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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「アタタメマスカ?」(滝沢朱音)

2018.05.30 更新

 町はずれの小さなコンビニで、弁当を買った。
「アタタメマスカ?」
 不思議なイントネーションでたずねる、若い女性店員。どうやら日本人ではないようだ。
 僕が「お願いします」と言うと、彼女は弁当を持ち、なぜかカウンターの奥へと入っていく。
 しばらくして、奥から「ピー」という音が聞こえてきた。
(そうか、カウンターが狭いから、レンジをバックヤードに置いているんだな)
 やがて出てきた店員は、湯気をたてる弁当を袋に入れて僕に渡し、えくぼを浮かべてほほえんだ。
 エキゾチックな、とても可愛い笑顔だった。

 僕はその笑顔が忘れられず、翌日もコンビニに立ち寄った。
「イラッシャイマセー」
 カウンターの中には、例の店員が立っている。
 昼食を済ませた後で、特に買うものもなかった僕は、ドリンクコーナーから冷たい缶コーヒーを手に取り、レジへと向かった。
 驚いたことに店員は、昨日と同じようにたずねてきた。
「アタタメマスカ?」
「えっ? ……これ、缶コーヒーですよ?」
「ハイ。アタタメマスカ?」
 澄んだ目で、そう続ける店員。
(いったい、どうするつもりなんだろう)
 興味津々で思わずうなずくと、店員はカウンター奥へと入っていく。
 やがて「ピー」という音がして、彼女が持ってきたのは、カップに入った熱々のコーヒーだった。
「オマタセシマシタ!」
 えくぼの浮かぶ、とびきりの笑顔がまぶしい。
(缶コーヒーをカップに移し替えてまで、あたためてくれたのか……)
 彼女なりの親切心なのだろう。
 本当は冷たいまま飲みたかったことなど忘れ、僕は彼女に礼を言った。

 それから僕は、そのコンビニに毎日通うようになった。
 可愛い店員に、すっかり恋をしてしまったのだ。
 ただ、少し困ったことがあった。
 いつも一生懸命な彼女は、商品がどんなものでも、必ず「アタタメマスカ?」と聞いてくるのだ。
 僕が断ると、彼女は少し落胆したように顔を曇らせ、いつものあの笑顔は見せてくれない。
 仕方なく僕は、弁当やおにぎりなど、あたためていいものを選ぶようにしていた。

 ある日、コンビニへ向かう途中で雨が降り出し、あわてて僕は店内に駆け込んだ。
 にわか雨かと思ったが、雨足は強まるばかり。どんよりとした雲は分厚いままだ。
 僕は商品のビニール傘を手に取ると、そのままカウンターへ向かった。
 彼女は傘のバーコードをレジに通し、いつものように言う。
「アタタメマスカ?」
 雨に気を取られ、ついうなずいた僕は、奥から「ピー」という音が聞こえて、我に返った。
(……まさか、傘をあたためたんじゃないだろうな?)
 心配していると、店員はニコニコと出てきた。幸い、傘に何も変化はないようだ。
(さすがに、それはないか)
 胸をなでおろした僕は、彼女から傘を受け取り、外に出ようとして、息をのんだ。
「あっ……!」
 空はいきなり晴れわたり、大きな虹がかかっている。
(これは……魔法?)
 思わず店を振り返ると、店員はえくぼを浮かべ、こちらに手を振っていた。

 僕はその不思議なコンビニで、わざといろんな商品を買うようになった。
 どんな商品でも、店員は「アタタメマスカ?」とたずねてくるので、僕はうなずくようにした。
 例えば、卵の6個入りパックをあたためてもらうと、店員は満足げに、ピヨピヨと鳴く6羽のひよこを抱えて出てきた。
 スキャンダルを報じる新聞をあたためてもらうと、見出しが激しくなり、謝罪会見がさらに大炎上する様子に変わった。
 大好きなバンドのライブチケットを発券し、あたためてもらうと、受け取った瞬間に僕はライブ当日に飛び、会場の熱気に包まれていた。
 ――あたためてもらうと、何が起こるかわからない。
 そのワクワク感と、店員の笑顔の愛らしさに、僕はそのコンビニで買い物をし続けたのだった。

 ある夜、そのコンビニに行くと、カウンターには誰もいなかった。
 しばらく商品棚を見ながら彼女を待っていたが、店内は無人のままだ。
 しびれをきらした僕は、カウンターの奥へと声をかけた。
「あの、すみません」
 返事はない。だが、小さなうめき声が聞こえてくる。
 いけないと思いつつ、どうしても気になった僕は、出入り口からカウンターの中へ入り、奥の扉を開けた。
 通路には、あの店員がうずくまっている。
「どうしたんですか?」
 彼女は苦しそうに僕を見上げた。真っ青な顔だ。
「大丈夫? 気分が悪いの?」
(そういえば……)
 毎日来るこのコンビニで、彼女以外の店員を見たことがないことに、僕はようやく気がついた。
 怒りがこみあげる。
「ねえ、店員は君1人だけなの? いったい……いったい店長は、何やってるんだ!」
「ア……」
 彼女は懸命に笑顔を浮かべ、怒る僕に両手を差し出して言った。
「イラッシャイマセ……アタタメ……マスカ?」
 そのとたん、彼女への愛しさがこみあげてきて、思わず僕は彼女を抱きしめた。
「どうして、そんなにしてまであたためたいんだ……無理するな!」
「ダイジョウブ」
 僕の腕の中で、彼女は大きく息をつき、言った。
「アタタカイ……」
 ――そのとたん、通路全体に「ピー」という音が鳴り響いた。

 気がつくと僕は、家の前に立っていた。
 インターホンのブザーを押すと、玄関を開けて出てきたのは、あの店員だ。
 新妻らしいピンクのエプロンを身につけた彼女は、いくぶん流暢になったイントネーションで、こう言った。
「オカエリナサイ。アタタメマスカ?」
「ただいま。お願いします」
 僕らは顔を見合わせてほほえみ、ぎゅっとハグをして、あたため合った。

(了)

滝沢朱音さんの前作「シロツメクサの花束を持って」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory47.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

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