのは敗北よりも惨めなことだ。
 灰谷は西日本の多くの店と契約を打ち切り、白石が好条件を出して受け皿となった。
 そこから驚くほど静かになる。
 灰谷は静岡から東を盤石にし、白石は西の地盤を固めていって石の奪い合いが起こらない。それぞれ中小の小売店を飲み込んでいって、日本のコンビニチェーンは二色に塗りつぶされた。
 まだ、黒岩はいる。
 十店舗ほどチェーン展開していたが、鹿児島や本州の東端、稚内や北方四島を望む岬など辺境の地に脈絡なく出店していて経営は火の車だった。ふたりは友情を示して取り込もうとしない。
 新世紀に入り、満を持して白石が都心に進出した。
 当然ながら来客の多い一等地は灰谷に握られている。白石は裏工作に励み、大病院や公共施設、大学や高校に店舗をねじ込んでいった。そんなところに出店できると考えていなかった灰谷はぞくぞくと囲まれて、店舗を失っていく。
 すぐに同じ手法を取って損失を抑えると、灰谷は割安の店と高級志向の店を増やして地域によっての客の要望に応えていった。
 お互いに一歩も引かず、首都決戦は三千日にも及んだ。
 碁は最終盤に入っていて、まだ決着がつかない。灰谷は東京の七割を確保し、白石は地方の六割を有していた。店舗数では互角、陣地は整地してみなければ判断がつかないほど細かい。
 白石は熟考し、杉並区に隙間を見つけて石を置いた。すぐにそれが罠だと気づいたが、いつまで経っても灰谷は打ってこない。半年待って、白石は灰谷のところに向かった。
 そこは病院だった。
 やせ細った灰谷が、点滴を受けながらベッドで眠っている。
 書斎で倒れ、そのまま意識が戻らないという。
 灰谷の妻に黒石を渡された。
「主人がずっと握っていたものです。本当にいつも囲碁のことばかりで──」
 病室の一角に、三十面近い碁盤が、日本を模したように並べてあった。
 ほとんどの目は石で埋まっていて、空いているのは逆転の可能性がない僻地や離島ぐらいだ。あと数手で戦いは終わる。しかし手番の灰谷は石を握れない。
 白石は待ち続け、灰谷は息絶えた。
 心棒を失ったように白石は老け込んだ。自宅に三十の碁盤を運び込んで日本のように配置し、灰谷の次の一手を願っている。約束通り灰谷の店はすべて白石のものになり、もう対抗してくるコンビニチェーンは日本に存在しない。
 それがひどくつまらなかった。
 あの熱にうなされるような勝負が、またしたい。でも灰谷はいないのだ。
「白黒つけにきたぞ」
 驚いて振り返ると、黒岩が家にあがりこんでいた。
 首都圏の碁盤の前に座って、黒石を握る。
 白石は呆れて首を振った。
「おまえじゃ相手にならん。それに、これはもう勝負が決している」
「どんなときでも受けてくれる約束だ。おれが勝ったらすべてをもらうぞ」
 がんとして譲らない黒岩を睨んでから、白石は離島に白を置いた。
 すぐに黒岩がそれを弾き出し、
「相手を裏返せなければ置けないルールだ」
 と東京の中央──天元に移動式のコンビニを停めた。するとぱたぱたと放射状に多くの白が黒に入れ替わっていく。そのために日本の四隅で店をやっていたのだ。唖然とする白石に向けて黒岩が、笑った。
「白黒なら、オセロだってつけられる」

(了)

行方行さんの前作「怪奇タクシー」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory46.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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